第1話 第1節 サポセンですか?
第1話 邂逅 武人とブリュンヒルデ
『2−B 深水武人、至急、職員室まで来るように』
昼飯のあと、教室で惰眠を貪っていた武人はその放送に叩き起こされた。
周囲にいたクラスメイトや他の同級生の視線が集まる。
「武人、何かやらかしたのか?」
悪友達がヤジを飛ばす。
「ちげーよ。たぶんdoll関係の呼び出しだろ。じゃ、行ってくる」
まだ眠そうな視線を向けておいて、武人は席を立った。
人型機械、ロボット。
自立思考の二足歩行型。
人型ロボットが世間に出てから40年あまり。ロボットは人々の生活の一部になっていた。
人型戦車と呼ばれる有人機から発展していった人型ロボットは、10年あまりで軍事、建築土木の分野で普及していき、さらに20年前の『バイオコンピューター』、『BC』と呼ばれる制御装置の登場によって、かつての家庭用ゲーム機やパソコンのように爆発的な進化を遂げ、各種業界だけでなく一般家庭にも普及した。世界ではじめて実用化された人型戦車の開発ネームから『doll』と呼ばれるようになった。
現在、一般的にdollと呼ばれる人間大の人型機械は、義手・義足、人工皮膚の医療用技術、乗り物のフレーム・駆動技術、制御コンピュータ・認識センサー技術、あらゆる最先端技術の申し子というべき存在だ。
「前田先生、何かしました?」
呼び出しは、体育教師の前田からだった。内容は案の定dollのトラブルだ。
学校の備品であるdollが動かなくなってしまったらしい。
『doll研究会』の副部長である武人の下には、日々、友人や先生達からdollのトラブルが持ち込まれる。無料のサポートセンター扱いだ。
フリーズしているdollに、自分のノートパソコンを接続しながら武人は聞いた。
「俺は何もしてないぞ。うん、何もしていない」
なんだか、自分に言い聞かせる前田に、武人は内心「何もしてないわけがないじゃん」と悪態をつくが顔には出さなかった。実際、初心者の常套句なのだ、「なにもしていない」というのは。
「とりあえず、見てみま……」
接続したノートパソコンの画面を見て、武人は絶句した。
「ふ、深水? どうした?」
前田が心配げに聞いてくる。
「先生、こいつの頭の中がからっぽですけど……」
武人の言葉を聞いて前田が素っ頓狂な声を上げる。
「なぜだー」
どこまで本気だろうか? 深水は心の中で「あんたが、消したからだ」とツッコミを入れた。
かわいそうに、NNT社の最新モデルの女性型dollは、制御OS以下すべての記憶をすっ飛ばされて、マネキン人形になっている。
「杉田先生、パソコン借りますよ」
前田の隣にすわる英語教師のパソコンを使い。校内にあるサーバにアクセスする。壁紙が新卒の国語教師、尾瀬真理奈だったのにはビックリしたが、見なかったことにしておく。あのアングルだと隠し撮りだと思われる。
職場のパソコンに個人的なものを入れるのはどうかと思いますよ。杉田先生。と呟いて作業を続けると、お目当てのファイルが見つかった。
「前田先生、どうにかなりそうですよ。昨日の点検のときにバックアップされている。制御OSはサポセンに連絡して送ってもらいますから」
「そ、そうか。良かった。あはは……」
笑ってごまかすな……
「ところで前田先生、再起動までに3時間ほどかかるのですが、次の授業が先生の授業で、その次は尾瀬先生の授業なんですよね」
そう言って、ニッコリと笑う。
「わ、わかった。俺から出席扱いしてもらうように頼んでおく。その代わり頼んだぞ」
前田はそう言って職員室から出て行った。
放課後、武人は職員室から出てきたところを、幼馴染の九十九深雪に捕まった。
dollは3時間ほどかかったが再起動に成功した。前田より教頭のほうが喜んでいたのは謎だが…… もしかして頭の中を飛ばしたのって教頭か? ……それにしても、また無報酬だ。いや、尾瀬先生にコーヒーを入れてもらったが労力の割には報われない。
「どこに行ったのか、心配したじゃない」
「昼間、校内放送されただろ」
武人は面倒くさそうに言った。ガキの頃からなのだが、深雪はなにかと武人の世話を焼こうとする。そのことで、級友達にずいぶんからかわれたが…… 懲りないやつ。と、武人は思う。
「もう、そういう事じゃなくて」
「分かった、分かった。後で聞くよ。とりあえずカバンを取ってくる。どうせお前の家に行くんだ。たまには肩並べて帰るのもいいだろ?」
「う、うん」
深雪の顔を覗き込むように言った武人に、深雪は頬を朱に染めて頷いた。
第1話1節の更新終了。
dollに関する説明は随時本文中でやっていきます。
パソコン関係でサポセン扱いされている人いませんか?
私はされています。サポセン扱い(笑
実際、某メーカーのサポセンにいたこともあるのでしょうがないと言えばしょうがないでしょうが。
で、不調の原因を調べるために「なにかした?」と聞くとたいてい「何もしてない」と答えが返ってくる。
大抵何かしたからこんな事態になっているのですけどね。
次回は『第1話第2節 ハンドメイドdoll』でお会いしましょう。