うっきうき!強化合宿!〈6歳編〉③
16
私はひどい頭痛で目を覚ました。
自分はどこか、洞窟のような場所に一人きりでいるらしい。
広さは四畳ほどで、ご丁寧に逃げられないように頑丈な扉と申し訳程度の格子付きの換気窓。
さるぐつわをかまされ、声を出せないようにしたあげく両手両足に魔力を吸い取る腕輪をつけられた上に縛り上げられている。
「……!んー‼︎」
頭痛が治まってきた頃、左側から誰かの叫び声が聞こえてきた。
これは多分モナの声だ。
出たくても、今自分はぐるぐる巻きの上魔力を吸い取る腕輪のせいで力が出ない。
「ウルセェ‼︎顔に傷作られたくなかったら、大人しくしてろ!」
おそらく、諸悪の根源である男の声がした途端聞こえなくなった。大丈夫だろうか。
ーーーそもそも、何故私達は突然捕まってしまったのか。
私達は、狩りをするために二グループに分かれて獲物を狙っていた。
私・ハトゥール・モナで、平原の東側を歩いていて。
「あれ?シカじゃないか?」
ハトゥールの指差す先に、一頭のシカを見つけた。
けど、かなり距離があって届きそうもない。
「行こうか」
頷き合って、徐々に獲物に迫っていく。
近くに行けば行くほど、シカはかなりの大物かもしれないと思った。
毛並みも良くて、毛皮もキチンとはげばいい金になる。
息を殺して獲物に近づいた、次の瞬間。
カチッ!バチッ!
という音とともに、私達は大きな網の袋に捕らえられたような状態になった。
つまり動けない。
目線だけで下を見ると、足元には紫色に光る魔法陣。
キャンプ地からは少し離れていても、魔法が使われたのだから誰かしら気がつくはずだ。
「な、なんだ…これは!…体がっ」
皆、たかだか十歳と六歳の子供三人は魔力が使えなければ人並みの力しかない。
そもそも、動きも出来ずにいるから声も途切れ途切れにボソッというのが精一杯。
抜け出せないまま、閃光と共に意識を失った末にここにいる。
なんとかして脱出したいけど、縛り上げられて立つことも出来ないから無理だ。
モナとハトゥールの無事を祈りながら、待つこと三十分ほどたった時目の前の扉が開いた。
「…なんだおめえ、目を覚ましてたのか。まあいい…おい!こいつ連れてけ!」
リーダー格の男は、日本でもそう目にしないくらい太っていてよく動けるなと感心しちゃう。
脇から男が二人出てきて、体の動かせない私を台車に乗せて何処かへ運ぶ。
「こいつ、見たことない種族だな。お前知ってるか?」
舐めまわすように見られて、私は男をじっと見た。
痩せていて、肌は黒く人間という種族の中でも北欧系の顔立ちが多いレプティリア王国の人とは違う。
多分、どこからかの移民かその子孫だろう。
「知らねえな。ーーーまあ、あとで本人に喋らせればいいだろ」
『喋らせる』
ということは、いきなり殺されたりはしないってことか…?
とはいっても、私は男達に連れられて洞窟の中を進んでいる真っ最中だ。
死にはしないけど、ろくでもない目に遭うのは間違いないだろうし。
「やれやれ。よっと!…ほらっ!」
洞窟の中は基本一直線で、脇に多分私が入れられたのと同じくらいの大きさの牢屋があるんだと思う。
急な光に目が慣れて、自分の置かれた状況を知った。
何人かの男女が、台車に乗せられている私を見ている。
連れてきたやつと、リーダー格らしき太った男と身なりのよい男女二人に使用人の計六人。
「さるぐつわを外せ」
リーダー格の男が命じると、恐々とさるぐつわを外した。
「名前と種族、それと歳は」
「…グラース・アルファ、六歳。種族は龍人」
龍人と言っても、すぐにはピンとこないらしくてリーダー格の男も首をかしげた。
「龍人か…いいね、買った」
私を『買う』と言ったのは、長い耳のエルフ。
赤と青のオッドアイで、髪は真っ白。
「ーーー捕まった他の仲間はどうなるの」
私がリーダー格の男に聞くと、ニヤリと笑った。
「あいつらは、お前と違って使い道があんだよ。さあ!こちらをどうぞ」
殺されないのなら、まだ希望はあるか。
まずはこの男からどうやって逃げるかを考えないと。
長い耳のエルフは、私を台車に乗せたまま外に運んだ。
「おっと、その前に」
場所を特定されないためなのか、目隠しをされて外に出る。
外気は平原よりも、かなり寒い。
けど、すぐに台車が揺れて寒さがなくなった。
「ふぅ…。いやいや、ここいらはいつ来ても寒い。…さっさと帰ろう」
しばらくして、起こる機械音。
あれ?この世界に、機械なんてないはずなのに。
そんなことを考えていたら、誰かがが私の目隠しを取った。
「すまないな」
長い耳のエルフは、木製の豪華な椅子に座ってこちらを見ている。
「済まなかったね。連れ出す時は、必ず目隠しをする決まりなんだ。…おい、コルザ。縄を解いてやれ」
後ろに控えていた従者に、私を縛り上げていた縄を解かせる。
「…いいんですか」
私の体は、人間の六歳よりもはるかに大きいし力も強い。
だから人間は、必要以上にぐるぐる巻きにされたんだと思う。
「ーーーいいよ。ここに逃げ場はないし。…見てみるといい」
窓にかかったカーテンを開けると、一面銀世界の上かなり高度が高かった。
確かにこれは落ちたら間違いなく死ぬな。
私は勧められるまま、近くの椅子に座った。
「僕の名はミメット・ハリエンジュ。ライエット王国の宰相職を拝命している」
「ライエット…王国」
宰相ってことは、ナンバー2ってことだよね?
なんでそんな人が、あんな場所にいたんだろうか。
「昔からの友人のつてで、希望に沿った人物が売りに出されていると連絡があってね。…君を買った」
良心がとがめたのか、最後は少しだけ声のトーンが低い。
「そうですか」
魔力さえ戻ればいくらでも逃げ出せるのに。
悔しいな。
「…我が国は、特に奴隷の売買を禁止していない。が、国内では純粋な龍人は中々流れてこない。まして、女性は里の外にはほとんど出ないだろう?だからこそ、他国に侵入してでも龍人が必要だった私はこの連絡を心待ちにしていた」
女性の、龍人?
魔法に関する何かだろうか。
ライエット王国…。
政治に関する仕事をしていない限り、他国の情報なんて手には入らない。
周囲を万年雪に囲まれていて、比較的温暖な気候の周囲の国々は雪に阻まれて攻め入れないとか。
くらいの、本当に浅い知識しかない。
学校でもやらないし。
「君に約束しよう。…信じられないだろうが、身の安全の保証と事が済んだら王都に送り返す。だから、話を聞いてくれないか」
ミメットは、私を祈るように見た。