第1話 第3節 武人と美雪
目の前で白い髭の小人が踊っていた。深雪が紅茶を取りに行く時に待機を命じられた(ノームの足の長さでは、物を持ったまま階段を上がれない)ノームだが、深雪が扉を閉めたとたん、いきなり踊り出したのだ。
………BCに虫でも湧いたか?
それは嬉しそうな笑顔を浮かべて、己のバランサーの限界に挑むように、踊り狂っている。
膝のモーターの磨耗ってこのせいじゃないのか?
「むぅぅ……」
武人はうなった。
それより問題なのは、自分はこんなプログラムをインストールした覚えはないということだ。あ、コケた。
武人は「無念でござる」等と、ほざいているノームに声をかけた。
「おい、ノーム」
「深水殿。一緒に踊るでござるか?」
「踊らん!」
即答した。すると、さびしそうにいじけてみせる。膝を抱えて座り、床に「の」の字を書いている。
こいつの頭の中、コピーして、調べてみようかな……
「お前に、奇妙な踊りを教えたのは深雪か?」
「否、母上殿でござる」
「美冬おばさんか…… それじゃ、反復して教え込んだのではなく、プログラムをインストールしたわけだな」
深雪の母親は、18年ほど前まで父親(深雪の祖父で現会長だ)の会社『アースガルド』でdollの開発をしていた。その頃にウチの両親の紹介で親父さんと出会い駆け落ち同然に家を出たそうだ。勘当されたとも聞いている。うちの両親が亡くなる4年ほど前まで外注で感情プログラム作成を受けていただけあって、dollを踊らすくらい朝飯前だ。
「深雪の前でも踊っているのか?」
「母上殿に禁止されているでござる」
「なんで?」
「無断でインストールしたから、怒られると申してござった」
思わず武人、吹き出した。おばさんらしいと言えば、らしい。
誰もいない家に帰るのが、少しだけ嫌になった……
「ねぇ武人。好きな人っているの?」
不意打ちに近い深雪の質問に武人は、飲んでいた紅茶を噴き出しそうになった。
「なんだよ、いきなり?」
「だって、今日も下級生の娘を振ったって聞いたよ」
深雪の記憶の通りなら、武人は結構もてるのだが、特定の娘と付き合ったことはないはずだ。
武人は昼間の事を思い出した。ラブレターもらったのだけど、昼休みに断りに行ったな。なんだか、手紙をくれた娘より一緒についてきた友達というほうがうるさかった。俺が、彼女を捨てたかのごとく罵られた…… ラブレターをくれた彼女が友人という娘を、謝りながら押さえつけて行ってしまったから騒ぎは収まったが……
「そんな事もあったな」
「それだけ?」
「他に、何かあるのか?」
武人は、不思議そうに聞き返す。
「だから、好きな娘がいるせいなのかな? と思って」
「今は、dollいじっている方が楽しいからな。それだけだ」
「そうなんだ……」
深雪の表情が、少しだけ翳ったが武人は気が付かなかった。
「おお、深水殿、お代わりはどうでござる?」
武人のカップが、空っぽになった事に気がついたノームが駆け寄ってきた。
「いや、ご馳走様だ」
dollには、人に尽くすようプログラミングされている。ノームも例外ではない。dollはただの愛玩物ではなく、労働力でもあるのだ。
時計を見ると、21時をまわっていた。
「すまん。長居が過ぎたな。そろそろ帰る」
「う、うん。今日はありがとう」
靴を履きドアから出かけて、見送りに来てくれた深雪に付け足す。
「ノームな。変な趣味があるみたいだから、様子がおかしい時にはすぐに呼べ。いつでもいいからさ」
「変な趣味って?」
武人は少し考えてから口を開いた。
「答えてくれるか分からないけど、本人に聞いてみたら?」
dollはマスターに対しては従順だ。実際にそのようにプログラムされている。マスターある美雪に質問されたら正直に答えるだろうな。と思いながら九十九家をあとにした。
第1話もあと2節です。
このペースなら今週中にノルマ達成ですね。
その後が問題ですが……
今日は、連載中の作品3本とも更新できたのでゆっくりと考えるとしましょう。
では次回、『死者からのメール』でお会いしましょう。