真夜中の逃走〈6歳編〉
7
あれから、一年過ぎました。
そして絶賛軟禁中でございます。
「…いいもん、絶対に外に出てやる」
なんで軟禁なのかって?それは簡単。
『女の子である私が、慣習を破ってまで学園に入学を目指しているから』
だってさ!
まさか、五歳児の口答えで父様が私を外に一切出してくれなくなるとは思ってなかった。
あのあと、部屋に戻って気分を落ち付けようとした私は部屋で待っていた父様とまた言い争いに。
…だけどさあ、まさか五歳児と言い争いすると思わないじゃん?それで一切外出させてもらえなくなるとか思わないじゃん?
日本だったら虐待ですよ。
それでも、この世界は親に従わない私が悪いってことになってる。
「さてと…」
どうせ、外に出させてくれないならと私はありったけの本を読んだ。
不憫に思った兄さんが、オリュザ姉様を通じて色々な本を差し入れてくれているから。
魔法だけでなく、政治・経済・地理・神話をまんべんなく読みまくった。
そして、兄さんに分からないところを聞いて。
「オリュザ姉様、体調はどうですか?」
オリュザ姉様は元々体が弱く、そのせいか出産後ふせっていることが多くなった。
日中は母様も、私が一人でも問題がなくなり父様について仕事の補佐をしているせいでお手伝いさん以外家にいない。
そんな関係で、私は暇を見つけてはオリュザ姉様の様子を見に行っていた。
「ええ。今日はとてもいいわ。…本当は、寝ていないで皆の手伝いができたらいいんだけど」
ため息をついて、窓の外を見るオリュザ姉様。
「休むのも仕事のうちですよ。私だって、すべての出入り口に見張りを置かれて正直頭にきてます。…それでも暴れずに済んでいるのは、オリュザ姉様がおられるからです」
半分実家と縁を切ってまで、ここでラジアータ兄様と暮らすことを望んだオリュザ姉様。
それなのに、体が弱くて兄様とそばにいられない。
オリュザ姉様の見舞いを終えて、私はまた部屋で勉強を再開した。
一つ一つを自分の知識という血肉にかえるために。
出入り口に見張り、それ以外の場所から出ても父様の張った結界によって阻まれる状態では誰かに助けてもらわなきゃいけない。
見てろよ。
私は普通の六歳児じゃないんだからな。
「ただいま、グラース。…おや、もう寝ているのか」
その日は夜遅く、父様は酒をしこたま飲んで帰ってきていた。里の大人で集まって小さな宴会を開いたらしい。
少し離れたところからも、風に乗って酒の匂いがするから相当飲んだんだと分かる。
しばらくして、私が起きないことが分かると父親の気配が離れていく。
私はそっとベットを抜け出した。
窓の外に浮かぶ月は、キラキラと輝いている。
しばらくすると、我が家は完全に寝静まり一切音がしなくなる。
「…はぁ、バカらしい。さっさと寝よ」
明日もまた代わり映えのしない、勉強漬けの日々が続くんだ。
そう思って、横になったとたんに窓をコツコツと叩く音がした。
「だ…っ」
野生動物が飛ばしたなら、こんなに規則的になるはずがない。
窓の外を見ると、そこにはさっきまでいなかったはずのラジアータ兄さんとオクトス様が立っていた。
「ごきげんよう。久しぶりだね?」
オリュザ姉様の件で会ったきり、オクトス様とは一切会っていなかった。
そんなことを感じさせない、まるでご近所で毎日顔を合わせているような気軽さだ。
「…説明はあとだ。とにかく急いで」
ラジアータ兄様はそう言って、窓枠に手をかけて私を抱き上げた。
「静かにしてて。走るよ」
よく分からないけど、連れ出してくれるならどういう方法だって構わない。
私とラジアータ兄様、そしてオクトス様は走って村の外に出た。
それほど広くはない村の広場を抜け、わずかな商店と宿屋がある表通りを抜け出した外はうっそうと木が生い茂っていた。
「…っ、こんな…ふうになって…たんですね。む、村の外って…」
抱き上げる、ラジアータ兄さんの肩が私のみぞおちに当たり続けてとにかく痛い。
村の外に出ても、しばらく大人二人は走り続けた。
そうして、どれほど走ったのかは曖昧だけれどうっそうとした森を抜けて湖と小さな広場に出た。
そこには複数人が乗れる、吊り上げ式のゴンドラのようなものとそれはそれは大きなドラゴンがつながれて待機している。
「…ごめん遅くなって。いいかい、グラースはこれに乗ってオクトス王子と一緒に行くんだ。そこで話を聞くといい」
ーーーそして、私は里の外へ飛び出した。