滅びの砂時計
とある夏の浜辺。
夕暮れにはシャッターを切りに路上駐車が連なるが、真夜中ではヒトは誰一人居ない。そうヒトは。
波が重なり、潮騒を刻んでいた水面を裂いて上陸する異形。
半魚人ダゴドンである!
身体の大きさこそ人と同じだが、皮膚は蛇のごとく鱗甲で覆われ月明かりで照るように輝き、蛙を思わせる大口に備えた牙は肉に捩じ込むための鋭く長い鋲そのもの。
その手には指の代わりに三日月形の鉤爪を備えており、ヒトが手と手を重ねて行う創造や調和といった行動は、卵内から放棄し破壊だけに収斂している。
海潮で育まれし下腿は鞭のしなりと破城槌の潔さを備え、その攻撃力・跳躍力は凄まじいの一言。
とはいえ、ヒトがヒトを殺すために作り出した道具はダゴドンを苛むに足り、恐らく一匹ならば多大な被害は出ても撃退は可能であると推測される。
“一匹ならば”。
現れた数は真砂の如し。
数日前、海難で深海に朽ちて着いたとある少女の亡骸を貪ったとき、 人類滅亡の砂時計が転じていた。
“この肉、上にまだ有る!”
――が、砂時計は砂鉄で造られるが、破滅のそれは浜砂入り。
ただの砂は僅かな湿気で固まり、流れなくなる。
一匹のダゴドンが金切り声を上げながら浜辺を転がったとき、砂が詰まり秒読みは放棄された。
感染するように魚人たちが倒れていくが、その原因は見て取れた!
ぷーん。
うぃぃー、ぷーん。
蚊だ!
夏場に活発化する双翅目の吸血昆虫であるが、吸血後、動物の体内に侵入した蚊の分泌液は恐ろしい効果を及ぼす!
そう! 痒いのである!
ダゴドンの鱗間が腫れているが掻けない、なぜか!
鉤爪が凶器すぎるのだ!
一匹が耐えきれず首筋に爪を向けるが同胞たちに抑えられる。掻けば失血死は免れない。
夏の海辺、ダゴドンは次々と蚊の餌食になっていくが、ただやられては居ない!
圧倒的速度の掌打! しかし!
隙間から、ぷーんて、出てく!
爪があってパンて出来ない! パンできれば潰せるのに! 鱗の隙間に入って、なんか、潰れないのだ!
彼らは海中で果てしなく進化を遂げたが、海中に蚊は居ない。
海水こそ、自分たちを蚊から身を守る唯一の手段だったと気が付いたとき、軍勢は次々と身を翻した!
――夜が明けて浜辺には観光客が詰めている。
今日も平和だねぇ、そんなことを云いながら蚊取り線香に火を灯して。
ダゴドンは本家夏ホラー参加作品、水底の妖鼠からのリバイバル登場。
……あちらでは、流石にもうちょっと活躍します。
続編はこちら。
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