封印された平原〈6歳編〉
18
どうすればいいんだろう。
国全体にかかった呪いを、私一人が解けるとは思わないんだけど。
「出来るかは分かりませんが、協力します。…ただし、二つ条件があります」
前置きした上で、私は少しでも有利に働くように知恵を絞った。
「一つは、私を無傷で母国へ返す事。もう一つは、レプティリア王家と条約を結ぶ事。この二つは譲れません」
身の安全はもちろんだし、万が一敵国と条約を結ばれでもしたら困る。
政治の詳しい話は良く知らないけど、この魔法装置と飛行船だけでもかなりの技術力だし他国にもれたら脅威だろう。
「ーーー分かった。約束しよう。しかし、ミメットから聞いていた話ではまだ六歳だというではないか。実に聡明な娘だな。ご両親の教育のたまものだろう」
いやいや、外見上の歳は六歳だけど日本の人生もプラスすると…歳だからさあ。
両親の教育のおかげ、は否定しないけど。
「…改めて、説明しようか。ここは王城だが、毎年入っている捜索隊の記録によるとひたすら平原を走った先に魔女の森が広がっている。彼女の怒りを鎮めるために同行して欲しいんだ」
「同行して何をするんですか?」
私の言葉に、ミメットは部下に命じて一冊の本を持って来させた。
そしてパラパラとページをめくり、ふと手を止めてこちらを見る。
「魔女は、もう察しが付くとは思うが龍人でね。とても仲間思いだったそうだ。それを、当時の王が捜索の途中かなりの量の龍人を殺害してしまう。…捜索隊が最後に発信したメッセージに書いてあったのだよ」
出来ることなら、もう一度里の仲間に会って伝えたかったことがある…と。
「…今も魔女が生きていると聞こえるんですけど」
信じられない。
何歳なのその魔女って。
「国全体に冷気が、今も覆われ続けているのが何よりの証拠なのだよ。どうして生きているのかなど、こちらも分からないさ。そして、なりふり構っていられない以上仲間を連れて行って聞くしかない」
聞くしかないって…。
追いつめられてるのは分かるけど、それは誰も協力なんてしないよ。
自分がどうなるかも分からないのに。
「捜索隊は、何度派遣しても森に行き着く前に雪に阻まれて途中で引き返してしまっていた。最後に森の中へ到達したのは千年前。そして、ようやく平原を走り抜けられる機材を開発し純粋な龍人である君を見つけた」
本気で命がけじゃないか!と思ったけど、機材の開発だけでも相当な時間がかかってしまったらしくてどうしようもなかったんだって。
「…はあ、分かりました。納得行かないけど、自力じゃ帰る事も出来ないですし…」
そうして、私とミメットとその部下達は一晩休みをとってから出発した。
「木も生えてないんですね…」
視界がきく限り見ても、自分達が乗っている魔石を燃料にした車以外は動く物もない。
「文献によると石の平原が続き、抜けると突然森が広がっているらしいが」
いくら走っても、延々と石と雪の平原平原が広がっている。
人が間違って入り込まないように、普段は魔女の眠る森全体が壁で封印されていたんだって。
正直、代わり映えがしないから眠くなってきた。
けどミメット達は、皆国の将来がかかってるだけあって真剣そのものだもんなあ。
「…朝から走り通しだし、少し休憩しようか。周囲の警戒は怠らないように」
私も、どうしようもないくらい眠かったし助かった。
部下さん達は、手際よく車内で紅茶を入れてくれる。
「ミメットさんはどうして宰相になったんですか?見たところ、皆さん人間でしょう?エルフなら、エルフの国…というか里があってもおかしくないのに」
気になったから、休憩ついでに聞いてみた。
人間以外の種族は、大体里を作って暮らしている。
エルフは数がそこそこ多い種族だから、国があってもおかしくないけどさ。
「私は、エルフの中でも異質でね。いや私の一族がと言うべきかな。まず見た目が違うだろう?普通のエルフは、これほど白くはないし」
確かにエルフはレプティリア王国にも時々いる。
けど、ミメットさんはエルフの中でも異質だ。
髪も肌も、抜けるように白いし瞳も青と赤のオッドアイ。
「私はこの国に来る前は、一家で各地を転々とする生活を送っていた。両親は元々エルフの里で生まれ育ったようだが、見た目のせいで周囲のエルフから迫害を受けてね。子供にまでそんな思いをさせたくないと」
紅茶を飲みながら、話すミメットは昔を思い出しながらうっすらと微笑んでいた。
まるで誰かに聞いて欲しかったみたいに。
「だが、そんな根無し草の生活は長く出来ない。最初に栄養不足がたたって母が死に、次に父親が魔物に襲われて死に…。まだ幼かった私は一人になって、ライエット王国の雪原に迷いこんでしまったところを当時の宰相に拾われてね。今に至るのさ」
「そうだったんですか」
たまたま助かる運命にあって、行きついた先で才能が花開いたんだな。
ご両親は不幸にも亡くなってしまったけれど。
「まあ、私の話はこのくらいにしてそろそろ出発しようか。あまり悠長なことも言っていられないしね」
再び走り出した車で、私は外の景色を見るしかなかった。