↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

馬鹿なヒロイン

作者: 走不 歩
掲載日:2020/09/09

よろしくお願いします。R15と残酷な描写は念の為です。暗い話です。

「私はヒロインなのよ!」


「なんで貴方は悪役令嬢でしょう!」


「おかしい、おかしいわ! こんなはずじゃなかったのに!」


 そう喚く少女は酷く醜悪だった。外見が悪い訳じゃない。外見はむしろ保護欲がそそられる可愛らしい容貌だ。

 しかし、その見た目にそぐわず、身勝手に喚きたてる姿は醜悪だった。


 魔具で同じ光景を見た仕事仲間達はそれを見て「ひっでぇ女」「馬鹿な女」「頭おかしい」と言葉を零す。


 王子やその側近を誑かそうとし、挙句大貴族のご令嬢に濡れ衣を着せ悪役にしようとした、とんでもない女なのだからそれも当然だろう。


 やろうと発想した時点で相当頭がおかしいし、実行したらもう頭は正常に機能していないのだと思う。

 

 だから彼女が取り調べで、

「私は人を殺してしまったの」

 と言った時には、みんなさじを投げたんだ。


 ついに気が狂ったんだと。元から思考回路がぶっとんでいる奴だけど、現状を認識するのが嫌で現実逃避したんだと。


 だから、下っ端の俺に彼女の聴取が回ってきたんだ。

 

 ***


 実際、出会ってみると随分、感じ方が違った。


 ピンク色のふわふわの髪に水色の大きな垂れ目と、随分と可愛らしい見た目をした少女だったが、その少女の雰囲気はどこか寂しげだった。

 暗い牢の中にいる所為だろうか? 少なくとも魔具で見たあの光景の激しさなんて嘘のように静かだった。


「はじめまして」

 無言でいるのもどうかと思って、俺はそう鉄格子ごしに声をかける。


「ええ、はじめまして」

 そう彼女は微笑んだ。童顔の彼女には似つかわしくない表情だった。


「貴方は○○さんですね?」

「いいえ、違うわ。私はヒロインよ」


 本当に気が狂ってしまったらしい。自分の名前さえも把握できてない。にしても自称ヒロインとは、なんの話のヒロインにしろ痛々しい。牢に入れられたから悲劇のヒロインごっこをしているのだろうか。


「貴方はヒロインではないですよ」

「……ええ、そうね。私はヒロインにはなれなかったわ」


 意外と聞き分けがいい。これなら、案外聴取もすんなりいくのではないだろうか。


「私はその子を殺してしまったんだもの」

「え?」


 彼女の罪は殺人じゃない筈だ。それでも、彼女は人を殺したと言っている。滅茶苦茶だ。これでは、先輩方も仕事を押し付けたくなるだろう。


「さっき貴方が言っていた○○さんはデフォルト名だった筈ね……」

「デフォ? どういうことですか?」


 話についていけない。駄目だ。やっぱりすんなりいきそうにない。


「ともかく、私は人殺しの罪でここにいるのよ」

「違いますよ。貴方の罪は王子やその側近にハニートラップを仕掛けたり、公爵令嬢に濡れ衣を着せたことですよ」


 念の為、彼女のしでかしたことを説明すると、「ええ、そんなこともやったわね」と軽い調子で返してきた。


 いえ、大事件なんですけど。


 上層部では他国からのスパイで、王子や側近を篭絡し、公爵令嬢との対立で内戦を引き起こして、国盗りをしようとしていたのではと考察される程のことだぞ。

 結果は、王子も側近もそこまで馬鹿じゃなかったし、公爵令嬢も無実を証明して、この子が檻の中にいるけれど。


 捜査の結果、そういう線は薄いって言われているけど、その疑いはまだ消えていない。なのに、しでかした当人の反応は薄い。


 それでも、自分のやったことを認識できていないという訳ではなさそうで、少し安堵する。


「そんなことはやったけど、ついでにすぎないわ」

「ついでとは?」


 どう考えてもついでというには、とんでもない事件なのに、彼女はそれはついでと言った。余罪があると更に調査をしなくてはならないし、これ以上の罪をこんな小動物のように可愛らしい見た目の女の子が出来るとは思えなかった。


「私は人を殺したの」

 また、話が戻った。だから俺は諦めて彼女に話を合わせることにした。


「誰を殺してしまったんですか?」

「ヒロインよ」


 そう彼女は自分の体を指し示した。


 さっきから言っていることが滅茶苦茶だ。自分のことをヒロインと言ったかと思えば、今度はヒロインを殺したと言う。第一、ヒロインと言っても何のヒロインだ? 歌劇か? 物語か? なんにせよおかしい。


 俺の混乱をよそに彼女は話を続ける。


「とっても優しい子なの。とっても良い子だったの……だけど、私が殺してしまったの」


 声が段々弱弱しくなっていく。俯いた彼女の顔は見えない。彼女がどんな顔をしているか分からない。


 俺はどうすればいいのか分からなくて、鉄格子の前で木偶の坊のように突っ立っていた。


 しばらくの沈黙の後に彼女は不意に顔を上げると、

「ねぇ、おかしな話をしていいかしら?」


 今までのはおかしな話じゃなかったのかと呆れながらも、俺は頷く。沈黙は辛いし、何か俺から質問しようにも、頭が真っ白で何も思いつかない。


「私はこの世界の人間じゃないの」


 確かに、おかしな話だった。急に何を言い出すんだ。薬でもきめてるんじゃないかな。


「ある日、急にこの子の体を奪って殺してしまった、とんでもない悪党なのよ」

「体を奪う?」

「ええ、だって私がこの子の体を奪ってしまったんだもの、元の体の持ち主である彼女は私に殺されたんだわ」


 さっぱり分からん。俺の様子を見て彼女は俺が話を理解していないのを察したのだろう。補足説明をしてくれた。


「そうね、貴方はある日、見知らぬ場所で見知らぬ少年になっていました。周りはその少年として貴方と接してきます。きっと、その体の持ち主の知り合いでしょう。さて、貴方が使っている体の持ち主はどうなってしまったのでしょう?」


 くすくすと笑いながら語られた内容は全く笑えない。なんて突飛な話だろう。


 自分がある日、別人の体に入っていたとしたら……駄目だ、まったく想像できない。とりあえずパニックになるのか? なんにせよ、そんな目には遭いたくないし、遭うこともないだろう。でも実際にあったら……。


「私はそれなのよ。少し違ったのは、私はこの体の持ち主のことを知っていた」


 水色の瞳がバチリと俺と合う。それは今にも泣きだしそうだった。


「だから、私はその子のフリをしたの。自分がその子を殺したのを認めたくなかったから。きっと、私の知っているヒロインは私だったんだって」


 突飛な話だ。彼女は誰かの体を奪ったと主張している。そして自分が体を奪ってしまった少女のふりをして、自分はその子だと思いこみたかった。そう彼女は言いたいんだろうか? 分からない。


「でもねぇ、やっぱり別人なの。攻略対象と関わっていく内に感じたわ。私はヒロインみたいに綺麗じゃない、優しくない。上辺だけの言葉だもの、行動だもの。まだ現実味のある個別ルートに入らなかったのも、怖かったからね。偽物に人生捧げたら彼ら可哀想だもの。偽物だって分かっていたのに、ここに来るまであがき続けた。中途半端よねぇ……きちんと演じきれればもう少し違ったかもしれないけど、私には覚悟が足らなかった」


 彼女が一人で話していく内容には訳の分からない言葉がたくさんあった。けれど、なんとなく彼女がただの気狂いとはどこか違うことは分かった。何かに抗おうとしたけれど、結局無理だった可哀想な人。


 俺は彼女のことを詳しく知ってしまうのはなんとなく怖くて、何も言えなかった。


「いえ、そもそも知っていたというのも私の思い上がりかもしれないわ。色々、攻略対象や悪役令嬢が思っていた感じと違ったのも、単にヒロインが私になっていただけじゃなく、この世界があの世界じゃなかったってのもあり得るわ。殺した可能性が更に上がったわ……なんにせよ、私がこの体の娘を殺してしまったことはもう証明されたけど」


 また訳の分からない言葉が出てきたが、俺はそれを知らなくて良かったと思った。


 だって、怖かったから。彼女の水色の瞳は綺麗な色をしているのに、どこか空虚で、彼女の声は愛らしいものなのに、絶望に染まっていて、怖かったんだ。


 人を殺したというのに、無理に笑おうとしている彼女の破綻の仕方が怖かったんだ。


 でも、まともに目の前のことを受けてしまうのも、今更ながらもどうかと思う。


 彼女は気狂いだ。

 今、彼女の語っていることは全て妄想かもしれない。というか妄想だろう。こんな話、現実にあってたまるか。

 

 だとしたら、まともに話をする為にも彼女の妄想を明るいものにすり替えられないだろうか?


「入れ替わりとかじゃないんですか?」


 体を奪った、殺したと彼女は言っているが、御伽噺で妖精が二人の子供の魂を入れ替えてしまう話を聞いたことがある。そういう妄想に変えられないだろうか。


「入れ替わりだとしても私は彼女を殺したわ。だって、この体に入る前に私は海で溺れていたもの」


 駄目だ。どんどん話が暗い方向に行くし、まともにハニートラップの話を聞けそうにない。


 俺は彼女の聴取を止めることにした。


 話にならないというのもあるが、単純にこのまま彼女と話していたら、彼女の抱える闇に自分も飲み込まれてしまいそうだったから。


 俺の去り際に彼女は一言「私は人殺しだわ」と口にした。



 ***


 らちも明かないので、俺は事件の光景を魔具で見直すことにした。


「私はヒロインなのよ!」


「なんで貴方は悪役令嬢でしょう!」


「おかしい、おかしいわ! こんなはずじゃなかったのに!」


 前見た時と同じように、映し出される少女は自分勝手に騒ぎ立てている。

 先ほど、牢の柵越しに話した人物と同一人物とは思えない激しさに、俺は圧倒される。


 醜悪だと、さっきは思ったんだ。


 だけど、彼女の話を聞いた後だと、この騒ぎ立てている自分勝手な少女が、


 ――一生懸命、自分に「人殺しじゃないわ」と言い聞かせているように見えて仕方ないんだ。



ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。