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~実技~

「はい、書き直し」

「えぇぇぇぇぇ……どこがですか! ここ、理由だってちゃんと実習のためって」

 校門です。門衛の三木先生は、無茶苦茶です。実技科目の為に外へ出るのに、なぜダメなのでしょうか。そもそも、外出許可書は完璧に書いたはず。

「辞書とにらめっこしてこい」

「じ、辞書と!」

 肩には楽をしようと、山田さんが乗っかっています。最近太ったのか、重いです。

 森を抜ければ、校外へ出ることは可能です、が、それをしたら後が怖いので誰もしません。生徒指導の藤崎先生は、危険人物ですからね。

 まぁ、常にカバンに辞書の一冊や二冊、入っています。最近は電子辞書と呼ばれるツールや、低級、学生向けのアイテムとして魔法陣の彫り込まれたアイテムプレートもありますし。

「ようやく書けたか」

「はい」

 そこかしこの書き間違い。帝国で使われるパソコンや電子辞書なら、絶対にしないようなミスとか、山ほどありました。死にたくなるぐらい、恥ずかしい書き間違い。

「逝ってよし」

 字が違う気がしますが、一時間かけて通れるようになった校門です。急いで通りました。

 校門から出て十五分ほど歩けば、鉄道の駅があります。鉄筋コンクリートのホームに壁の類はなく、吹きさらし。ゴミ袋がふわふわとどこかへ流れてゆきます。

「なんじゃ、この建物」

「ズィーベン鉄道の、新鞍瀬駅ですよ」

 戦後の鉄道網は、最初のうちこそ軍用になっていたそうです。ですが五年も経てばこのとおり……ホームに人はほとんどいません!

 ひび割れたホームと、どこからか響く工場のチャイム。寂れた私鉄の駅舎に存在するのは、それを眺める私と山田さん、帽子をかぶった鉄道職員と、鉄道で運ばれてくる夕刊を待つ新聞配達人のみ。列車に乗るのは、私たちだけのようです。

「お嬢ちゃん、猫を鉄道に載せるには、カゴに入れていなくちゃ」

 ゆったりとした、微妙に王国訛のある言葉で、話しかけられました。身長の問題で、振り返った目の前にネクタイの結び目。見上げると、帽子をかぶった優しそうな男性です。

「ほら、このカゴを使うといいよ。降りた駅の係に渡せばいいから」

 忘れていました。山田さんは猫なのです。小型動物が鉄道に乗るためには、それに見合ったカゴが必要です。料金に関しては、手荷物として扱われるのでほぼ無料ですが……荷物がひとつ増えました。

「ほにゃぁ! にゃなにゃにゅ! ナーゴ!」

 山田さんが猫語で抗議しますが、残念ながら理解不能です。私は駅員さんが持っていてくれるカゴに、山田さんを放り込みました。

「お洋服には似合わないかもしれないけど、猫と一緒に出かけるんならねぇ」

 哀れ山田さん、騒いでも無駄な状況になりました。

「はい……ご迷惑をおかけします。久しぶりに鉄道に乗るので、この子のことをすっかり忘れていました」

「忘れんな!」

 山田さんが叫びましたが、どうやら駅員さんには聞こえないようです。

 ちょうどやってきた、中央街行きの列車に乗ります。切符ですか? 実は、通勤切符を持っているので乗り放題です。中央駅までは、ですが。

「あの、さっき気づいたのですが……山田さんの声は、ほかの人には聞こえていないのですか?」

 ものすごく気になりました。

 飛ぶように流れてゆく町並みと街灯、時折自走四輪が走っています。人力二輪の方が、結構多いです。戦前は自走四輪の方が多かったそうですが、現在は低コストな人力二輪が主流です。ごくまれに、中間地点の自走二輪が居ます。

「当たり前だがね。わしみたいな猫が喋っとったら、怪しまれるが。ほいだで、自分で選んだ相手にしか声が伝わらんくなっとんの」

 覚えておけと言われましても、私の脳みそはそこまで容量がありません。

 五年以上前をほぼ覚えていない脳みそを、そこまで酷使したくありません。よって、必要な時までは忘れておくことにします。

「ところで田中、これなんじゃ?」

「何のことですか? 山田さんが入っているのは、カゴですし……」

「ちゃうて。今、おみゃーさんと一緒に乗っとって、外が動いて見えるこれじゃ」

 電車のことですかね。

「これは、電車という乗り物で、山も川も街も、道があればどこまでも行くことのできる乗り物ですよ」

「でも、馬が引っ張っとるようにも見えんし」

 もしかしなくても、馬車と勘違いしていますかね、山田さん。

「当たり前です。生き物に引っ張ってもらったりしなくても、勝手に車輪が動く仕掛けがあるのです」

 これは覚えていました。山田さんは五百年ほど前の人なので、今の技術を説明するのが難しいこと。昔の技術に例えたほうが早いことなどと一緒に。

 夕暮れの迫る田畑を見つめていると、窓ガラスに白いワンピースの少女が写ります。

「ふぅん……よぅ覚えとったな」

「私の頭脳を、甘く見ないでください。本当に必要なことはちゃんと覚えているのですよ」

「書き取り試験」

「…………」

「なんで黙るん」

 幸いにも同じ車両には、ほかにお客は乗っていませんでした。今までは。

 つい今止まった駅で、双子でしょうか? 似たような服を着た、似たような顔の子が乗り込んできました。そして、聞かれてしまったらしく……ガン見していますね、こっちを。

「どした?」

 気づいてください。

 ものすごく危険な状態です。

 魔女、もしくは、猫に話しかける危ない人として通報される、かもしれない。

 何とも言えない沈黙を乗せたまま、電車は再び速度を上げました。あと三つで、中央駅です。

『なぁ、あん人』

『うん、喋ってた』

 幼い双子(?)にチラチラと見られています。ぼそぼそと相談して、どこへ通報するつもりでしょうか。統治議会ですかね? 黄色い救急車ですかね?

『やめとけって』

『お兄ちゃんがいけばいいのに』

『だから、危ないって』

 兄が止めるのも聞かず、勝気そうな目元の少女が、私の方へとやってきます。

 橙色の髪に、翡翠みたいな瞳の少女は、ゆっくりと近づいてきて、私に話しかけます。

「あの、お姉さんは、魔女ですか?」

 正当帝国語とは程遠い、王国訛の抜けきっていない言葉遣い。かろうじて、はっきりとした響きは帝国語ですね。

「なぜそのようなことを聞くのですか?」

「やめろって! 失敗したら食われちまうに!」

 お兄さんの方は、独特の王国語ですね。

 その容姿を見れば、なぜ中途半端な帝国語を話すのか、わかります。

 この二人は、混血児ですね。

「なぜ、あなたがたのような混血の子が、魔女のことを知っているのですか?」

「そんなこと関係ない。とっとと答えて! そのカゴの中は、使い魔なんでしょ! なんで魔女が、こんなふうに電車に乗ってんのよ!」

「用事があれば、電車にだって乗りますよ。私は、学校の課題の為に移動しているので、そっとしておいてください」

 魔女だとわかると、色々と面倒です。掟でも、魔女は決して、自分から身分を明かしてはならないとあります。なぜかは知りませんが。

 帝国軍の魔女狩りに突き出されるのでしょうか。

「蜜柑! やめないか! ほら、その人だって困ってんだろ」

「でもお兄ちゃん!」

 ですが先生は、己の存在を否定するなと言いました。

「私が魔女かどうかなど、どうでもいいことでしょう。そもそも私は用事があります。別の車両には、帝国軍の方だって乗っているかもしれません。あなたがたは、濡れ衣で連行される人を見たいのですか?

 あなたがたも、用事があるからこそ列車に乗っているのではありませんか? そんな時に、帝国軍の取り調べなど面倒ですよ」

 連結部分の小窓に、帽子をかぶった人影があります。帽子の色から、明らかに車掌さんではありません。

「蜜柑、おそぎゃぁもんがおる」

「わかってる」

 双子の勘は相当のもののようです。私たちが騒ぐのをやめた瞬間、扉が開いて帝国軍人が一人、ふらりと現れました。

「うぃーっす!」

 帝国軍人だと思いましたが、完全無欠の酔っぱらいでした。

「ありぃ? 状況からみてー、二股男がぼこられてるんじゃないのっ! かたっぽとくっついたら、もうかたっぽもらおっかなぁって思もたのにっ!」

 酔っぱらいさんは色鮮やかな制服姿で、ふわふわの赤毛から湯気をたて、ヨロヨロとこちらに近づいてきます。

「わ、私たちはただ、古い友人に出会えたので喜んでいたところですよ」

「お、おぅ! 同じ村の出身のやつでさ、王都の学校へ行ったきりだと思ってたんだ」

「姉さんに会えたことって、ほんと奇跡みたいだよねっ!」

 さっきの険悪なムードはどこへやら、友人の再会シーンにしちゃいます。

「そうなの?」

「そうなのですよ! ねぇ、蜜柑ちゃん!」

「え、うん!」

 今のところ、名前の発覚している蜜柑さんだけ、呼びます。どうにかごまかせるように……

「でもぅ、俺は確かに魔女ってぇ」

「あぁ、魔女ってのは、うちの村の古い伝説だよ。山の祠におらして、村をまもっとるお方。それが魔女」

「そうそう、姉さんは、おっさまの家系だもんで、なんで魔女をほったらかしにしとるんかって」

 おぉ、さすが双子です。見事な連携プレーで、酔っぱらいさんをごまかします。

「ほぅ……王国の魔女かぁ……ってちょっと! 俺が聞いた話だと魔女やそれにまつわるものは、帝都で処刑される……三人まとめて、魔女裁判にかけられるぞ」

 どうやらこの方、単なる酔っぱらいではないようです。

『えぇか、落ち着きゃぁよ』

 私は、至って落ち着いておりますよ。山田さんの存在を忘れるぐらいには。

『あいつに、魔女だ言われて殺されてまうより、叩きのめした方がえぇ。おみゃーさんなら、魔法でなんとかできるがね』

 酒臭いです。現実逃避のお花畑が、脳内で展開されています。

「はぁ? なんでぇ! 魔女言うたら、真っ黒な服着て、変なことしとる女だて、決まっとるがね!」

「そもそも魔女は、純血しかなれないのっ! それをあたかもうちらみたいな混血がなれるような口きいて、大魔女様がどこで聞いていらっしゃるか!」

 大魔女様とはまた、戦争で行方不明になられた有名人ですね。青い瞳で、とても強い魔女だったと聞きます。確か、佐藤ちゃんの憧れの人。

「それとも何? 魔女に印を与える、精霊様に呪って欲しいんか?」

 目の前に魔女(学生)が居るとも知らずに、蜜柑さんたちはヒートアップしています。

 現実逃避のお花畑に、菜の花が咲き乱れます。見事な朧月夜ですねぇ。こういった、美しい景色は大好きです。

「おぉい車掌! ここに、魔女が居るぞ!」

『田中! 戻ってこやぁよ!』

「山田さんの声は、ちゃんと聞こえています。月が……綺麗ですね」

『もしもーし!』

 朧月夜の菜の花畑を、電車で走っています。

 遠くに、旧王宮が見えます。そこから線路は伸びていて、音叉塔へ向かっています。川を渡り、桜並木をぬけて。

 通常の鉄道は、音叉塔の地下へ向かいますが、この列車は違いました。どこでどうポイントを間違えたのか、音叉塔の屋上へ、空へと登っていきます。天の川を泳ぐつもりでしょうか。

「ねぇ! 姉さんもなんとか言ったって! うちら全部、魔女じゃないって!」

「それはどうでしょうねぇ。魔女かどうかの判別方法など、ないのですから」

 急に、列車は高度を下げ、気づけば地下に潜っていました。

 周りは花畑などではなく、無機質なモルタルの壁。見慣れた中央駅のホームです。

 ブラブラさせているあいだに脱げてしまったらしいサンダル。それを探して履きます。

 無骨なカゴと生成りの手提げを持って、コンクリートにタイルを並べただけのシンプルなホームに降りました。

「では蜜柑ちゃん、また今度、会えたらいいですね」

 それだけ言って、手を振ります。

 ベルが鳴り響き、少年に掴みかかっていた酔っぱらいさんが振り返ります。

 酔っぱらいさんが駆け出し、それに気づいたほかの二人も走ります。

 全員がちゃんと、中央駅で降りられました。

「荷物がァァァァ!」

 たったひとり、問題が発生しましたが。

「落ち着いて軍人さん! あっこに駅員さんおるで、声かけよ!」

「俺の……荷物……聖典が……」

「どうかしたのですか?」

 どうやら酔っぱらいの軍人さんが、カバンを車両内に放置してしまったようです。聖典とは、何のことでしょうね。

「どうかされましたか?」

 半袖シャツの駅員さんが気づいて、声をかけてくださいました。

「こん人、何かあったみたいだになんとかしたって」

 お兄さんの方が駅員さんに気づいて、酔っぱらいの軍人さんを引き渡しました。

「あ、魔女の仲間が!」

「魔女って……お客さん飲みすぎですよ」

 制帽からあふれる、癖のある黒髪の駅員さんは、さりげなく私たちと軍人さんの間に滑り込みます。

「ほれ、おみゃーさんも一緒に逃げるよ」

 ひっそりと、少年が私の手をつかみました。逃げる前に駅員さんに、カゴを返さなくては。

「駅員さーん! 動物カゴってどこ持ってったらエェ?」

 別の駅員さんを、蜜柑さんが見つけてくれました。慌てて山田さんをカゴから引っ張り出し、駅員さんにカゴを返します。

「ありがとうございました!」

 少年に手を引かれ、長距離列車のホームにもつながっているあたりの改札を出ます。この辺は通路が入り組んでいるので、マップを持っている駅員さんすら遭難するという噂があります。

「そっちは、迷子になってしまいます!」

「大丈夫! 絶対抜けたるに!」

「お兄ちゃんはね、この辺のマップ全部、頭ん中にあるんよ!」

 徐々に言語が崩れて、帝国語とも王国語ともつかぬ言葉になっています。結構慌てているのですかね。

 しばらく三人とも、しゃべる余裕などありませんでした。迷路のように入り組んだ地下街で、はぐれないように全力ダッシュするので精一杯でしたから。

「なぁ、あいつ、撒けた、か?」

 徐々にスピードを落とし、背後を確認します。帝国兵は愚か、誰もいない地下街が広がっていました。

「やっぱ、お兄ちゃん、は、賢いわぁ」

「あなたがたは何なのですかぁぁぁぁ」

 竜頭蛇尾、もしくは尻すぼみと呼ばれる発音ですね、私の声は。力尽きて、最後がため息になっています。

「幸せが逃げるに、口とじやぁよ」

「ハエが入るぞ」

 男性陣に、ひどいことを言われました。まぁ、ぼんやりと口を開けていた私が馬鹿なのですがね。虫が入ったりしたら、大変なので締めておきます。

「とりあえず、名前ぐらい教えてください。魔女だなんだと面倒事に巻き込んでおきながら、名乗らないとはどういうことですか!」

 立ち止まったタイミングを狙って、怒鳴ってやりました。

「さーせん……ちょっと、興奮しとって」

 まぁ、全員が呼吸困難気味になるまで走ったのです。落ち着くまで猶予をあげましょう。私も死にそうですからね。

「とりあえず……あたしが蜜柑で、そっちが柚って名前! 二人とも、髪の色が似てるからって、お母さんがつけてくれたの」

「そうですか。私は人から、田中と呼ばれています。こっちは黒猫の山田さんです。一応この方、男の人だそうで」

 そこまで話したところで、お兄さん(柚さん?)が走り始めます。

「キタァァァァァ!」

 背後に、帝国軍の軍服が迫ります。柚さん、再び私を引っ張って全力ダッシュ。柱やオブジェにぶつからないようにするのが、精一杯です。握られた右手は使えませんから、手提げも山田さんも左手で抱えています。

「ちょっと……待ちなさい!」

「待てって言われて待つ奴おるかぁ!」

 蜜柑さんの暴言。

「うるさい走れ!」

 それに対して、柚さんの叫び。二人とも元気です。まだ、帝国兵に追われています。でも、さっきの酔っぱらいさんじゃありません。服装や雰囲気から、女性士官と思われます。

 もう、彼女と接触して呪いに必要な体毛や分泌物をゲットしましょうか。そして安全な自室、もしくは教室でおもむろに、地味に痛い呪いをかけてやりましょうか。これだけ走らなければならないのは、彼女が私たちを追いかけているからなのです。その罰として。

「何ニヤニヤ笑っとんじゃ! ちゃっちゃと走りゃァて!」

 山田さんに、怒鳴られました。山田さんが重くて走りにくいのですが、放り出したりはしたくありません。

「わしかて、自力で走れるに降ろしゃぁ!」

「お、降ろしたら迷子になってしまいます!」

「おみゃーさんらを追いかけりゃぁえぇに! ガキじゃあるまいに迷子なぞなるか!」

 怒鳴られ、腕に爪をたてられました。痛くて力が緩み、その瞬間には山田さんは足元にいました。

「ほれ走れ! 走らにゃそん足首に爪たてたる!」

「はいっ!」

「おい山田! 迷ったらほっとくぞ!」

「わかっとる!」

 一瞬だけ、左の肘に荷物が滑り落ちて重くなりましたが、気合で肩へかけ直します。

「べ、別に荷物に乗っていればいいでしょうに!」

「文句言わんと走り!」

 後ろから蜜柑さんに背中を押されます。

 そもそも私たちは、何のために逃げているのでしょうね。

「そっちだ!」

「二番隊は私に続け!」

 帝国軍さん、お仲間たくさん。ボケたところで、誰もツッコミを入れてくれませんね。諦めます。

「そこの三人! 魔女容疑で逮捕します!」

「大人しくしなさい!」

「帝国人を欺けると思うな!」

 赤毛さんから逃げたのが間違いだったようです。あそこできちんとごまかしておけば、こうならずに済んだのですよ。

「山田さん、こっちへ」

 完全に、囲まれてしまったようです。あちこちからウヨウヨと帝国兵が湧いてきます。

『あー! 君たちは! 完全に! 包囲されている!』

「少佐、それ使わなくても良くないですか?」

『一回やってみたかったのだ。君たちのおふくろさんも! 泣いているぞ!』

 女性士官の上司でしょうか、偉そうなおじさんが出てきてメガホンで叫びます。

「俺らの親殺したんは、お前らやろが! 何刑事ゴッコしとんじゃ!」

『いやいやー、草葉の陰で、という意味だよ』

「少佐!」

『良いんだよスカーレット准尉』

 良くないと思います。少佐さんの発言を侮辱、もしくは誹謗中傷と取り、ものすごく怒っている方々(主に柚さん)がいらっしゃいますから。

 さっき山田さんに引っ掻かれた傷が痛くて、現実逃避できません!

「少佐、せめて内輪ではそれ、使わないでください。作戦とかバレちゃいますから」

『あーそうだねぇ……でもねぇ、これ使いたかったんだよ』

わかったから、スイッチを切ってください。ハウリングでピーピーうるさいです。それか、喋らない時ぐらいはトリガーから手を離してくれませんか。周囲の音で、さらなる被害が出ております。

「でもどのみち、この距離で話をしていたら聞こえてしまうよ」

「そうですね! だからここは、あなた方の話をこちらは聞かなかったことにいたします! なのでそちらも、こちらのことは聞かなかった。地下街巡回でも、誰とも出会わなかったとしてくださいますか!」

 呆れて成り行きを見ていれば、蜜柑さんが交渉を開始しました。私も参戦しましょうか。

「私たちはただ、この街に用事があっただけなのです! 早く行かなくては、遅れてしまうのでどうかお見逃しください!」

『見逃してくれって言われてもねぇ』

「ついでにメガホンやめてください! 響いて聞き取りにくいです!」

「そうかい……やっぱり僕に、メガホンは似合わないのか」

 いや、使いどころを考えて欲しいだけです。そのアイテムは明らかに、平地用です。地下迷宮で使っては、響きすぎておかしな声になります。運がよければお互いの音を打ち消し合ったりして、無音になったりも。

 ようやく少佐さんは、メガホンをおろしました。元々ストラップで斜めがけにしていたのか、手を離して腰のあたりにぶら下げています。

「じゃぁ君たちに言うよ! 魔女は、帝国では死罪だ。君たちがそうではないというのなら、そのまま僕らの方へ歩いてきてほしい! 君たちはまだ幼い! 軍が保護しよう! ちゃんとお父さんとお母さんに会えるからね!」

 少佐さん、状況がイマイチ理解できていないようです。蜜柑さんと柚さんのご両親は、どうやら戦争でお亡くなりになられたようです。それを、両親に会えるとか言ってしまっては

「お前らにんなこと言われたくない! 父さんは、お前らに殺されたんだぞ! 母さんと弟も!」

「父さんが死んじゃってうちは、母さんが頑張ってたの! それをお前らがむちゃくちゃにしたんだ! そんな奴らのゆうことなんて!」

 さてどうしたものでしょう。私はいったい、どう動けばいいのでしょうか。

「そうかい! でも、温かい食事や寝床、清潔な洋服もたくさんあるよ!」

 モノで釣るのですか。この状況をなんとかする方法を考えなくてはいけませんね。

 ルート1、誘惑に負けたふりをして、一人で帝国軍の方へ行く。

 ルート2、二人を説得して、三人で帝国軍の方へ行く。

 ルート3、二人と同じように、帝国軍に対して怒りをあらわにする。ただ私の場合、両親の記憶など一切ないので、あまり怒りもありませんが。

「少佐! 黒髪が魔女ではないかと報告がありました。有力な情報として、黒猫と会話をしていたそうです」

 外から少佐さんに、伝令がやってきました。この入り組んだ地下は鉄筋コンクリートで補強されているので、無線の類は使えないそうです。哀れな通信兵は、その脚力と記憶力を利用することになったようですね。

 その報告を聞いた途端に、兵隊さんは緊張した顔になりました。場が凍りつきます。ウノで誰も出せるカードが無いような状態です。みんなドローするしかない。終わらないドロー地獄。休み時間にやって、終わりきらないドロー地獄により、休み時間が消え去ったのは、事件でした。あの時、黄色のスキップを出したのは誰だったのでしょうね。

 とにかくまぁ、私の方を向いたまま兵隊さんは銃を持ち出します。腰に下げたホルスターから出てきたのは、ワルサー。装弾数ぐらいは、私でも知っています。有名な怪盗が使っていた銃として、テレビに出てきましたからね。

「どうすんだよコレ!」

「元はといえば、私が魔女だとおふたりが騒いだことが始まりですよね」

「んなことあとじゃ。とにかく、囲まれとるに何とかせにゃ」

「お兄ちゃんが騒ぎ始めたんだからね!」

 蜜柑さん、柚さんに八つ当たり。仲間(?)に八つ当たりする前に、目の前の兵隊さんを何とかしましょう。

「蜜柑が先に言い始めたんだがね!」

「ふ、二人とも喧嘩はやめてください! とにかく今は、逃げなければ殺されるかもしれません」

 帝国の魔女裁判は残酷です。疑いをかけられただけで、即刻有罪で、酷い方法で処刑されます。

 十歳の頃、処刑されそうになりそのせいで記憶がほとんどない人間が言うのです。サクッと自殺する方がずっと楽ですよ。多分。

「大丈夫さ、金髪の二人は魔女ではないようだから、別に殺さないよ。おじさんと一緒に、暖かい家で暮らそう」

 にこやかに少佐さんが言いますが……目が笑っていないのですよ。むしろぎらついています。怖いです。

「お、お兄ちゃん」

「蜜柑」

 窮地を脱する方法を考えようと辺りを見回すと、一歩動いた少佐さん。ヤバイことに気づいてしまいました。地下は風がないと思っていましたが、よく考えれば地上とつながる地点が何箇所かあります。

 少佐さんは、換気口の真下から少しずれたあたりに立っていらっしゃいます。そこが問題なのです。今から元の位置へ移動しても、もう無駄です。思いっきり遠まわしに、わかりやすく説明すればそう、地肌丸見え。

 サクッと言ってしまいますと

「少佐さんが……」

 まぁ、この先は乙女の恥じらいとしてとてもではありませんが言えません。いい感じに渋いおっさんのアレがそうなるとは、当人にも屈辱でしょうし。

 ふわりと風に煽られたソレは、帽子と一緒に宿主の背後へ消え去ります。職務放棄です。

「…………」

「…………」

「…………」

 私たちも、軍人さんたちも、誰も声を上げません。

 今何か言えば、少佐さんの腰に下げられたワルサーの発砲音を聞くか、反対の腰に下げた長剣の鞘走りが聞こえるか……どちらにせよ、あの世へのカウントダウンが始まります。

 この年で死ぬのは、流石に親不孝とかですし、死にたくないですね。せめて課題のレポートを出すまで、待ってくれませんかね。

「なぁにぃ少佐さん! どえりゃぁことになってまったぎゃぁ!」

 膠着状態の地下道に、バカ猫の声が響きました。ついに死刑執行ですかね。

 ゲラゲラと笑う山田さんは、後でお風呂にでも入れてあげましょう。オシオキです。

 山田さんの声に驚いた軍人さんたち。少佐さん、目を丸くして手を頭に。

「あれ? 僕の帽子どこ行っちゃったのかな? もしかして君たちが魔法で吹き飛ばしちゃったのかな」

 言いながら、腰に手をやります。ワルサーが、ホルスターからひょっこりと顔を出し、銃口がこちらへ向きます。

「少佐! 流石にここで発泡はまずいかと」

「別にいいよ、どうせひとりは魔女なのだから、当局も許してくれるさ。せいぜいキミが始末書を十枚ほど代筆してくれればいいだけの話さ」

 そのあとのことは、ほぼ一瞬で終わりました。

「山田さん、質量操作の呼びかけについて、教科書で調べてください!」

「わしが知っとるに教えたるわ!」

 まず私が、カバンから十五センチほどの木の棒を取り出します。見た目はそのまんま削ったばかりの鉛筆ですが、先端は消しゴムの代わりに魔法石が埋め込まれています。小さくした杖ですね。

 山田さんは私が何をするのかを察し、魔法陣などに書く精霊語の単語を、王国古語で教えてくれました。

 その通りに私が精霊語をつぶやくと、まず杖が大きくなります。紳士のステッキを通り越し、私の身長と同じぐらいに。

「田中さん、やっぱ魔女やったじゃにゃーの! なんで隠しとったん!」

「ひどいですよ!」

「掟で、隠さなければならないのですよ。特に異国の人に対しては」

 杖が大きくなるのとほぼ同時に、少佐さんが引き金を引きます。撃ち出された鉛玉は真っ直ぐに、一番あどけない蜜柑さんを狙います。ですが私は実技演習で、銃弾より速い中村先輩に打撃を与えることができました。

 素早く蜜柑さんの前に立ち、構えます。

 おおきく振りかぶった杖の先端で、魔法石が輝きます。

「木を一時的に金属に変えるんやったら、これやぞ」

 山田さんがまた、私の意図に気づいてくれました。教わったとおりに精霊語をつぶやきます。

 球場でも滅多に聞けないような、クリティカルヒットの打撃音が、銃声に後付されました。

「なんでぇ!」

「ワルサーの銃弾など、遅すぎます。中村先輩の方が、よっぽど早いです。私の動体視力をなめているのですか?」

 それを引き金にあとは大乱闘。柚さんも蜜柑さんも、踊るように相手を蹴り飛ばします。

 私のホームランは少佐さんの斜め上にあった換気口に命中し、その重たいフタを落下させました。背中をかすめられ、長剣を引っ掛けられた少佐さんは驚き、私たちに飛び道具が効かないと理解できたのでしょう。長剣を引き抜いて駆けてきました。

「魔女め! 日の光も見ずに死ねぇ!」

 暴言を履きながら、少佐さんは私に斬りかかってきます。ですが、瞬時に杖を鉄に変換し右手に持ち、剣の横を左から裏拳の容量で殴打します。女の手でも、男を吹っ飛ばすことのできる打撃法です。

 私の予測はほんの少しずれ、打撃は少佐さんの重ねた手と柄に当たりました。剣は私の頬をかすめて髪を少し短くし、天井にぶち当たって背後に居た別の軍人さんにサクッといい感じの音をたてて突き刺さります。

 振り返れば、ちょうど左肩から柄が生えています。哀れですね、軍人さんとは。本当はあの剣、使い物にならないように途中でへし折るつもりでした。でもまぁ相手の戦力を削げたので、アレはあれで結果オーライです。

 少人数のいいところは、相打ちになりにくいところですね。私が呆然としている少佐さんの眉間に杖を叩き込むと、背後から軍人さんらしい図太く、よく通る悲鳴があがります。

「ギブギブギブ! 離せこのクソアマ!」

「コイツ殺すぞ!」

 私が弾いた剣の刺さったヤツは既に倒れて、あたりに血の海を広げています。もったいないですね。その分を献血に回せば、どれだけの人が助かるのでしょうか。

「右だ!」

「そいやっさぁ!」

 山田さんの声に反応して、足を思い切り振り上げて回転します。俗に回し蹴りと呼ばれる技ですね。綺麗に回転できたので真っ白なワンピースが翻り、サンダルが吹き飛んだのでそれの質量を変換したところ、少し離れた位置の兵士顔面に直撃。裸足のかかとは迫ってきていた兵隊さんの鼻をへし折り、流血。足を戻した途端に、血が付いているせいで滑ります。

「はうっ!」

あまり踏ん張ることのできない低めのサンダルで、見事な開脚。タイル張りの床にペタンと座り込みます。ひんやりと、夏物の下着を通してお尻が冷えます。

「姉さん!」

 心配して柚さんが叫びます。ですがその声は、先程から聞こえている悲鳴によって、ほとんど聞こえません。

 見事な腕ひしぎを決められている兵隊さんの足元は、先ほど剣が刺さってしまった方の作った血だまり。足を滑らせてバランスを崩したところで、寝技をくらっているようです。

「おかーちゃーん!」

 悲鳴が徐々に、切実なものになっていきます。

「なんですか、苦痛から逃れるために、死を選ぶのですか」

 開脚をした祭に引っ掛けて転んでしまった数人に杖を叩き込んで昏倒させて、おもむろに立ち上がります。

「ふんぬ! もうちょい締めれるかもっ!」

 現在普通に立っているのは、私と柚さんのみ。蜜柑さんは見事な腕ひしぎを披露してくれています。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

 悲鳴と一緒に、唾液と血液が混ざったものも口から泡みたいになって出てきています。叫びすぎで喉がおかしくなっているのでしょう。

「うるさいです。蜜柑さん、避けてくださいね」

 最後に一発、みぞおちに杖を叩きつけます。私の指示通りに足をよせてくれた蜜柑さんにはかすりもしません。

 最後のひとりもこれで昏倒させました。数人死んでいるかもしれませんが、別にいいです。

「私の邪魔をしたから、こうなるのです」

「それはわかったから田中さん、とりあえず自分の状況を理解してください」

 柚さんの冷え切った言い方にムッとすれば、蜜柑さんもガクガクとうなづいています。

 そのまま見下ろした私は呆然としました。

「それ、キャンディ・フリルの新作ですよね」

「はい。この間、お給金を頂いたので購入したのですが……」

 清楚な白いワンピースの裾は本来、膝を隠す程度。ですが今は、一部が敗れて血だまりにつかり、そこから血を吸い上げて裾が赤く染まっています。 バストの下に寄せたギャザーの少し下まで染まってしまって、復元はほぼ不可能ですね。

「おニューなのに……今日は本当に、ついていませんね」

 ちょっと高めで、でもとっても可愛くて、王国人らしい骨太でストンとした体型の私にもよく似合う、奇跡のような出会いのワンピースが……死にたいです。

 そもそもこのような状態では電車に乗ることはおろか、着替えを調達しようにも店に入れません。

「帰れない……服が……」

 再び、現実逃避の花畑が現れます。真紅の彼岸花が咲き乱れています。

「田中! 戻ってこーい!」

「田中のオネーサン!」

「ってか魔法で直せないの?」

 戦闘中はカバンの中に隠れていた山田さんが出てきて、私の腕に爪を立てます。

 柚さんに揺さぶられながらも、蜜柑さんの声はちゃんと聞こえていました。

「ま、魔法ではもうこれは直せないのです。モノには寿命があり、それが失われたモノを治すには、別のモノの寿命を、命をもらわなくてはいけないのです。

 だからこのワンピースは、もう無理なのです」

 完全に終わりました。

「つーか今のおみゃーさんの動きで、どうやったらそうなるの? むしろわしゃ、そっちの方が気になってしゃぁないわ!」

「俺らも結構気になってんだけど、その猫」

「ただの猫じゃのぅて、山田じゃ!」

 柚さんの言葉に、山田さんが足元から抗議します。

「これ、どうするべきなのかな?」

 地下街の真ん中に出来上がったモノは通報したいのですが、逆に自分の首を絞めることになります。よって放置で。

「とりあえず、安全な場所に移動した方がいいですね。どこか知りませんか?」

「じゃぁ、うちに来りゃえぇ!」

 再び、今度は引きずられることなく移動します。

 三人で移動していく先は、シャッターの閉まったテナント。どうやらここが、彼らのアジトのようです。


予告詐欺です。応募時のものを二つに分けるはずが、三つになりそうな予感です。

申し訳ありませんがもうしばらくお付き合いください。

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