6 最初のステップは軽やかに
「ええと、よろしくおねがいします」
グラムは戦闘チュートリアルを開始し、初めの部屋にあるポータルの前に立っていた。戦闘チュートリアルを開始するとこの部屋に移動する事になり、部屋にはポータルが全部で4つ並んであった。他には特になく、石造りの壁と天井、そしてそれを照らす灯りだけが存在していた。
目の前に並んでいる4つの転移門にはそれぞれ、剣、杖、弓、銃の紋章が刻まれている。ポータルの内部は淡い光に満ちていて、通過すれば別の場所へと移動するようだ。
グラムがそうやって部屋の内部を確認していると声が聞こえる。
「こちらこそよろしく」
とアキは返事をするが、その姿はない。
--- ガイディング・スピリット ---
キャラクター育成支援を目的とした機能として実装されており、同じ視点を共有することで指導を行う事ができる。今回のようにチュートリアルなどの一人でしかできない人数制限のあるクエストや戦闘時のアドバイスのために使用される。アキは現在チュートリアルエリアの外にいて、グラムの視点を共有している。もちろん承認が必要で、グラムの側から一方的に解除もできる。これはアキの提案を受け入れた形だ。
最初はわざわざそこまでしてもらわなくても良いと思いグラムは断っていたのだが、さきほどの件があるためアキはどうしても手伝いたいと何度も提案をしてきた。グラム自身には損はない、アドバイスならできる、と言われ、ガイディングスピリットの機能を説明された時に一人では試せないその機能に興味が湧いたのでお願いすることにした。
アキは挨拶の後に言葉を続ける。
「あー、なつかしいなぁ。ここ」
その言葉を聞いて、グラムはふとアキのゲームプレイ期間が気になったので聞いてみた。
「アキさんって、結構長いんですか。このゲーム」
アキは否定と思われる感じでううん、と答えた後で話を続ける。
「それほどでもない、というかやっと中級かな。ギルマスからはサボりすぎだって嫌味言われた」
グラムにはそのギルマスの感覚には違和感が感じられたのでこう答えた。
「ゲームでサボりすぎって言い方もあれですね・・・」
それにはアキも同意らしく、こう言う。
「そうだねー。ハマる人は一気に上級まで上げてしまうらしいよ?。あっ、扉は欲しいアイテムに合せて選んでね」
グラムには返ってくる言葉に同じ感情が込められているように思えた。
現在、画面にはチュートリアルの説明として、受けたいチュートリアルを4つの中から選べ、という文章が表示されている。アキの説明によると、最初の一回だけクリア報酬として該当武器が手に入るそうだ。それなら選ぶのは当然ながら剣になる。剣の紋章でも報酬は使用できる近接武器から選べるとの事で少しでもいい武器を得るということがこのチュートリアルでは重要らしい。
「特にグラムはわざわざ刀縛りっていうプレイスタイルだからここで手にいれないと後で困るかもよ?」
アキの言葉からはどうやらグラムが行ったキャラクターメイキングでのスキルの取得に大きな問題があると、アキは思っているらしい。そのためあえてアキに聞き返す。
「そんなに不利ですか?」
するとアキは当然のように強い口調で答えた。
「不便すぎる。だって刀、小太刀、太刀だけが『刀』の分類だから、それ以外の武器ってドロップしても基本的に無意味だよ?これが縛りプレイでなかったら縛りプレイって何なんだろうってくらい」
剣の紋章の入ったポータルをくぐりながら話を続ける。
「刀って利点として斬る事に関しては剣より強いけども金属鎧を着込んだ相手にはかなり不利になる、癖のある武器って聞いた。耐久度も低めで長期戦に向かないんだって。そしてドロップが少ないらしいよ?前にギルマスがそんなこと言ってた」
そのギルマスはかなりこのゲームに詳しいようだ、とグラムは考えながらアキに対して思っている事を口にして見る。
「なるほど。なんかイメージだとばっさりと金属鎧とか斬れそうなんですけど」
それにはアキも同意したそうだったが返ってきた返事は違うものだった。
「あくまでイメージだよねー。だって鉄で鉄を斬るってよく考えたらなんか矛盾してそうに思わない?豆腐で豆腐を潰す、みたいな感じで」
その言い回しもどうなのかな、と考えている内にチュートリアルが進む。ポータルを通過した先には長い通路といくつかの扉が見えた。多少暗い石造りの通路はどこか寒々しく感じられるが灯りが足りないという程でもなく、だが静まり返り人気のないその空間は僅かに不安を掻き立ててくれる。
通路にある扉は千鳥形式で互い違いに配置されそれぞれに文章が刻まれたプレートが貼り付けられている。歩き始めて最初に辿り着いた扉の前に立ち、扉を見ると画面に文章が表示される。『基本移動と【アクセル】について』と表示されている。
「えっと【アクセル】からだねー。まずは」
アキの言葉を聞きながら一つ目の扉を開いて中に入る。中は広々としていて奥に台座があり、その上にフラスコが置いてある。殺風景な部屋だがチュートリアルなのでそんなものか、と納得する。また、入口に近い地面には白い線が奥行に対して水平に引いてあり、何かを暗示していた。
「まあ、ここの報酬はこんなもの?とりあえずは無難にゲットしよー」
とアキは話しかけてくる。チュートリアルの文章では【アクセル】を使用してあのフラスコを取ればよいらしい。
グラムが部屋を眺めているとアキが話を続ける。
「で、グラムは気付いた?」
思わぬ問いにグラムは思わず聞き返した。
「何にですか?」
するとアキはグラムの雰囲気を察したようでこう言い返す。
「気付いてないならいいよー」
(何やら含み笑いしているようで。そう言われると気になるが、アドバイスしてくれるんじゃなかったのか?)
などとグラムは思いつつ改めて周囲を見渡す。部屋の中には台座とフラスコしかない。そこで諦めずにもう一度見渡すと、どうやら壁に穴が空いているようだ。壁の穴は白い線が引かれた場所から台座までの間に等間隔で配置されており、その穴の大きさは直径10[cm]程度のようだ。
(何か出てくるのか?)
と思いながらアキに聞いてみる。
「あの穴の事ですか?」
するとアキは嬉しそうに答えた。
「そうそう!他人の視点って面白いね!」
(面白くて何よりです。ということは、ゴールが台座なら白い線はスタートライン、そこから使用しろってことか)
グラムはそう思いながら白い線の前に立ち、走りだしながら【アクセル】を発動した。一瞬の内に台座の前に移動すると、背後で壁に物が当たる音が複数鳴った。振り返ると壁際に矢が落ちてありどうやら壁の穴から発射されたようだ。前を向きなおし、フラスコを持つ。
「一つ目クリアー。いいね。わたしはあそこを歩いて渡ろうとして慌てて引き返した。戻る時もアクセルね」
アキの言葉を聞きながら、手に持ったフラスコはヒーリングポーションだった。このゲームは重量の関係上、多くの荷物は持ち歩けないのでこういったアイテムをたくさん所持はできないが、あっても困らないアイテムではある。フラスコ型の場合は取り出すのに時間がかかる。試験管を用いたものは防具のどこかにスロットを用意して準備が出来るらしい。今回のは初級アイテムということだろう。手にいれたポーションをバックパックへと収納する。
その動作を見ていたアキが言う。
「まだマジックバッグは手にいれてないから大変だねー。重さも便利さもかなり違うよ。すごくレアだけどね・・・」
まだ、という言い方からグラムは予想してアキに聞く。
「アキさんは持ってそうですね。その話し方だと」
それに対するアキの言葉は若干不満のこもった返事だった。
「まあね。ギルマスがくれた。そしてしばらくパシリにされた」
パシリ、なんて言葉を使うからか、そのギルマスとの仲が悪いのか良いのか分からないので無難な返答をグラムはしてみた。
「そうですか・・・」
その返答を聞きながらもアキは話を続ける。
「ほんの少しの間だったけどね。それで手に入るなら安過ぎるってこないだ野良で言われた。後、アキでいいし、敬語も要らない。こっちは初めからグラムって呼んでるでしょ?」
『野良』とは友人やギルドメンバーではないプレイヤーが集ってパーティを組む事を指す。つまりは良く知らない相手と一緒にプレイする時に使われる。
会ったばかりの人物を呼び捨てにするという事に気が引けるグラムは歯切れの悪い返事をする。
「うーん。そんなもんなんですか。ゲームでは」
それにはアキもあいまいな返事をする。
「どうだろ?わたしがそうして欲しいってだけかな。うん、きっとそう。折角のゲームだし気軽に呼んで」
そうこうしている間に二つめの扉へと到着する。扉に書かれた文字を読んでいるとアキが話しかけてくる。
「ここはかかし部屋ね。ただ殴るだけの簡単なお仕事。スキル練習もできるよ」
中に入ると、上半身だけのかかしが3体並んでいた。金属鎧、革鎧、服のみの3種類が並んでおり、チュートリアルの文章ではそれぞれの特性を知る訓練だそうだ。まずはそう、無難に服から。グラムは刀を2本抜き、かかしの前で構える。
「二刀流?しかも刀二つってことは【両手利き】ね。すごいマニアック・・・」
アキが感心したのか呆れたのかわからない感想を盛らす。このあたりが間違われた理由かな?とグラムは考えながら刀を振ってみる。ダメージが入り、かかしが激しく揺れる。それを何度か繰り返してみるとアキがこう発言した。
「グラム?なんか2本の刀でダメージが違うんだけど?持ってる武器って違うの?」
そう言われればそうだな、と戦闘ログを確認してみながらグラムはアキに答える。
「ええ、作成時に【家宝】っていうのを選んだから成長武器?でしたっけ?それ使ってます」
その返答に納得しながらもどこか不満がある感情のままアキは言う。
「敬語使わなくていいって。こそばゆいからできたら普通に話してね。というか敬語うまく使えるんだ。じゃなくって、成長武器ね。うん、いい選択だと思うわ。手に入らないレアドロップよりかなりいい。ポイント勿体無いけど」
ポイントが勿体ない、という言葉からどうやらアキは選択していないようだが聞いてみた。
「アキさ・・・、アキは取ってない?」
すると当然かのようにアキが答える。
「うん、普通によくアイテムがドロップしそうな【剣:西洋】って汎用スキル取ったからあまり気にしなくていいみたい。剣、短剣、ナイフとか全般みたい。ほら、時々オリエンタルなやつで曲ったのがあるでしょ?ああいうのは【剣:東洋】らしいわ。だからさらにマニアックな刀ってドロップ自体がレアでさらに良い武器ってさらにレア・・・」
それを聞いてグラムは疑問に思った事を聞く。
「じゃあ、しばらくはこの武器を強化していくのが正しいってこと?」
その問いにはアキも明確な答えが返せないらしくしばらく悩んだ末にこう言った。
「というより、その武器を使い続けるっていうのかな。うまく素材さえ手にいれればレアな武器は必要ないって感じ。それでも二刀流だからもう一本いるんだけどね」
話をしながら革鎧、金属鎧を順番に斬っていくとわかった事がある。金属鎧には不利だ。アキに聞いたのだが、そのあたりの詳しい話は後でギルドマスターに聞いてほしいと言われた。アキもギルドマスターに教わったらしい。
「必要な事だけ覚えてる。後はギルマッシュがフォローしてくれるから」
と他人任せな返答が返ってきた。
かかし部屋を出て進んだ次の部屋は回避訓練だった。回避するか武器で受け止めるか盾で受け止めるか、どれかになるのだが、刀の不利な面として耐久度がないので基本的に回避した方がよい、とアキからアドバイスがあり逃げ回る事になった。
部屋には鈍重そうな人間サイズのゴーレムが一体立っていた。部屋の入口付近には台座があり、その台座を見ると文章が浮かび上がり、台座に手を置くと開始する、というメッセージを読むことになった。
ゴーレムはこれといった特徴もない外見で、関節部がある以外は顔の造型すら無かったが、ごつごつとした粗い岩石で出来ていそうなゴーレムの一撃は当たればかなりのダメージを与えそうで、ものの試しに受けてみようと言う気にはなれない。
グラムはゴーレムを眺めた後に台座に手を置いてチュートリアルを開始した。両手にそれぞれ刀を持って構えゴーレムの前へと移動すると、少し間を置いてからゴーレムが右腕を重そうに持ち上げながら近付いて来た。ゴーレムの攻撃が届く距離になった途端、右腕が振り上げられ、鈍重ながらもその重さに見合った質量感で振り降ろされた。
振り降ろされた腕を左に移動して躱す。すると、視界の端に'1/10'という表示が見えた。どうやら10回回避すればチュートリアル終了のようだ。
左に回避すると当然移動する。回避しないなら棒立ち状態になり、盾や武器で受けるのではないならまともに体に右腕を受けてダメージを受ける。ゴーレムの攻撃を当てられないようにするには避け続けるしかなく、人数が多い時には連携が出来無いといい的になるのがアキやグラムのような軽装の戦士ということになる。
ゴーレムは鈍い動きでグラムを追いかけながら腕を振り回す。その無駄が多い上に遅い攻撃なら当たる事もない、と判断したグラムは試しに、振り回されるゴーレムの腕めがけて左手に持った刀をタイミングを測り勢いよくぶつけて受け止めようとしてみた。振り回されるゴーレムの重い腕に、受け流すのではなくまともにぶつけられた刀は手から弾き飛ばされ、その結果にグラムは納得する。当然と言えば当然と言える結果で、刀が折れなかっただけましか、とさえ思える。
「あー・・・。やっぱりそうなるのね」
とアキも感想を漏らす。
その後は無難に躱し続けチュートリアルを終了させた。弾き飛ばされた刀を拾ってみるとやはり耐久度が減っておりこのゴーレム相手だと攻撃をまともに受ければすぐに使いものにならなくなっているだろう。これが剣ならまだ出来無くはないそうだがアキもここでは回避優先だったらしく、アキ自身は短剣を使うので武器で受ける事は少いらしい。
チュートリアルはそうして特に危険な状況に陥る事もなく、戦闘中のアイテム使用、武器を落した場合の対処、状態異常とそこからの回復、疲労度と行動力の低下、そして即時魔法の使用などを訓練することになった。途中、初級魔法のブラスト系を取得していないので、それに関連した部屋は通り過ぎた。ブラストの訓練部屋では遠距離からブラストを当ててから接近戰に入る練習をするらしい。
長い通路の終点には扉があった。最後の訓練かな?と考えたが質問する前にアキが答えた。
「ようやくボス前だね。ボスはこの部屋の次になるの。ここでは模擬戦闘かな。いままでの復習」
戦闘らしい戦闘をしてからボスと対峙するという事か、と納得して相槌を打つ。
「なるほど」
その相槌を聞きながらアキは話を続ける。
「グラムの戦い方だと敵だと判断したら【アクセル】で近付いて攻撃、横に移動しながら回避してのヒットアンドアウェイね。わたしと一緒」
やはり盾を持たないプレイヤーはそうなるのか、とグラムは思いながら、アキのアドバイスに感謝を述べる。
「助かります」
そうして戦闘チュートリアル初の模擬戦闘へと突入した。