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そしてウミは応えた

超久々な投稿です。

感覚的にはアニメの0話をイメージして書きました!

 「……い、おいマコト!!」

 名前を呼ばれた声で俺は現実に引き戻された。

 会社を出てから四十分、車のエンジン音と揺れに誘われて眠っていたようだ。

 「もうすぐ現場だぞ。 そろそろ気合い入れろよ」

 職長が煙草に火を付けながら放った言葉は俺の心に重く伸し掛かった。



 俺の名前は志村マコト。至って普通の現場作業員だ。

 高校を卒業してから三年間、俺は川崎にある土木建設会社に勤めている。

 高校三年の時、担任から進路を聞かれた俺は漠然と「東京に行きたい」と就職活動をしていた。結果、寮付きで手取り十九万円、可もなく不可もない今の会社に就職した。

 就職当初は若いということもあって社長からもベテランの作業員からも可愛がられた。しかし三年も経つと、もう甘やかされない。

 毎日、働いていく中で怒号が聞こえない日はない。この道、何十年のベテランだか何だか知らないが、安全確保そっちのけで意味不明な指示が出される。それに対して意見すると「ドベは口出すな」と怒鳴られ、言われた通り作業すると現場監督に止められ指摘される。

 もはやどっちの言うとおりにすればいいか分からない。

 休憩時間になると先輩から面倒な説教が入り、まともに休めやしない。帰りの車の中でもずっと口が塞がらず、出る言葉は説教か酒の話か女の話かギャンブルの話。本当にうんざりする。

 そうして寮に帰るとシャワーだけ浴び、電池が切れたように布団で眠る。そしてけたたましいアラームの音で目が覚める。

 もはや何のために働いているのか分からなくなる。



 ある日のこと、いつものように現場について朝礼のために並んでいると、後ろから女性の声が聞こえた。どうやら警備員がひとり交代になって、若い女性が入ったらしい。

 うちの会社の連中はざわついてるが、俺にとってはどうでも良かった。そんなことに一喜一憂できるほど心に余裕がない。

 その後はいつも通り作業が行われた。

 休憩時間になり、喫煙所で煙草に火をつけた。職長は現場監督と話しているし、先輩は冷房の効いた車で競馬新聞を見ている。

 珍しく独りの休憩は雲を見て過ごそうと思った。

 向こうから健康そうな足音が聞こえる。徐にその方向を見ると、今朝、話題になっていた女性警備員がこちらに向かって歩いていた。

 特段、何か思ったわけでもなく視線を空に向けると彼女は灰皿を挟んで斜め向こうに立った。

 ジッ……ジッ……ジッジッ……

 何度かライターの火をつける音がしたが、その後のタバコを吸う音が聞こえない。ふと視線をやると彼女のライターは付いてなかった。

 俺はポケットからライターを出して差し出すと、彼女はお礼を言って受け取る。

 煙草に火をつけて返してもらうと、突然、彼女が叫びだした。

 「あああああ!! 志村君じゃん!!!」

 一瞬、何が起こったか分からなかった。首をかしげると彼女は自身の顔を指さした。

 「覚えてない? 私だよ、青島」

 青島……そう言われたときに高校時代の記憶が蘇った。

 


 高校一年の文化祭、俺は衝撃を受けた。

 体育館で行われた軽音部主催のライブは多くの観客を魅了した。もちろんその中にオレも入っていた。二年生のグループが演奏したとき、体育館は一番の盛り上がりを見せた。特にボーカルの女子がカッコよく、俺は彼女に憧れを抱いた。

 後日、俺は軽音部に入部した。今まで楽器なんて一度も触ったことは無いが、とにかくあの先輩のようになりたくて入った。

 入部初日に部長から指南役として選ばれたのが――

 「私、青島ナナミ。 よろしくね!」

 憧れの先輩に直接、教えてもらえるなんて願ってもないことだ。そこから二年、ナナミ先輩からギターを教えてもらい、一緒に文化祭のライブにも出た。

 あっという間に卒業シーズンになり、部活も引退して疎遠になりつつあった。

 ある日、帰宅途中に先輩と偶然、会った。

 「あ、志村君」

 「青島先輩……」

 何となくの流れで駅まで帰ることになった。道中お互いに言葉は掛けなかった。どう掛ければいいか分からなかった。

 そんな中、先に口を開いたのはナナミ先輩だった。

 「私、音楽の専門学校に行くんだ」

 「専門学校ですか……大学じゃないんですね」

 「大学に行っても学ぶこと無いもん。 専門の方が圧倒的に良いよね」

 「はぁ……そんなもんですか」

 「そうだよ。 で、専門を出たらアーティストとして活動するから。 その時は応援してね!」

 「はい……もちろんですよ」

 ――この時の俺はどんな顔をしていただろう。

 この会話以来ナナミ先輩と話すことは無かった。



 そうだ。あんなに憧れていた先輩の顔を忘れるなんて……

 「お、お久しぶりです先輩」

 「あ、良いよ良いよ。 そんなにかしこまらなくて」

 とりあえず二人とも座って近況報告が始まる。

 「志村君とこんなところで会えるなんて凄い偶然だね」

 「まぁ、そうですね」

 「この仕事はバイトで入ってんの?」

 「いえ、正社員として高校卒業から働いてます。 先輩こそなんで?」

 「私? 私も正社員として働いてるんだ」

 「そうなんですか」

 「うん。 給料、良いしプライベートにも都合が良いんだよね」

 「へぇ……」

 ――彼氏さんとかですか? なんて聞くのはさすがに無粋か。

 「志村君は? 今もバンド活動とかしてる?」

 「いや、忙しすぎて無理ですよ。 俺は毎日でもギター触りたいのに」

 「そっか……顧問の先生から聞いたときは志村君らしいなって思ったけど、上手くいかないもんだね」

 そうか、そういえば今の会社に就職したのって――

 高校三年の進路相談の時、俺は真っ先に就職に決めた。第一に卒業後も音楽活動を続けたかった。

 勿論ナナミ先輩のように専門学校に行くことも考えたが、自分は勉強するより稼いで独学で腕を磨いていく方があっていると思った。川崎の会社だったのも、横浜と東京どちらにもアクセスできる場所ということで選んだ。

 けど三年、経った今では音楽のおの字もなかった。ましてや自分が考えていた未来像なんて全く無かった。

 しかしそんな姿をナナミ先輩に見せることはできない。精一杯の嘘で今は隠すしかなかった。

 「おいマコト! 続きやるぞ!!」

 「あ、はい!! じゃあ先輩、俺は行くんで。 ライター置いときます」

 今だけはナイス。そう職長に思うのであった。



 それからの仕事中はずっとナナミ先輩のことで頭がいっぱいだった。

 建築現場で会うなんて何万分の一の確率なんだ。これから俺はたった一つの嘘を貫き通せるのか。先輩から俺はどんな風に見られるだろうか……

 結局、作業に身が入らずいつも以上に怒鳴られた。

 ――最悪だ。


 

 作業が終わり帰る準備をしているとナナミ先輩が近づいてくる。

 「志村君これ、ありがとう」

 そういって渡されたのは紙に包まれた俺のライターだった。

 「あの、この紙は?」

 そう聞くと先輩は人差し指を自身の口に当ててウインクした。

 本来ならこういう仕草はドキッと来るようなものだろうが、俺にはそんな余裕はなかった。

 先輩はすぐに帰ってしまったので俺もライターと紙をポケットに入れて、急いで会社の車に乗った

 寮に帰り早速、紙を改める。するとそこにはSNSのアカウントIDと動画サイトのURLだった。

 スマホに打ち込むとそこには、日中に見た先輩でも高校時代に見た先輩でない。別人が大々的に映っていた。

 彼女の言うプライベートとは、いつかの帰り道に言っていた”アーティスト活動”だったようだ。フォロワーもチャンネル登録者数も目を見張るほど多いわけではないが、文章や写真、動画の彼女は楽しそうだった。

 SNSではスタジオでの練習風景や楽器屋に行く姿が写っている。動画は有名な曲のカバーからオリジナル曲までひたすらに歌っている。

 見ているうちに俺は再びナナミ先輩に憧れを抱くと同時に自分のことを振り返る。

 音楽活動をしたい。そのために稼ぎたい。そのためにこの会社に就職したら仕事、仕事、仕事、仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事。

 仕事以外、何もしてなかった。

 そう思った途端、自分がとても空虚な人間に思えてきた。自分がとても恥ずかしく思えてきた。

 結局、帰ってからはずっと彼女の動画を見て終わった。



 翌日、いつもの現場に行き、いつもの作業を行った。

 そして休憩時間、喫煙所で煙草を吸っていると彼女が来た。

 「お疲れ様、作業どう?」

 「変わりないですよ」

 「そっか……」

 疲れもあってか少し素っ気ない感じになってしまったかな。ちょっと申し訳ない。

 「そういえば見てくれた?」

 何がとは言われなかったが、当然、昨日の紙についてだろう。

 「はい、もちろん見ましたよ。 凄いですね先輩」

 「まぁね。 志村君はインターネットで活動とかはしてないの?」

 「いえ、そんな暇はないので全く」

 「そう……」

 煙草を一吸いすると彼女はスマホを取り出した。

 「ねぇ、連絡先交換しようよ。 私、機種変したときにデータ飛んじゃってさ」

 「あ、はい……いいですよ」

 電話番号とメッセージアプリの交換をすると先輩のアイコンに目が行った。

 「あれ、この人は?」

 アイコンにはナナミ先輩と知らない男性が写っている。

 「あー、彼氏。 専門で知り合ったんだ」

 「なるほど」

 その後もなんだかんだと話していると休憩時間が終わった。

 作業が終わり寮に帰る。いつも通りだな。

 スマホを確認するとナナミ先輩からメッセージが来ていた。

 「お疲れ様! 突然なんだけど次の日曜日、空いてる?」

 日曜日は基本的に暇だ。というか眠り続けて一日が終わってしまう。

 「お疲れ様です。 一応、暇ですけど何か?」

 メッセージを送るとすぐに返事が来た。

 「スタジオに行くんだけど一緒にどう?」

 スタジオ……高校卒業して以来、一度も足を運んでない場所だ。

 かなり長い時間、悩んだ。悩んで悩みぬいた末に俺は返事した。

 「ぜひお願いします」

 するとすぐに返事が来た。

 「オッケ! それじゃあ時間とか場所は追って連絡するね!」

 そのメッセージを最後に俺は眠ってしまった。



 五日後、日曜日。俺はナナミ先輩の地元の駅に来ていた。

 どうやら職場には実家から通っているようで、スタジオも地元で借りてるらしい。

 夕方六時の駅前は大げさにも人が居るとは言えず、ポツリポツリと利用客が居る程度だ。

 空を見上げて待っていると、遠くから七位先輩の声が聞こえる。

 「おーい! お待たせー!!」

 会釈して彼女の元へ行くと笑顔で迎えてくれた。

 「いやぁゴメンね、遅くなっちゃって」

 「大丈夫ですよ」

 会話もほどほどに二人でスタジオに向かった。

 店に入り、受付をしてスタジオに入ると、ナナミ先輩は早速ギターを取り出した。

 「あれ?先輩アコースティックなんて使ってましたっけ?」

 俺の記憶に居るナナミ先輩はエレキギターお持っている。この間、見た動画内でもギターはエレキだった。

 「あー、今日は私しか居ないから。 みんなが居るとなかなかアコギ触れなくてさ」

 意外だった。カッコいいイメージの先輩がアコースティックなんて。

 俺は先輩がギターを弾き歌う姿をずっと見ていた。

 三年ぶりに生で見る先輩の歌う姿は、とても美しかった。それは表面的な見た目だけじゃなく、芸術的な……奥の深い美しさだ。

 スタジオに入ってからどれくらい経ったろう。とても長いようで、ほんの一瞬のようで――

 ナナミ先輩がふと時計を見て立ち上がった。

 「あ……志村君、電車……」

 そう言われて時計を見ると午前零時を過ぎていた。

 「ゴメン! ここ二十四時間営業でさ、いつものノリでやってたから電車のこと忘れてた!」

 「あぁ……ヤバい、ですね」

 「大丈夫! 私が送るから! 私ん家に車取りに行こう!」

 そう言いながらナナミ先輩は大急ぎで片付けてスタジオを出た。

 俺も慌てて後に付いていく。



 家に着くと彼女は持ってるギターごと車に乗った。

 「ほら、隣いいよ!」

 そういわれた俺は助手席に乗せてもらう。

 出発してしばらく先輩は謝り続けた。

 「いや本当にゴメン」

 「いえ、むしろ送って貰っちゃって」

 「気にしないでよ、私の責任なんだから」

 謝り合いが終わると先輩が質問してきた。

 「今日どうだった?」

 「良かったです。 誘っていただいてありがとうございます」

 「かしこまりすぎだって。 どう? 志村君もまた音楽、始めない?」

 「あー、そうですね。 まぁ考えときます」

 そう言うと先輩の眉間にしわが寄り始める。

 「考える? 明日にでも再開しないの? なんで?」

 「いや、忙しくて……」

 すると先輩はハンドルを切って道を変えた。

 「あれ? 先輩、会社逆なんですけど」

 「良い所に行こうよ」

 「良い所?」

 ナナミ先輩の考えていることが分からなかった。

 一時間ほど走ると海が見えてきた。どうやらここが目的地のようだ。

 彼女は砂浜の横に車を止めた。

 「志村君、降りて」

 そう言うと後ろの席からギターを持って先輩も降りた。

 言われるがままに降りると彼女は砂浜に腰を下ろしてギターを抱いていた。

 何となく隣に行くと、座るように促される。

 「どうしたんですか、先輩?」

 「良いから座るの」

 とりあえず座ってみると突然ギターを渡された。

 訳もわからず首を傾げると先輩が俺の手を取る。

 「弾いて」

 「え?」

 「聞こえなかった? 弾いて」

 「ど、どうして突然?」

 「志村君、卒業してから一度もギター触ってないんじゃないの?」

 「え、ええ。 それが?」

 「やっぱり。 だから音楽の熱が無くなってやる気が出ないんじゃないの?」

 確かにそうかもしれない。自分のギターは実家にあるし、卒業後は音楽に関してなんて何もしてない。

 「でも、エレキしか触ってないのにアコースティックなんて」

 「大丈夫、私が教えるから!」

 こうして砂浜で四年ぶりのレッスンが始まった。

 長いこと触っていなかったから不安だったが、指は意外と動きを覚えていた。しかしブランクおは恐ろしいものだ。まともに弾くには時間が要するだろう。

 波も穏やか、周囲の音がほとんどない状態で三つの音が響く。

 まるであの時のような感覚。忘れてた何かが戻ってきていた。

 そして辺りが明るくなり始める。

 「うん、良い感じじゃん! じゃあ一曲、通してみようか」

 「え、歌いながらですか!?」

 「まさか。 とりあえず弾くだけ」

 「わ、分かりました」

 どうしてだろう、聞いているのはナナミ先輩だけなのに緊張する。

 けれど少し、ほんの少しだけ笑みがこぼれた。

 「それじゃあ、行きます」

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