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第5話 異端の奴隷(人狼の記憶)

今回は人狼の一人称視点で物語が進みます。

 どうなっていやがるんだ。


 俺は確かに奴の腹わたを引き裂いた。


 奴は俺の俊足に反応することも出来ず、吹っ飛んだ。


 それで終わりのはずだった。


 ところが、抉り取ったヤロウの腹が、右手の中で突然活発になったかと思うと、腸や血管があっという間に巻きついてきやがった。


 それはまるで頑丈な縄みたいに、俺の右手をぐるぐる巻きにして締め付けてきた。


 締め付ける力は段々と強くなって、人間よりはるかに頑丈なはずの俺の腕は鬱血している。


 俺はまず左手で引き剥がそうとした。


 ところが左手を近づけると、巻きついていた内臓の一部がすかさず左手にも伸びようとする。


 下手に触って両腕とも巻き取られちゃマズい。


 俺は次に爪を目一杯伸ばして、内臓を引き裂いた。


 分厚い鉄の鎧すら簡単に切断できる爪だ。


 当然、内臓はボロボロと千切れて地面に落ちた。


 しかし、落ちた肉片はまるで蛭みたいに這って、俺の足にくっついてきた。


 細かくなった分、大量の肉片が次々と俺の足をよじ登ってくる。


「く、来るな!」


 俺は焦って左手でそれらを払いのけようとした。


 それがマズかった。


 肉片の蛭は、払いのけた左手に瞬時に吸い付き、血を吸い始めた。


 そんなことをしているうちに、とうとう右手が耐えられなくなった。


 グシャリ、と、まだ乾燥していない木の枝を折った時のような湿った音が響く。


 俺の右腕はダラリと、普通はあり得ない形に捻じれて垂れ下がった。


「ぐあああああああああっっっ!!?」


 俺は痛みでみっともない叫び声を上げた。


 未だかつて、こんな負傷はしたことがない。


 しかも、俺たち人狼や、国王の前では無力に等しい人間に傷を負わされるなど。


 こいつらは弱く、脆く、木っ端ほどの価値もない霊体の屑だ。


 だから支配し、搾取し、嬲り殺しにするのが楽しかった。


 ちょっとばかり強い人間との殺し合いも、根本的に霊力の格が違う俺達にとっては余興に過ぎなかった。


 しかし、今俺は見たことのない力を使う人間に、右腕をグシャグシャにへし折られるという重症と屈辱を味わわされている。


 昨日の昼間、ルクラド城の近くで捕まえた奴隷だ。


 人間の分際でヘラヘラと近づいてきたから、頭に一発食らわせてやった。


 今夜、そいつが南東の境界を越えて逃げようとしたから、子分の狼どもを向かわせて餌にしてやろうと思った。


 しかし、妙な胸騒ぎがするから様子を見に来てみれば、この有様だ。


「てめえら!ボサッとしてんじゃねぇ!城に帰ってリンセンに知らせやがれ!」


 俺は子分どもに命令した。


 リンセンの手を借りるのは癪だが、今はそんなことを言ってる場合じゃない。


 こいつは異端の人間だ、そうに違いない。


 人間にとっても忌み嫌うべき邪教の力を使っていやがるんだ。


 調子に乗りやがって、人間ごときが、俺たち霊獣族に楯突こうなど。


 しかし、ウロクから聞いた話の通りなら、異端の人間は霊獣にも匹敵する力を使えるという。


 このヤロウがもしその異端なら、俺達が優先すべきはこいつの抹殺だ。


 人間のように搾取するための奴隷ではなく、霊獣の存続を脅かす、倒すべき敵だ。


 いつの間にか奴は起き上がっていた。


 フラフラとおぼつかない足取りだが、抉り取ったはずの腹が徐々に元通りになっていくのが見て取れる。


 気味の悪い、死んだ魚のような目で俺を見ている。


「てめえ…その目をやめやがれ!」


 俺は痛みに耐えながら奴に叫んだ。


 人間は俺たちを見て怯えていればいいんだ。


 そんな、何を考えているのかわからない虫のような目を向けるな。


 奴は変わらぬ目つきで、ゆっくりと俺に向かって歩き始めた。


 体中の傷口から、蛇のようにうねる触手が伸びている。


 俺の心に、屈辱を受けた怒りを上から塗り潰すかのように、何か別のものがじわじわと蝕んでいく。


 まさか、そんな馬鹿なことが。


 俺が、人間に恐怖を抱いているというのか。


「そんなわけあるかクソがぁ!!」


 俺は必死に怒りを再燃させて、奴への攻撃を決意した。


「そのふざけた目玉抉り取って、ついでに脳みそを引きずり出してやる!」


 こいつはここで殺しておかないとダメだ。


 そう思うが早いか、俺は疾走した。


 瞬きする間もなく、奴の目の前に迫る。


「くたばれ異端がぁぁぁーーーっ!!」


 左腕を振り上げた。


 しかし、俺の腕は振り下ろされなかった。


 永遠に、振り下ろすことができなかった。


 なぜ、という疑問よりも先に、俺の意識は消えた。

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