おとぎ話のような歴史〈6歳編〉
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「…内容によります。約束はできません」
怒られるだけならともかく、それで捕まったりしたら意味ないもんね。
家族が住むレプティリア王国を裏切る事なんてできない。
「…君も、我が国の事を万年雪に覆われた難攻不落の国だと聞いたことはないか?」
「はいあります。学園の勉強でさらりと流した程度ですけど」
あくまで、さわりだけであって詳しくは知らない。
返事をすると、ミメットは頷いた。
「あれはね。…一人の魔女が引き起こした災害なんだよ。国の者なら誰でも知っている、悲しいおとぎ話さ」
ミメットは私に、一冊の絵本を手渡した。
レプティリア人でも読める、大陸共通の言語で書かれていてとても可愛らしい絵柄だ。
『むかしむかしのライエット。
一人の魔女が、もっとも美しいと言われた王子と恋をしました。
ひごと愛を確かめ合う二人は、時の王に結婚を願い出ます。
しかし、王子さまには相手がいると結婚を拒み魔女を城から追放してしまいました。
悲しんだ王子は、魔女を追いかけました。
そして、王位を捨てて二人で暮らそうと魔女と約束をします。
時の王は激怒し、追っ手をかけて二人を追いつめました。
とうとう、二人は王の放った追っ手に囲まれてしまいます。
戦いの末、兵士の放った魔法を魔女の身代わりに受けて王子は死んでしまいました。
それを間近で見た魔女は、悲しみと憎しみのあまり永劫に解けぬ呪いをかけて国全体を雪で閉ざしました。
それ以来、ライエットは深い雪と氷に閉ざされた地となりました』
「…これは事実にもとづいた話、だと?」
私の質問に、ミメットは静かに頷いた。
「そうだ。今回やってもらいたいのは国全体にかかった呪いを解いて、雪を溶かすこと」
とても壮大な話すぎて、私にはピンとこない。
一人の魔女が、国全体に魔法をかける事自体ありえないんだけど。
「バカな話だと思うだろう?だが、実際に魔女は実在し魔法をかけられた余波で時の王は死んだ。代わりに王の弟が王位を継承したんだ。以来、王家の悲願は魔女の呪いを解いて万年雪の世界から抜け出すこと」
雪と氷に覆われた世界は、不毛の大地でもある。
作物は魔力装置なしでは作れないし、厳寒期は人間も簡単に死んでしまう。
「でも、他国と交流するということは危険も伴いますよね?下手をすると、他国の侵略を受けて滅亡してしまう」
万年雪に阻まれていたからこそ、攻め入れない代わりに他国の侵略を受けずに済んでいるのに。
それを捨てても、他国との交流を望んでいる理由はなんだろう。
「ーーー言ってしまえば、もはや我が国は呪いを解除しなければ自力で存続していくのが難しい状態なんだ。魔力装置なしでは生きていけないが、国内にはもはや私を含めて数人しか魔力を込められない」
まあ、魔力=生命力だから完全に枯渇すると死ぬしねえ。装置に魔力を込めた後も、生きていられるだけの魔力を持つ者がいなくちゃ最終的に死ぬしかない。
「まともに国が機能している間に、何とか穏やかに条約を結んで王家存続の道を模索したい」
そういっている間に、飛行船はライエット王国に到着した。
降り立つと、本当に一面銀世界。
外に生えている草木は、ごく一部の品種しかない。
いくつかの、透明なドーム状の建物の中には春の陽気や夏の陽気などに分かれていて季節が違うんだとミメットは言った。
「ここは王家所有の庭園群なんだ。まあ食べられる植物を栽培している畑でもあるけどね。あっちには街ごとにある庭園群がある」
街の庭園群は、王家所有のものよりも畑の分量が多い。
人々を飢えさせないためだから仕方ないね。
「一度は絶滅しかけた我々だが、なんとか魔法装置のおかげで細々と生きている。どうしても手に入らない塩や香辛料などは危険を承知で、飛行船を使って運んでいるのさ」
そう言って、王家所有の庭園群の中でもひときわ大きなものの中に入る。
中は動植物園みたいに色とりどりだ。
「これはすごいですね…」
一歩ドームを出れば、一面銀世界が広がっているのに。
「こんにちは、宰相さま」
使用人らしき女性が声をかける。と。
私の方を見た途端に、ふるふると震えだす。
「ようやく、龍人さまが…」
使用人の女性は、ポロポロと泣き出してしまった。
それほどまでにこの人は追い詰められてたんだろうか?
「…仕事に戻りなさい。まだ期待するには早いですよ」
それから、使用人やその他の人々に会うたびに声をかけられる。
城はアラビアンな雰囲気で、白塗りの壁はキラキラと陽の光を反射していた。
「元々、この辺りは周囲と同じで温暖な気候でね。城は当時のままさ」
厚いじゅうたんをしきつめて、豪華な雰囲気。
室内は暑くもなく、ちょうどいい温度に保たれている。
しばらくして、目の前に両開きの大きな扉と左右に兵士が二人。
ミメットと私の姿を見て、兵士は武器を下げて礼をした。
「宰相ご来城!ーーーどうぞ、お入りください」
大声をあげて、開けられた扉の先は大きな広間で長い机を囲むように椅子に座った人物がいる。
「おお!見つかったのか。わしは国王のイルタファ・ライエットじゃ。こっちは妻のルゥルゥ、隣にいるのが娘のニスルじゃ」
しっかり挨拶をして、国王一家をさりげなく観察する。
ミメットを見て思ったんだけど、この国の人達はみんなかなり色が白い。
使用人の人たちはそれほどでもないけど、普段室内にいることがほとんどだろうこの人達は病的でもある。
「こんにちは。…怒っていらっしゃると思いますが、どうか私達の話を聞いて頂けませんか」
王妃は申し訳なさそうに私の顔を見た。
まあ、ミメットはここに連れてきただけで手荒な真似は一切していないからなあ。
国全体にかけられた呪いは、私に解けるかどうかは分からない。
一旦切ります。