第2話 第3節 登場 ノルンの乙女
「面白いでござるか?」
無表情でアン●ンマンの乗り物に乗るヒルデに、ノームは問いかけた。
「面白いのかな?」
周りで笑顔を浮かべる子供達を眺めながら、頭の上にクエスチョンマークが浮いている。
「拙者はわからないでござるよ。そのようには、できていないゆえ」
「物足りない…… で合っているのかな?」
「ヒルデ殿は感情を持っているのでござるか? マスター達と同じように」
ヒルデは唇に人差し指を当てて何か考えて。
「う〜ん。わかんない」
数秒後、能天気な声で答えた。
「あんた、V−09、ブリュンヒルデだね」
そう言ってヒルデを、指さしているのは、赤毛に緑色の瞳をした14、5歳の少女だった。勝気そうな性格が顔に出ている。
「私は、ガルド大阪支社の軍事用次世代型doll、ノルンシリーズN−001−A、ウルド。あなたには大阪支社に来てもらうわ」
ヒルデは小首をかしげ、自分を指差しているウルドの指を、はしっと握った。
「何のつもりだ?」
ウルドはヒルデに、冷ややかな視線を投げ返した。ヒルデはニコニコ笑いながら問い返す。
「違うの?」
「大人しく、大阪支社に来るという事でいいのか?」
「ウルドちゃんの鬼」
ヒルデはそれだけ言うとノームを抱えて逃げ出した。ぽか〜ん、と呆けるウルド。あまりのことに、OSがフリーズしたらしい。だが、ハッと自分を取り戻す(OSを再起動させる)。
「またんかい!このクサレdoll」
「きゃー、マスター」
ウルドの怒号と。ヒルデの何故かうれしそうな声が響いた。
「なんだか、さわがしいな」
サンドイッチを腹に収め、コーラを飲みながら振り返ると、ノームを抱え笑顔で駆けてくるヒルデの姿と、その後ろからものすごい形相で追いかけてくる、赤毛の少女の姿が見えた。少女が外部接続用ヘッドセットを装着しているところを見るとdollだろうか。
「マスター」
嬉しそうに、武人に飛び込んできたヒルデを抱き止める。
「おい、おまえ、そいつを渡せ!」
赤毛少女が、武人を指差し言う。その指をヒルデが、はしっと握る。
「もういい、ちゅうねん!」
赤毛の少女が、昼での手を無理やり振りほどく。
「俺はこの娘のマスターだが、君は?」
「聞いて驚くな。私はガルド大阪支社の軍事用次世代型doll、ノルンシリーズ、N−001−A、ウルド。東京支社から奪取されたヴァルキューレを、我々で確保、その技術をノルンシリーズにフィールドバックして、自衛隊の正式採用を勝ち取るのだ」
なぜか周囲から拍手が上がる。どうやらアトラクションと勘違いしているらしい。ヒルデとノームも拍手していたりする。
「いいのか? こんな人だかりで自分の目的をそこまで話してしまって……」
俺の呟きを聞いて、赤毛の少女ウルドの表情が凍りついた。
「み、みごとな。誘導尋問だ」
いや、俺は何もしていない。ウルドと名乗ったdollが勝手にぺらぺらと喋っただけだ。
おかげで分かったことは、本社のセキュリティーとは別口らしいが、ヒルデを狙っている敵だということ。
「ヒルデ。深雪の側に行っていろ」
ヒルデは大人しく深雪の側にいく。深雪なら俺の意図に気付いてくれるだろう。
「ちょっと、話が聞きたいのだけどいいかな?」
「どうでもいいが、私から逃げようなどと考えるなよ」
「ああ、そんなつもりはないよ。あっ、くいだおれ太郎が歩いている」
俺はウルドの後ろを指差した。
「ど、どこだ、どこにいる?」
引っかからなかったら、どうしようかと考えていたが、そんな心配は要らなかったらしい。俺はノームと荷物を抱えて出口へと走り出す。深雪とヒルデはもう階段を駆け下りるところだ。さすがに付き合いが長いだけある、俺の意図に気が付いていた為の迅速な行動だ。
「深雪! フロアーを突っ切って西側の階段だ!」
できるだけ人の多い場所を指示する。機密扱いであるヒルデを奪う為に、衆人観衆で 行動を起こさないだろうという考えからだったが、甘かった。
ウルドは人間では到底かなわない速度で動き、エスカレータの前で深雪とヒルデの目の前に立ちふさがった。そしてヒルデの右腕を掴むとヒルデを睨み付ける。
「にがさへんで、ブリュンヒルデ!」
やばい。
武人はとっさに右手に抱えている物を見る。
「ノーム!」
「なんでござる?」
「いっけぇぇぇ!」
ハンドボールの要領でノームを、ウルドめがけてぶん投げた。
ごい〜ん!
ヒルデに、気をとられていたウルドは、ノームを避けられなかった。見事に顔面に命中。
「あいたたた」
ノームが頭を抑えて床に落ちる。
ウルドがヒルデの右手を離す。チャンスとばかり、武人も荷物を抱えたまま床を蹴る。
「あ!?」
武人の口から思わず間の抜けた声がでた。ウルドの肩あたりを蹴り、転倒させ時間を稼ぐつもりだったのだが、なにを間違ったのか顔面に蹴りが入る。
バランスを崩したウルドは、登りのエスカレーターを階下に向かい転げ落ちていく。
「ご、ごめん」
小さく呟くが足は止めない。再びノームを拾い上げて走り出す。
「武人殿、ひどいでござる」
ノームが自分をぶん投げた事に、抗議の声を上げる。
「このぐらいの衝撃で壊れるような、やわな作りにはなっていないよ」
「武人、そんな問題じゃない」
うっ、深雪に怒られてしまった。
「わかった。話は後でゆっくり聞く」
「あはは」
ヒルデの楽しそうな笑い声が響く。
ヒルデが笑っている。人格プログラムが動き出した?
さっきほどまでこんなに表情を出すことはなかったのに?
どうなっているんだ、いったい?
2話も半分を過ぎました。残り2節です。
と言うわけで、サブタイトルの通り『ノルンシリーズ』の1番機『ウルド』の登場です。
モチーフとなっているのは『運命の3姉妹』ノルンです。
『ノルン』は英読みで本来は『ノニエル』と読みます。ちなみに『ウルド』を英読みすると『ウルズ』。
詳しくは『戦乙女の補習授業』の3時限目にて。
では次回『覚醒 戦乙女』でお会いしましょう。