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第7話 宝石から生まれた女神

 扉の先にはまた少しだけ廊下が続き、さらに進むと広間のような場所に出た。


 ここの壁にも松明がいくつか備え付けられており、広間をユラユラと照らしている。先程から気になっていたのだが、こんな夜中に松明の火を付けたままにするだろうか。


 松明に近づいてみると、目の前に確かに炎は見えるが温度は感じない。試しに手を炎に突っ込んだが、全く熱くなかった。


 何やら不思議な力で明かりを灯しているようだ。


 髑髏の案山子に霊獣、幽霊に熱のない松明、


「そして、この屍の山か…」


 広間には人間の残骸があった。


 白骨ではなく、まだ肉や血が付着した死体だ。それらに虫のような生物が群がっている。虫の大きさは大人の手のひらほどあるだろうか。フナムシのような不気味な虫はそこら中で死体を貪っている。


 虫が貪った後の骨は綺麗に白骨となっている。そして、虫の糞が堆積し、発酵して、どうやら例の臭気を放っているのだった。


 つまり、こうやって死体処理を済ませた後、さっきのパイプの中へ遺棄していたということだろう。


 広間の向かって左側には大きな木製のリアカーがある。あれで白骨を運ぶのかもしれない。人を人とも思っていない扱いだ。そもそもこの屍は、なんの為にこのような酷い仕打ちを受けているのだろう。


 広間の奥にはさらに通路が見える。こちらの通路よりも2倍ほど幅の広い通路で、鉄格子の扉に錠前がつけられていた。


 鉄格子なので、向こう側を覗き見ることができるのだが、真っ暗で何も見えない。私は屍の山を迂回して鉄格子に接近したが、背中を冷たいものがゾゾッと走ったので慌てて距離を置いた。


 ヤバい、と感じた。この鉄格子の向こうには、霊獣よりも恐ろしい何かがいる。


 神様の能力の覚醒によって、私の感覚は普段よりも少し鋭くなっている。直感というべきか、いわゆる『嫌な予感』をまるでレーダーのようにハッキリと感じるのだ。


 そのレーダーが今、ここに入れば命はないと告げていた。


 私は仕方なく、広間のリアカーが置かれている方に見えた扉へ向かった。そこは鍵がかかっておらず、容易に開いた。


 中はまた一段と狭くなっており、松明以外に何もない部屋だった。


(待てよ)


 よく目を凝らすと、石造りの壁の一箇所だけ、扉から向かって右側の壁に違和感を覚えた。


 別に色が違うとか、凸凹があるとかではないのに、目について仕方ない。何だかトリックアートを眺めているような奇妙な感覚だ。


 試しにその部分をノックしてみると、軽い音がした。


 他の壁を何箇所が叩いたが、石造りらしい重い音がする。この一箇所のみ、何か空洞があるということだ。


(試してみるか……)


 私は違和感のある壁を破壊してみることにした。


 壁から少し離れ、左手を伸ばす。腕の触手が壁に張り付いたのを確認し、自分に当たらないよう少し右へ身体をずらして、左手を思い切り引いた。


 ガラガラと音を立てて、違和感のあった壁の部分だけが崩れた。


 壁の向こうは、奥行き30cmほどの四角く切り取られた空間になっていた。


 そして、その中央に楕円形の物体があった。半透明の綺麗な緑色をした、手のひらに乗るほどのサイズの石だ。


(宝石……?)


 私はつい油断して、その物体に右手で触れてしまった。


 瞬間、不思議なことが起こった。


 緑色の宝石は、まばゆい輝きを放ったかと思うと、ひび割れて砕けた。


 砕けた破片から漏れた光は次第に大きくなり、何かの形を成していく。私は、また何かの罠かと重い、部屋のなるべく離れた場所へ退がって様子を見た。


 光は、人の形に変化していた。どんどんと実体を持ったシルエットに固まっていき、最終的に現れたのは小柄な少女だった。あまりに突然の出来事に、私は床に尻をついて動けなかった。


 少女はウェーブのかかった緑色の髪をツインテールに結んでいる。服もやはり緑色で、宝石がそのまま人間に化けたというような印象を受ける。


 人としても、宝石としても、とにかく美しい姿だった。


 少女は目を閉じたまま浮遊していたが、やがて目をゆっくりと開いて地面に足をつけた。


「ぐぅ〜」


 第一声がそれだった。いや、正確には声ではなく、少女の腹が鳴った音だ。少女は眠そうな顔でお腹を押さえて、無言で空腹を訴えている。


 私は気が抜けてしまって、警戒心を解いて立ち上がった。少なくともこの少女が邪悪な存在でないことはわかる。私はとりあえず挨拶をした。


「こんちは、俺はアキヒコ。あんたは?」


 少し無愛想な言葉だが、異世界の言葉は人狼の語彙に依っているから仕方ない。案の定、少女は顔をしかめた。


「む。無礼であるぞ、人の子よ。わたしに向かってそのような品のない言葉を使うでない」

「すまん。多分、育ちが悪いから丁寧な言葉も知らないんだ」

「多分?おかしなことを言う。己の育ちが良いか悪いかもわからぬのか?」

「す、すまん」


 少女はため息をついた。


「わたしを復活させたのが、こんな頼りなさそうな男とはのう……まあ良い。我が名はキーシャ。知っての通り、長寿と再生を司る水の女神。お前達人間の守護神としてここに顕現した」

「す、すまん、全然知らねえ」

「む?わたしを知らぬほど辺境の者か……要するにわたしはこの地でとっても慕われておる神様ということだ」


 神様、と聞いて、私は反射的に(かしこ)まった。


「そ、それはとんだ無礼を……」

「うむ、殊勝な態度であるな、良い、許そう。まずはわたしに馳走を献上せよ」

「馳走……?」

「この肉体を保つには食べなければならない。うんと美味な馳走を用意せよ。あ、生きた子豚とかを生贄に持ってくるでないぞ?流石に哀れだからダメだ。腕の良い料理人が作った馳走を寄越すがいい」


 この女神の言葉は、どうも緊張感に欠ける。ひょっとして、この世界の現状を知らないのだろうか。


「あのー、女神様、そうは言っても、人間は今、霊獣族の奴隷として支配されてるんだ。馳走を食べたきゃ、まず人間を解放してやってくれないか」

「むむ」


 キーシャと名乗ったその少女は、眉根を寄せて黙ってしまった。目があちこちに動いている。困惑し、必死に思考を巡らせているようだ。


 キーシャは、人間でいえば10歳前後くらいの見た目だった。まだ子供だが、同時に自分の考えを持つ理知的な目をしている。


 もし彼女が女神だとするなら、そうした外見から読み取れる印象はあまり意味がないのかもしれないが。


 彼女の肉体を生み出した宝石が、この地下室に隠されていたということは、霊獣に見つからないように隠したということなのだろうか。人間側も無抵抗で奴隷にされたわけではないのかもしれない。


 キーシャがどれほどの神様なのかわからないが、こうして出会ったのも何かの縁だ、頼もしい味方になってくれることを願う。


「俺は余所者だからこの国のことはよく知らない、だが、この国の人間を救いたいと思ってる。協力してくれないか?」


 するとキーシャは突然、私の頰をつねってきた。私よりも背の低い少女とは思えない強い力で思い切りつねられた。


「痛てててて!」

「勘違いするでない人の子よ。人間を救うのはいつだってわたしの役目だ。わたしがお主に協力するのではなく、お主がわたしに忠を尽くすのだ。さすればそれが人間救済の助けとなろう」

「わ、わかった。あなたに従う……」


 キーシャは手を離してニコッと笑った。


「アキヒコと言ったな。変わった名だが、お主は仮にもわたしを復活させた者。故に、お主はわたしの従者となる名誉を得た」

「え、いや、俺はそんなこと望んで…」

「いやいや、みなまで言うな。わたしの従者に相応しき者だからこそ、わたしも復活できたのだ。キーシャ様と呼ぶことを許す。これより虐げられし民草を救いに行くぞ、従者アキヒコよ!」


 こうして、私は強引に女神キーシャの従者ということになってしまった。しかし、きっと悪い神様ではないのだ。私への態度は、どことなく気安い親戚に接しているような印象を受ける。


 それに、私が彼女に従うことで目的が円滑に進むなら何も損はない。そもそも、私は誰かの指示で行動する方が性に合っている。


「ところで、ここはどこなのだ?わたしは宝石を触媒に顕現したが、それ以前のことは全く感知しておらぬ」

「俺がたまたまここで宝石を見つけて、触ったらあんたが現れたんだよ」


 私は、宝石が隠されていた窪みを指差した。キーシャは窪みの周りに手で触れて、何かを調べ始めた。


「ふむ、これは人間の魔法だな、同じ人間にしか認識できぬよう結界を張っておる。この結界がなければ、わたしの宝石は今頃霊獣どもに破壊されておろう」


 やはり隠していたのは人間側だったようだ。ということは、やはりキーシャは人間側にとって切り札のような存在なのだろう。


「アキヒコよ、案内せい。わたしが役目を果たすためには今の状況を知っておく必要がある。あと美味しい馳走も用意せい」

「わかった、隣の広間をまず見てもらおう。馳走は……まあなんとかする」


 私は広間に続く扉を開けた。相変わらず臭気を放つ屍の山と虫と糞が積み重なっている。


 キーシャは言葉もなく、目を見開いてそこへ近づいて行った。そして、屍の中から髑髏を一つ拾い上げると、その口の中へ右手の人差し指と中指を入れた。


「何してるんだ?」

「この(むくろ)はまだ無念を残しておる。しかし、その無念を吐き出すための舌も、喉も既に無い。だからわたしの力を少しだけ与えて、言葉のみを蘇らせる」

「そ、そんなことができるのか」

「わたしは女神であるぞ、霊術など造作もないわ」


 すると、髑髏はキーシャの手を離れて宙に浮いた。


 キーシャは母親が子供に語りかけるように優しい声で髑髏に話しかける。


「さあ、お主の無念を吐き出してみよ、女神キーシャの名において許す」


 すると、髑髏はカタカタと震えながら、どこか遠くから聞こえるような幽かな声を絞り出した。


「キーシャ…サマ………ミンナ…クワレタ………コドモマデ………ヤツラ………アクマダ…」

「お主の無念はわたしが晴らしてやろう。お主はどこから来た?そこに彼奴らの根城はあるか?」

「ア…アイ…ナ…マル…モウ…トキガナイ…ホロビガ………クル…」

「アイナーマルだな、あいわかった。苦しかろう、安らかに眠るがよい」

「ア………リガトウ…」


 最後に髑髏はキーシャに感謝の言葉を遺し、地面に落下した。カランカランと、骨の転がる音が空しく響いた。


「行き先は決まった。アイナーマル、王城もそこにあるはず。霊獣の王は既にアイナーマルを落としておるのだろう。急ぐぞアキヒコ」

「ちょっと待ってくれ!この城にはもう1人、女の子が囚われていたんだ。俺が脱走しようとしたせいで、どこかへ連れていかれた。助けなきゃ」

「ふむ、どちらにしろここを出ないことには何も変わらん。ここはどこだ?」

「ルクラド城だ、多分。霊獣の1人がそう言ってた」

「ルクラド城、か。知らぬ名だ。わたしが眠る前の時代とは随分と変わったようだな。ともかくアイナーマルを目指さねばなるまいが、まずどの方角を目指せば良いか知らねばな。道中でその娘とやらも助けよう。出口はどっちだ?」


 すると、我々の周囲に突然、煙のようなものが巻き起こった。


 それは無数の骸骨へと形を変え、以前に現れた2体と同じように、宝石が隠されていた部屋への扉を指差した。


 部屋の反対側にも扉が見える。あそこが出口だと教えてくれているのだろうか。


「キーシャ、さま。この骸骨たちは……」

「彼らは既に死んでおる。普通、死ぬと肉体から霊体が離れて昇天する。しかし、強い感情によってこの世に留まってしまう霊体もおる。死霊や怨霊になる場合が多いが、彼らはそのような悪意を持たず、我々を導いてくれておる。ただ自分達の無念を見つけて欲しかったのであろうな…」


 キーシャは悲しげな顔で説明してくれた。


(そうか、彼らはここで死んだ人間達の亡霊で、この悲劇を知ってほしくて私を導いたのだな。そして、私にキーシャを見つけさせるために…)


 私は胸が締め付けられるような気持ちになった。


 井戸で足を引っ張った存在も、あの後追撃はしてこなかった。恐らく、あれもここで犠牲になった人間の無念だったのだろう。


「行くぞアキヒコ、彼らの無念を晴らし、生き残っている人間を救う」

「ああ…!」


 私とキーシャが出口へ向かうと、亡霊達は段々と揺らめいて消えていった。


 キーシャの眠っていた部屋の扉を抜けると、また石造りの通路で、その先に大きめの扉が見えた。


 見たことのある扉だ。屋敷の掃除をした時に、大量の血がこびり付いていた、あの廊下の大扉にそっくりだ。私達は少し長いその通路を話しながら進む。


「なあキーシャ、この世界では死人があんな風に化けて出るのは普通なのか?」

「そんな訳なかろう。明らかに異常なことだ。あれだけ強い無念を残しながら、悪霊にならずにいられるのは、おそらく信仰だ。彼らはこのキーシャか、もしくは他の神々を崇拝する教徒達だったのかも知れぬ。むごい仕打ちを受けたものよ。ところでお主、呼び捨てにするでない、キーシャ様と呼べ」

「わかったよ、キーシャ、さま」

「むぅ、お主、妙な人間だな。物腰は穏やかで育ちの良さを感じさせるのに、その言葉遣いだけが浮いておる。どれ、ちょっとでこを出せ」

「なんだって?」

「おでこだ、早う出せ」


 私は言われるまま、しゃがんで額をキーシャに向けた。


 キーシャは私の顔を両手で引き寄せ、目を閉じて顔を近づけてきた。


「お、おい!」


 私はてっきり接吻でもされるのかと思って焦ったが、彼女は自身の額と私の額とをくっつけただけだった。


 勘違いした自分が恥ずかしくなって、私も目を閉じる。キーシャの額の温度が伝わってくる。すると、頭の中に突然、彼女の声が響いた。


(どうだ、聞こえるか?)

(わっ、ビックリした…私の頭に直接話しかけているのですか?)

(そうだ、これが女神の霊術よ。ふふふ、思った通り、それが本来のお主の言葉だな?異国の言葉のようだが、ここに来て覚えた言葉が悪かったようだな)


 キーシャの声は確かに日本語ではっきりと聞き取れた。まるで清流のせせらぎの音が心地良いように、彼女の心の声は澄んでいた。


(お主の頭にわたしの霊力の糸を繋いだ。これで口に出さずとも、わたしに声を届けることができよう)


 そう言うと、彼女の額と手が私の顔から離れるのを感じた。目を開けると、キーシャがニヤニヤと笑っている。


(ククク、赤くなりよって、初々しい奴よ)

(.か、からかわないでください!)


 年端もいかない(ように見える)少女に笑われるのは本当に恥ずかしかった。


(ハハハ、許せ。わたしも久々に人間と言葉を交わすことができて楽しいのだ。安心せよ、お主の心の中を深く覗くようなことはせぬ)

(ありがとうございます…不思議ですね、あなたの使う霊術とやらは)

(魔法に連なる術であるから、この国の人間ならば知らぬはずはないのだがな。どうやらお主は相当に遠い地より来訪したようだ。すまぬ)

(え?なぜ謝られるのですか?)

(わたしはかれこれ1000年は眠っておった。人間達がこのような目に遭っておるとは知らずにグースカと。異国からやってきたお主に、もっと平和な時代のこの国を見せてやれぬことを恥ずかしく思うておる)

(そんな!キーシャ様が謝ることではありませんよ。そんなことより、この大扉を抜ければおそらく屋敷の中に出ます。もしかすると敵が待ち構えてるかも…)

(ふむ。肩慣らしにちょうど良い。わたしの霊術の本領を見せてやろう)


 頼もしい言葉だが、果たして大丈夫なのだろうか。


 私は扉に左手の触手をくっ付けて、キーシャを振り向いた。キーシャは私の触手を見て若干気味の悪そうな顔をしている。


(面妖な力だのう、剣や弓ではなく、妖術を使う勇者とは)

(剣も弓も貰えなかったんですよ…危ないので下がっていてください)


 キーシャが頷いたので、私は扉を強く引っ張った。


 おそらく閂がされているはずだから、案の定すんなりとは開かない。私はさらに力を入れて引っ張り続けた。


 やがて、ミシミシと音を立てて扉が壊れ始める。キーシャが私の後ろに下がったのを確認して、渾身の力で左腕を引いた。バキバキと木の割れる音を立てて、扉が崩れた。


 閂はかかったままだったが、壊れて穴の空いた部分から先に私が出た。


 外はやはりあの廊下に続いていた。誰もいないことを確認し、キーシャの手を取る。女神とはいえ、木の切れ端で怪我したら大事だ。


(さあ、どうぞ、キーシャ様)

(うむ、感謝する。やはりお主はその言葉の方が似合っておるぞ)


 キーシャは私の手を握って微笑んだ。


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