1 出会ってしまった二人
薄暗い室内。灯りは灯されているが充分とは言えず、部屋の隅など灯りの届かない場所が多い事でどこか背徳的な雰囲気を醸し出していた。その室内は木造建築物の一室であり、粗い造りで出来ている壁がいつ壊れても有り合わせの部材で直せば良いと主張しているかのように見える。事実、いくつかの壁は穴が空いたか隙間風が流れ込むのか当て木がされ、その不格好な見た目のまま直される事はないようだ。
その雰囲気に似つかわしい頑丈そうな粗いテーブルが並び、野卑な言葉が飛び交っている。辺りを見渡すと奥にはカウンターがあり、そのカウンターでは一人の男性が客らしき人物相手に冗談を交えながら話をしている。テーブルを囲むように座る人々からは度々怒声にも近い大きな声が上がり、エールをあおりながらこの場に相応しい騒音を立てていた。
テーブルを叩く音。周りに遠慮ない、そして周りも気にしない大きな笑い声。時折怒声を交えながらも険悪な雰囲気にはならず、皆が寛いでいるのが感じられる。壁に掛けられたランプからこぼれる灯りにより床にはシルエットが描き出され、シルエットにより上映される劇もどこか楽しげなものになっていた。
テーブルには豪快に盛りつけられた食事が並び、空になったジョッキが並んでいる。忙しそうに動き続けるウェイトレスが空になったジョッキを片付け、溢れそうな程注がれたエールの入ったジョッキを代わりに置くが、それほど時間が経たぬ内に以前と変わらぬ空のジョッキへと変貌する。エールを飲みながら逆手に握りしめたフォークを肉へと突き刺し、ここではナプキンなどの上品な物は不要、とその食べ方が物語っていた。
ここは冒険都市ボードの酒場兼宿屋である「もがく白鳥亭」。良くも悪くも冒険者の集まる場所だ。
「もがく白鳥亭」はここボードでも有名な宿屋であり、常に賑わっていた。街の中で便利な位置にある事から、仲間を探す者、情報を得るために訪れる者、冒険の拠点にする者など多種多様な目的で集まる人々がそれぞれの思惑を胸に秘め、雑談をしたり酒を酌み交わしたりと慌ただしい。
そんな中、グラムはテーブルの一つに肘を付き頬杖をしながら、対面に座る女性を眺めていた。
皮鎧に小振りの剣、高価な品には見えないが、劣悪な品にも見えない。身に着けた外套は地味な緑色で左側に紋章が刻まれている。三日月を喰らおうとする竜の首が施されている紋章だ。衣服に関しても、どこかの偉い貴族や裕福な商人が着ているようなものではなく実用的であり、だからといって身だしなみに無頓着という程でもないようだ。その証拠として薄汚れておらず清潔な印象を受け、装飾品と言えるものも少なく、自発的に体を動かす行動を良く取っている事を物語っているかのように見える。
そういった、所々に見える女性の生活感から彼女が冒険者だということがわかる。短く揃えられた青色の髪に、整った顔立ち。惜しむべきはその顔が下を向いていることだった。前髪の一部は編み込まれ、顔を下に向けている状態のため、ゆらゆらと目の前で揺れている。彼女の状態はと言えば、両肘をテーブルに付き、手のひらを合わせて顔を下に向けている。
いわゆる「ごめんなさい」のポーズだ。
「ごめん。本当に初心者だとは思わなかった・・・」
グラムはその瞳の色を眺めることができないことを残念に思いながら、さきほど彼女の口から発せられた言葉を思い返しながら溜息をついた。
グラム。
そう名付けた。初めたばかりのゲームで使用するキャラクターネームだ。
あまり多くない名称をつけたつもりではいる。さて、なぜこんな状況になったのかいまだ信じられない。低い確率を引き当てたのが幸運か悪運かといえば悪運だろう。ほんの些細な行動だったが、それがたまたま運悪く状況と合わさってグラムの門出を祝福してしまったようだ。