入学試験の行方〈6歳編〉
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「うはあ、終わった…」
試験の時間は一教科一時間。
終わったら、その場で待っていると試験官に合格者だけが通知を手渡される…らしい。
椅子に座ったまま、軽く伸びをした。
しかしまあ、これしんどいわ。ずっと待ってなきゃいけないし。
早く帰って休みたい…。
そう思いながら、今後のことを考えていた時会場の出入り口から何人かの試験官が入ってくる。
会場の端から、順に不合格者の悲鳴と合格者の喜びのため息が起こっていく。
椅子に座りなおして、試験官を待つ。
徐々に近づいてくるざわめきに、耐えられずに目を閉じた。
「ーーーグラース?…グラース・アルファ、おめでとう。明日の二次試験も是非頑張ってくれたまえ」
「あっ…はい」
やった…?やった…んだよね?
合格証を受け取り、不正防止に一滴その場で血を垂らして終わり。
「あら、お疲れ様。どう?合格した?」
会場から出ると、モナさんがちょうど誰かと一緒に出てくるところだった。
「え、ええ。なんとか…」
モナさんから、隣の男の子を紹介される。
バスチァン・フェルナンド、十歳で階級は男爵のお家らしい。
「こんにちは。バスチァンです。一応、彼女とは婚約者の間柄なんだ」
「そうなんですか!お似合いですね。私はグラース・アルファといいます」
人目につくのが嫌だったから、私は年齢を言わなかった。
モナさんは、もしかしたらアルヒア兄さん経由で聞いてるかもだけど。
「そう言えば、明日の実技試験って何をやるかご存知ですか?」
不安になって、モナさんに聞くと魔力量の計測と魔術が打てるかどうかを見るだけで実質今日でほぼ合格なんだとか。
「ーーーむしろ、そこが勝負の分かれ目かしらね。入学の際のクラス分けも兼ねているから、むしろそっちの方が大注目なのよ」
そ、そんな裏事情まで…。
魔力量が高いと、当然クラスのランクも高くなるらしい。もちろん、下がった場合はクラスも下がり色々な面で不便になる。
日本でやったら、大問題なシステムだよね…。
じゃあ、うちみたいな中途半端はあまり上のクラスに行くと色々苦労しそう。
次の日、私はやっぱりチャナさんに付き添われて同じ会場にやってきた。
昨日は大勢の受験者がいたのに、今日は五十人足らずしかいなかったから随分さびしい感じがする。
私がこちらに入ってくると、一斉に視線を受ける。
「グラース・アルファだね?君はここに座ってくれる?」
試験官の指定した席に座って、机の上に置かれた紙をめくると数字が書いてあった。
注意書きを読むと、この紙に書かれた数字の順に実技を受けるらしく私はちょうど真ん中くらいだった。
良かったよ…。
一番最後とかだったら、ただでさえ珍しい種族なのにもっと悪目立ちしてたわ。
「おい、そこのトカゲ」
??
トカゲ?あ、もしかして私のことかな。
金髪に青い目をした、まるでフランス人形のような男の子は試験官のことなど全く気にせず私を指差した。
「なんでしょうか?」
他の人は皆、知らぬふりをして私と金髪少年を盗み見ている。
「お前、どうやって兄上をたらしこんだんだ。俺はお前のせいで兄様に推薦してもらえなかったんだぞ!」
ざわざわ…ざわざわ…。
どうやら、この金髪少年が皆誰か最初から分かっていたらしく推薦人のことで少々騒いでいるみたいだ。
「どなたかは存じませんが、公衆の面前で声を荒げるのは恥ずかしいですよ?そんなに不思議ならお兄様にお聴きになればよろしいじゃありませんか」
まったく、こんなところで騒いだらオクトス様に迷惑がかかるとか考えたことねぇの?
私がきっぱりと言ってやると、少年は顔を真っ赤にして「俺の名は第三王子のハトゥールだ覚えておけ」と言った。
「それだけじゃない!六歳の癖して、試験を受けに来てることも腹が立つ。俺だって散々言っても聞いてもらえなかったのに!」
ハトゥール、お前マジでうっとうしいよ。
なんのために、オクトス様が少しでも穏便に済ませようとしたか分かってねえだろ。
「あなたは、私を責めることが出来る権限をお持ちですか?そもそも恥ずかしいと思いません?周りにいる受験生にも迷惑ですし、何よりこうしてあなたが騒げば騒ぐほど兄上の顔に泥を塗っていることになるんですよ」
いやいや、ワガママ坊ちゃんの相手は疲れるわ…。
「貴様…!王族に対してなんという口の利き方だ…⁉︎」
「だからなに?」
私は立ち上がって、ハトゥールをにらみつけた。
「あなたに払う敬意を持ち合わせてないだけよ。どうして初対面の私に暴言を吐くような人に気を使わなきゃいけないわけ?」
ハトゥールが、一方的にまくし立ててきただけでなにもしていない私は責められるいわれもないしね。
「貴様ぁ…!」
ハトゥールが拳を振り上げたと思ったら、私は床に倒れこんでいた。
本当に殴ったよこいつ…。
机の角で頭を打ったせいか、少しぐらぐらする。
「グラース、大丈夫⁉︎」
耐えきれなくなったのか、モナが私のそばへ駆け寄り助け起こしてくれた。
「ありがとう、モナ」
傷から血がしたたり落ちて、床に落ちる。
「ふん!…行くぞ」
それ以上は何もせずに、ハトゥールは自分の席に戻った。
モナがくれたハンカチで傷を拭き、私は一言「ヒール」と唱えた。
するとたちまち傷口は消えて、残ったのは拭ったハンカチだけ。
今度こそくちびるをかみしめ、私は順番を待った。