あまったこびとたち
ここは「ホビット荘」の103号室。間取りは2LDK、バス・トイレ別の、岩だなの下にある、ごくありふれたアパートの一室です。大きな「エルフの里の大樹」製テーブルを置くために壁をぶち抜きワンルームにしてしまった事は、大家さんと管理会社には内緒です。この部屋の床で、十一にんの「こびと」達は眠ります。
その日の103号室は物々しい空気が漂っていました。劇団「うちわ揉め」の公演が十月に決まり、出演者のオーディションが始まったからです。演目は「白雪姫」。言わずと知れた世界的に有名なおとぎ話ですが、出演することが出来る「こびと」の数は七人と決まっているのです。ですが、仲間の数はだいたい十二人。毎年、皆でオーディションを受けては落ちる日々なのです。そう、彼らは売れない役者。「がんばろうね」を合言葉に、みんな楽しく暮らしています。ですが、今年はどうやら様子が違うようです。
「何で選ばれないんだろうなあ、俺たち」
フラッフィー(ふわふわ)が、好物の綿あめを千切って、もしゃもしゃと食べています。その横で、ロングアゴー(ながいあご)が渋い顔をしながら咳をしました。
「パイプはやめろと言っただろう、喉に悪いから」
モクモクと漂う煙を手で散らし、窓を開けながら文句を言うのはバイブス(ふんいき)。
「おい、寒いだろう」
やせ細った体のポッキー(ほそい)は、ダウンジャケットの上から毛布を被りました。鼻の先が紫色です。
「おまいさんよ、病院行った方がいいんでないのかい」
ポッキーの近年の衰弱ぶりを心から心配するのは、ケア(きづかい)ばあさん。ばあさんはいつも誰かの世話を焼いていないと気が済まない、ちょっとおせっかいな性格です。ですが、劇団員時代からずっと「白雪姫」のオーディションを受け続けている古参で、結構がんこな「こびと」なのです。
「だいじょうぶだよー」
ポッキーは弱弱しく手を振り、目を閉じてテーブルに伏してしまいました。すかさず、向かい側に座っていたブラックジャック(むきょかのいしゃ)が立ち上がり、ポッキーの脈をとります。そして、ブラックジャックが頷くと、仲間たちは安心して微笑んだりため息をついたりおやつを食べたりし始めました。その時です。
カン! カン! カン!
壊れたインターホンの音が、皆の談笑を中断させました。
「師匠が来た!」
ピクルス(西洋らっきょ)が震えあがります。「こびと」たちは皆、名付け親である師匠を恐れているのです。なにせ彼らの奇妙な芸名は、全部師匠が考えたものなのですから。そしてその師匠こそ、この301号室の家賃を払っている人物なのです。例え売れなさそうな芸名を付けられたからといって、逆らえるはずが無いのでした。「こびと」たちは基本、いつも無職なのですから。
「開けとくれ、お母さんだよ」
こびとたちは「またかよ」という表情で、顔を見合わせます。ケアばあさんは何も言わず風呂場に向かいました。
「お母さんの声はそんなガラガラ声じゃないよ。君はオオカミだろう?」
フラッフィーが子供のような声で、侵入者を拒絶しました。すると
「風邪を引いたんだよう、ああ辛い、ゴホゴホ」
茶番を続ける師匠に、ピクルスは我慢ならなくなってドアを開けました。
「おはようございます、師匠」
「何がおはようだよ、なってないねえピクルス。今日からあんたは『スウィート(うつくしい)』だよ。いいかい」
「師匠がそうやって気まぐれで改名するからオレたち、いつまで経っても顔と名前が一致しないとか言われるんですよ。いいかげんやめましょうよ」
「他の連中はどうしたんだい」
「え?」
スウィート(元・ピクルス)が振り返るとそこには、誰もいませんでした。
「おいしそうな子ヤギだねえ! ひっひっひ!」
師匠はスウィートに襲い掛かると、スウィートを丸飲みしてしまいました。そして、見つけたこびとたちを次々と飲み込んでいったのです。残されたのは、ぐったりしているポッキーだけでした。いつもそうして、ポッキーとお母さん役のケアばあさんが皆を助けに行くところで師匠が満足し稽古は終わるのですが、その日は違っていたのです。ポッキーは、先の見えない役者生活に疲れ果てて、里に帰ってしまいました。
そんなわけで、十二個ある椅子の空席というのは、増えたり減ったりしながらある一定の均衡を保ち、希望という名のゆるやかな紐で繋がれた仲間たちが今も、ホビット荘で仲良く暮らしているのです。それが幸福なのかどうかは、誰にもわかりません。ただ、去っていったこびとだけがその答えを知っているのです。