8 最初の試練の名は「炎」
オーガの部屋の奥には扉があった。そこがボスの部屋らしい。アキがいうにはオーガがここで出現するということはボスはそれより強いということになるそうだ。ちなみにアキの時はここで小さいクリーチャーであるゴブリンが出て、次のところで大蜥蜴だったらしい。
「蜥蜴って見た目すごいよ?前進するスピード速くて、怖っ、て思った」
アキの話を聞いて、さきほどのオーガとの違いを口に出す。
「チュートリアルなのに結構な差がでるんですね」
するとアキはそうだよね、という感じに答える。
「チュートリアルだけどチュートリアルだけに、同じ位の敵でないとチュートリアルにならないってことね」
(そうするとアキはそれほど戦闘特化じゃないってことか。後でどういった作り方したのか参考に聞いてみよう)
などと考えながらグラムは辺りを見渡すがこの部屋には特にめぼしい物はない。
このまま部屋を眺めていても何も進まないので奥の部屋へ入る。
そこに待ち構えていたのは。
「あー、なるほどねぇ。キャラクターメイキングの影響もある程度受けるのかー。いい事知った。グラムに付いてきてよかった。ありがとね」
アキが出現したモンスターを見て感心したように言った。その言葉にグラムは素直にアキに聞く。
「アキ?一人で納得されても困るんだけども?」
アキはグラムの言葉に少し含み笑いを漏らしつつ答える。
「グラムがついてるってだけの事。勝てればだけどね」
その何か秘密にしたいような話し方にグラムは苦笑いを浮かべつつも再度別の視点から聞いてみる。
「負けたらどうなる?」
「別にどうということもないはず。ここをリトライするだけ。でもドロップは悪くなると思う。リトライすると敵も変わると思う」
その問いには素直にアキも答えてくれ、その口調からは特に何か注意する事もないように聞こえた。
そうやって話し合っている間も、モンスターを眺めていたグラムが、経験者であるアキに念のため尋ねる。
「でもあれって勝てるのか?」
アキはそんなグラムの不安を感じても平然として答えた。
「そこはグラムさんの腕次第ね」
あくまでギャラリーとして楽しんでいるアキに肩をすくめ一つ溜息をついてからグラムはぽつりと呟く。
「そこだけさん付けか・・・」
グラムのその一言を聞いてもアキは気にせずにグラムに指示を出した。
「さぁ行け、グラム。薙ぎ払え!」
この部屋で待っていたのは火の精霊。それも火の鳥の姿をしている。炎が鳥の形をしているというべきか。体長は2[m]前後、嘴に見える部分は大きく鋭い。揺らめきながらも常に内側から吹き出す炎で形作られている印象を受けるその炎の塊は近寄るだけで熱そうだ。絶えず揺らめきながらも輪郭を保っているその火の鳥は、目と思われる空洞をグラムへ向けている。火の鳥の口からは呼吸に合せてか時折炎が漏れ出ており、炎のブレスが吐けそうだという予感がし、逆にこっちが薙ぎ払われそうだ、とグラムは内心思う。
アキがすでにギャラリーと化しているようなので仕方無く開始しようと台座に手を置こうとするとすかさずアキがこう言ってきた。
「待って。戦闘チュートリアルが息していないって言ったのもう忘れてるでしょ」
アキからのアドバイスを聞いて台座に置こうとした手を止め言葉を返す。
「そういえばそうだった。でも何がいい?」
始めたばかりのゲームで何が有効かあまり分からないのでアキにアドバイスを求めるとアキが当然のように答えた。
「当然相手は火属性なんだから水でブーストするのがいいに決まってるじゃない。【攻撃ブースト:水】、【防御ブースト:水】、【魔力剣:水】のどれかがいいかな」
なるほど、と思いながらもすぐに結論を出しアキのアドバイスを受け入れる形で言った。
「じゃあそれで」
その言葉の意味がすぐに分からなかったアキが聞き返してくる。
「それでってどういう」
グラムは取得したスキルや魔法の中からアキの提案に出た3つを同時に発動する。発動した効果を画面で確認したアキは思わず叫ぶ。
「それってMP持つの!?」
それを聞いたグラムは正直な感想を漏らす。
「時間かけると負けそうだから」
アキの返答を待たずに台座に手を置いて開始し、すぐに近付いて攻撃する。開始直後に火の鳥は大きな咆哮を上げて飛び立とうとしていたが、そうはさせない、とグラムはアクセルして密接する。
右で袈裟切りをし、左で横払いをした攻撃は見事に命中したが、火の鳥は仕返しとばかりに予想通り口から何か吐こうと大きく息を吸い込んでいる。それを見たグラムは何が出て来ても良いように吐き出すタイミングに合せて左に移動して回避する。
回避した直後に火の鳥の口から円錐状に炎が噴射され、余波を受けてマナフィールドのゲージが減る。間近に見る炎の迫力はじりじりと肌を焼くかのように感じられ、どうやらそれ以外にも火の鳥の近くにいるだけで火の鳥を形作る炎によりマナフィールドはすこしずつ削られているようだ。
このゲームでは魔法防御の一つとしてマナフィールドがある。体の表面にバリアを張り巡らせる事で攻撃魔法を減衰させる事ができる。トグル方式での使用でON/OFF切替をするが、使用している間はMPが減少する。魔法攻撃を減少させた分だけマナフィールドは減少し、マナフィールドの残りがわかるように表示されているゲージが減少する。減少したマナフィールドはMPを再度注入することで補充はできる。もしマナフィールドがなくなれば直接HPにダメージが及ぶ。
今回は元々火の鳥が魔法生物であるからその炎は魔法扱いになるので関係ないが、【防御ブースト:水】の効果で火属性攻撃はすべて魔法攻撃扱いになっているし、効果としてダメージ軽減も付与されている。
初めから長期戦はだめか。グラムはそう考えるとすぐに攻撃を再開する。狙うは翼。
「いいね。教えた甲斐がある」
アキの言葉を聞きながら翼を執拗に攻める。魔法生物だからその翼で飛んでいるのではないと思うのだが念の為試してみるのもありか、とグラムは考えた。
火の鳥は何の恐れもなく果敢に攻めてきた。近寄ってきたかと思うと軽く跳び上がり嘴と爪で攻撃をしてきた。火の鳥からすれば地面すれすれでの攻防のため、どこか鶏の攻撃をイメージさせられる。軽く跳び上がり、翼を羽ばたかせて滞空しながら足爪でグラムを引っ掻こうとする。その攻撃を半歩退がりながら避けたのだが近い距離では火の影響でマナフィールドが削られてしまう。グラムが反撃をする前に火の鳥はそのまま強引に嘴を突きだしてきた。素早い攻撃に思わずバックステップで回避したために反撃する機会を逸し構えるが火の鳥は容赦なく攻撃を続ける。再度跳び上がりながら爪で引っ掻こうとする火の鳥に今度は右に回避しながら刀で斬りつける。刀に篭った水の魔力の影響か易々と火の鳥の体を切り裂くのだが、刀の通った後はすぐに炎で満たされた。
グラムの攻撃に怯む事無く、そもそも恐怖を感じるのかわからない火の鳥は再度グラムを引っ掻こうとし、いまだ態勢の整わぬグラムの腹部へ傷を負わせる。オーガのような大振りな一撃とは違い、細かい攻撃が繰り出され全て回避するのは難しそうだ。火の鳥の攻撃は切傷ではなく火傷扱いのようで、腹部の火傷のせいでセンサーからの圧迫感を感じながらも再度反撃を試みようとするグラムに対し火の鳥からの思わぬ先制攻撃がきた。着地する為の落下の勢いを利用して回避する事など考えていないかのように嘴を突きだしてきた。体を傾けて顔を逸らしつつ左手の刀で嘴をなんとか押し留め、ちろちろと口から漏れる炎を見ながら右の刀で斬り払いながらバックステップを踏む。
そんなグラムの行動など構う事なく火の鳥は前へ前へと押し進んでくる。火の鳥が至近距離に近付けば近付く程グラムのマナフィールドは削れていくが火の鳥は更に猛攻を続ける。羽ばたきながら繰り出された爪を今度は右の刀で受け止め反撃を試みる。右の刀で足爪を止めながら攻撃した直後に左の刀で胴を薙ぐ。しかし火の鳥も右の刀では止めきれなかった片足の足爪でグラムに更なる攻撃を加える。グラムにとって不利な事は、火の鳥はそこから更に嘴でも攻撃を行ってくる事だ。そして今もその嘴が上体を傾けて躱したグラムの顔の横を通り過ぎ、火の粉を撒き散らす。
火の鳥は尚も爪で引っ掻き、嘴でつつこうとし、更には噛みつこうともする。それに合わせてグラムもバックステップや回避を繰り返しながら応戦する。恐らく足を止めては火の鳥の思惑がそこにあるかはともかく、炎に巻かれてすぐに倒されるだろう。
そこでグラムは戦法を変更し、左の刀を前に突きだし牽制する事で火の鳥の突進を止める事にした。どうやらさきほどまでの攻防から、火の鳥は足爪で刀を受け止めていたがダメージを受けていたような感覚があり、それなら近寄らせず足爪を狙った方がより有利になると判断した。刀一つ分の距離さえあれば嘴もそう易々とグラムまで届く事もない。
グラムの変化に火の鳥は恐れる事なく刀を足爪で払いのけて接近しようと距離を詰めてくる。足爪を払い、また、足爪に払われながらも左の刀で攻撃をしながら隙を見て右の刀でより多くの傷を負わせようと胴を薙ぐ。浅いながらもダメージを積み重ねていくが攻撃を受けても怯む事なく攻め続ける火の鳥に戸惑いながらも水属性を攻撃に付与した事に効果があったのか思いの外、火の鳥が急激に弱っていく。それでも火の鳥は猛攻を見せ、嘴で刀を咥えられた状態で足爪を体に受ける状況に何度か直面した。
火の鳥も弱ってきているが同時にグラムもその猛攻の度にマナフィールドは減少し、MPで補充するも、今度はMPの残量が残り少くなってきた。【攻撃ブースト:水】、【防御ブースト:水】、【魔力剣:水】にも常時MPを注いでいるので、MPの減りは速く、尽きれば負けるのは間違いない。ただでさえ、足爪によってHPも削られている状況でMPが尽きて補助魔法がなくなればすぐに倒されてしまうだろう。
それでも徐々に優勢になってきてアキも「そのまま押し込んで」としきりに声を掛けてくるがそううまくいかなかった。まだ火の鳥にも余力があったのかグラムがわずかに距離を取った所で大きく息を吸い込んだ後に炎のブレスを吐いた。すかさず回避して更に距離を取ると火の鳥は空中へと舞い上がる。部屋と言っても天井まで5[m]はありそうな部屋なので飛び上がられてしまえば届きようもない。天上付近は暗いのだが火の鳥自身の明るさで見失わなくて済んでいる。やはり翼で飛んでいるとは思えず、火の鳥は上空を旋回しながら獲物を見る目付きでグラムを睨んでいる。
グラムが上空を旋回する火の鳥に焦りを感じつつも刀を構えたまま睨んでいる所にアキが話しかけてくる。
「グラム。おつかれ。惜しかったね」
思わぬ一言に苦笑しつつアキに言い返す。
「諦めるの早くない?」
その問いには疑問でアキは返す。
「そう?MP切れ狙ってるわけじゃないにしてもこのままじゃ先にMP切れるよね?」
確かにそうだ、とグラムは思いながらも答える。
「あー、うん。あと少しだけしか保たない。相手が仕掛けてくるのを期待しよう」
グラムはいつ攻撃が来ても良いように、中腰で構える。恐らく突撃が来るだろう。それを躱して斬る。回避できれば勝ち、失敗すればまともにダメージを受けて負けるだろう。
グラムの予測通り、火の鳥は何度か上空を旋回していたが、やがて焦れたのかいきなり突撃を開始した。上空からのスピードのある攻撃に驚きながらも予測できた攻撃だけに躱す事ができた。すれ違いざまに一撃を叩き込もうとするが、タイミングが合わなかった。火の鳥はすかさず上空に舞い上がり、また旋回を始める。回避は出来ていたのだが今の攻撃でまたマナフィールドが削られた。
どうにも不利な状況に追い詰められている、とグラムが感じているとアキからアドバイスがくる。
「どうする?壁際で待てば降りてくるかもね」
確かに壁際だと壁に衝突するのを恐れて突撃はなくなるかも知れない、と考えたがグラムは別の答えを出した。
「そうやって待っているのもいいけど」
MPがね、と言葉を飲み込む。そして徐に部屋の中央付近へと移動し、かかってこいとばかりに挑発する。
そのグラムの行動に興味を示したアキはその感情が口調にも現れていた。
「見てる側からするととても面白いわ」
そうなのか、と思いつつも下から火の鳥を睨む視点がそんなに面白いのかと思い聞き返してみる。
「でも視点はおれの視点だけだよね?」
するとアキはそれには同意するように答えた。
「そう、それが不満。わたしも上空から眺めてみたい」
第三者視点で俯瞰できたらさぞいい光景なのだろうな、と考えながら構える。やはりあれか。ウォーターブラストなどは取ってくるべきだったかとグラムは若干後悔する。相手を動かす手段がない。
上空を自由に旋回し、虎視眈々と獲物を狙っていた火の鳥が一際大きな咆哮を上げると、更なる勢いをつけて突進してくる。今度ばかりは外さないとばかりに。
「それは御互い様だ」
グラムは呟きながらもなんとか回避して今度こそはと刀を振う。刀は火の鳥の正面から水平に入り、突撃の威力を活かしたカウンターとなる。刀に込められた水の魔力が火の魔力と交差し、淡い青と赤の光とを散らす。火の鳥はその一撃に耐え切れずにそのまま地面に衝突し、やがて黒い霧となり霧散した。