~課題~
「うぅ……これはさすがにむごすぎです」
目を覚ませば午前7時半。寮の食堂へ向かうと、既に長蛇の列が完成しており、くみ置き状態のお味噌汁は、冷めています。
山田さんが床でひしゃげていたりもしましたが、彼は猫なので日々をフリーダムに生きているようです。
「田中! おみゃーさんさっきそらまめ避けたろ! ちゃんと食わにゃいかんて、いつも言ぅとるがね!」
最近、山田さんと国定先生が仲良くしているみたいです。私が起きると山田さんがいなかったりします。
探すと国定先生と朝食を食べています。
「ねぇ山田さん、あなたは、本当に私の使い魔なの?」
「あぁ? 使い魔の契約なら、こないだ本で調べたがね。なんて書いてあったか、覚えとらんのか?」
全く覚えておりません。そして私がそれを覚えていられるのなら、毎回試験に困りません。
「田中、おみゃーさんが最初部屋に入った時、床になんかあったの、覚えとるか?」
記憶の墓場を、思いっきり荒らします。
「ほこり……ですかね」
「こんうつけもんが! 魔法陣書いてあったがね!」
朝っぱらから猫パンチを額に食らいます。ヘアバンドで止めてよせてある前髪が、ぼさぼさと落ちてくるので困ります。
「次に今みたいなこと言ぅたら、おみゃーさんのお下げで爪とぎしたるに、覚悟しとき!」
「それだけはご勘弁を」
「ほれ、魔法陣にゃいくつも精霊語書くがね。そん中のどれかが動いて、使い魔契約の儀式になったがね。えか!
ほんでもってわしゃ、田中の血ぃ飲んだじゃろ。そんで使い魔の契約ができてしもたんじゃ」
確かにあの時、山田さんに噛みつかれて、指先をなめられましたね。
密かに隠したグリンピースさんは、山田さんのツナミックスごはんに潜り込ませます。
「ちゃんと食え!」
ばれてしまいました。
「ほれ、青菜も食え」
「私はモンシロチョウの幼虫ではありません」
「えぇから食え。食わにゃおっきくなれんに」
おせっかいです。
「いいのです。これ以上身長が伸びてしまっては、大女になってしまいますから」
「胸、それでえぇのか?」
むぅ、山田さんは女のプライドをつつくのが好きなようです。
「髪切ったら田中、絶対おみゃーさんは男に見られるに。がたいがえぇから」
「それはそれで、魔女狩りの目を欺くのにちょうどいいではありませんか」
「田中には、女としてのプライドがないのか?」
そこへ、いつも通りの国定先生が現れました。お味噌汁から、ネギを駆除していた箸を止めて見上げます。
うーむ、いろいろ邪魔で顎のあたりが見えません。
「まぁ、田中はガキだからな」
下から見上げると、うらやましいぐらいに邪魔ですね。
「もう十五になりました。法的には子どもですが、一応一人前と認められる年齢のはずです」
最近、本を読んでいて思いついた言い回しで、反撃してみました。
「だがまだ、親の庇護下にないと、何をしでかすかわからない年齢ともいえる」
残念ながら、相手のほうが一枚も二枚も上手です。教師を言い負かすことは、一生できそうにありません。
「そして、味噌汁からネギを抜くな」
こちらもばっちり、見つかっていました。代わりにサラダを少し遠くへ移動させます。
「サラダはどうした」
「あ、後で食べようと思って……」
「田中、食えよ」
一人と一匹から睨まれたのですが、キャベツは嫌いです。レタスも。
「佐藤ちゃん! 先生と山田さんがいじめる」
「……泣いてる暇があるなら、食べたら?」
あの事件以来、ちょっと冷ややかな佐藤ちゃんです。ちょっと悲しかったりします。
「佐藤ちゃーん!」
「田中ちゃん鬱陶しい! 急がないと私が遅れてまう!」
そそくさと自分の朝食を平らげ、どこかへ行ってしまいました。
通常の授業は九時からなので、このあとはほんの少しの自由時間です。一応女子校なので、朝の準備をするための時間だったりします。
野菜ですか? なんとか食べました。キャベツはソースで退治したりして。
食べ終わった食器は、ちゃんと返却口に返して、食堂を出ます。
眺めがよいと思っていた部屋は、エレベーターの無い建築物では最悪な物件ですね。延々と螺旋階段を登らなくてはならないのです。
でも、すぐ隣が薪置き場なのは、ラッキーですが。
「ほらちゃっちゃとせぃ! まわしする時間のうなるに!」
山田さんに急かされつつ、階段を上ります。運動神経は良いハズの私が、山田さんを追いかけています。
猫って、結構素早く動くのですね。この私が、階段で見下ろされるなんて。
「あってはならないことなのです!」
「喚いとらんでとっとと足を動かせ! 叫んどらんと、はよ走らんか!」
今度、先生にわがままを言ってみましょう。寮での移動に箒、もしくは絨毯の使用許可か、エレベーターをくださいって。エスカレーターでも可です。
「あと三十分しかにゃぁがね!」
追いついたと思ったら、部屋着の裾を引っ張られます。まだまだ眠たいのですよ。
「これでも急いでいます! ひ、引っ張らないでください! ほつれちゃう!」
そもそも猫の牙って、ビニールぐらいなら貫通します。そんなので噛み付かれては、服が持ちません。
ようやく最上階に到着して、部屋の扉を開けたのは八時四十五分。
とりあえず山田さんは放置で、ポイポイっと部屋着を脱ぎます。下に履いているゆるいズボンも脱いで、勉強机の椅子を利用して靴下を履きます。
乏しい胸を寄せ上げるべく腰を曲げ、うつむいた状態で下着を身に付け、上の方のボタンのみ意図的に空いているブラウスと、ペチコート、黒いワンピースの順に制服をかぶります。こうすればブラウスの裾が、ワンピース内でゴワゴワしません。
最後に食事中まとめていた髪を解き、しっかりとブローして、低い位置で二つおさげにします。
「なんじゃいそのかっこ。わしが学生の頃、女学生ゆぅたらもうちょい垢抜けとったがね。こう、ゴース下に履いてふくらんどったり、あちこちに紐結んで色足したりして」
「これでいいのです!」
そもそも私は学生で、学生の本分はおしゃれではなく勉強です。
「ボタン」
「そ、それは今から止めるために」
ブラウスのボタンが、空いたままでした。幸いにも中身は見えません。
「貧乳」
「うるさいのです!」
胸などあっても、邪魔なだけです。国定先生のように。
「手提げん中、ちゃんとまわしした?」
「大丈夫、です。昨日、ちゃん、と、準備、しました、から」
最後に扉の脇に放り出されていたブーツを履き、カンバス地のカバンを下げて、部屋を飛び出しました。
隣の建物にある教室まで、部屋から走って五分。現在五十五分。ターボエンジンとスケボーが欲しいです。頑張れば組立ぐらいできるので。それかやっぱり箒です。
「急げー」
私の横を駆け抜けてゆくのは、同じクラスの竹内ちゃんです。陸上部のエース。短距離も長距離も得意な人だったりします。
「って倉本ちゃん!」
その竹内ちゃんのカバンにつかまって、引っ張ってもらっているクラスメイトもいます。
「竹内ちゃーん! 私も引っ張ってくださーい!」
流石に運動ができると言いましても、走りのプロに引っ張ってもらったほうがいいです。
手漕ぎのトロッコは機関車につながれば多少は早く移動できます。
とにかく頑張って走ったので、なんとか遅刻はまぬがれました。
でもって現在二時間目、山田さんは
「……んにゃ……」
机の横にかけたカバンの上で、寝ています。教科書が出せません。
「とりあえず山田さん、起きてください」
「んな……や」
諦めるわけにはいかないのです。そっと両手を山田さんの胴の両脇へ……そのままそっと持ち上げて、机の上へ移動させます。
ただし、机の上は先ほど水性ペンがぶつかり、落書き状態になって水ぶきしたばかりです。
「せいぜい濡れてしまえばいいのです」
授業中爆睡していた山田さんがいけないのです。
「ふにゃぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! にゃににょしゅる!」
多分《何をする》と言いたいのでしょう。
残念ながら私は、目的を達成するまでそれを放置するタイプの人間です。
休み時間ですのでカバンから、次の授業の準備と、図書室で借りた本を引っ張り出します。大好きな大陸物語の最新刊なのです。
本当は旅物語の最新刊も読みたいのですが、ちょうど貸し出し中だったので、妥協しました。
「そうです! 芝生!」
机の上で毛づくろいをしている山田さんをひっつかみ、私は外へと駆け出します。校舎と寮にはさまれた中庭は、いい感じに日当たりがよくて、足元は芝生。
購買でサンドイッチなどをゲットできた日、ここでお昼ご飯にしたりします。
今はいい感じに人がいなくて、読書にはちょうどいいのですよ。
「おい、授業はいいのかよ」
「平気です! どうせ次の授業は、魔法文字学です。魔法陣など書けなくても困りませんので、受けなくても平気です」
授業よりも、読書です。
「田中ちゃーん! 次実技だよ!」
倉本ちゃんが、呼びに来てくれました。かつては佐藤ちゃんが呼びに来てくれていたのですが、今はほかの子が先生に頼まれ、呼びに来るようです。
「えぇ! 実技?」
「うん!」
時間割変更でしょうか? 魔法文字学に実技はないはずです。
「ほんとに? 何の?」
「本当だよ。呪詛学の」
よりによって呪詛学ですか。魔女の本来の役目、自分及び所属する組織、仕える者に仇なす存在を、手を触れずに無害化するための技術。
まぁ、実技全般が得意な私にとっては、朝飯前です。
「ちゃんと魔法陣書いて、使うようにだって」
とんだむちゃぶりです。魔法陣など、面倒です。そもそもそれを書くテストがヤバイので、まぁどうなるかは目に見えています。
とにかく教室へ戻ります。
既に授業は始まっており、国定先生から課題をもらいました。お小言のおまけ付きで。
「では、期限は一週間。その間通常授業はなし。相手が確実に帝国人、できれば軍人であることを確認してから行動すること。いいな」
「はいっ」
みんな、元気に答えます。
「採点基準は呪詛の相手、内容、成否の三点である」
以上、解散です。
ちなみにみなさん、てんでバラバラな場所でアルバイトをしているので、たとえ旧王国領であっても帝国人、しかも軍人には遭遇しやすいです。
私の場合は王国式の酒場なので、お客様の身分はいい感じにバラバラ。よっていい感じに上層部のおじさまを狙えます。
ただ、魔女だとバレたら軍隊がやってきて、お店に迷惑をかけそうで怖いですね。暖かくて、居心地のよい職場ですから、佐藤ちゃんとの関係のように失ってしまいたくありません。
できるだけひっそりと、とてつもなく大きな呪いを、軍人さんに仕掛ける。ただし、店で出会ったことは誰にも言わずに。
作戦はそれでいいのですが……
「田中、おみゃーさんあてはあるんか?」
「山田さんは、帝国軍に知り合いはいませんか?」
「おったら即、学校の位置教えとる」
ですよね。
「わしが封印される前は、帝国なぞ海渡った向こうの大陸にあったで、大陸帝国とか呼ばれとった。そもそも王国から離反した地域だに、下等生物として扱われとったわ」
「詳しいのですね。私など、地理も歴史もさっぱりですから、羨ましいです」
てんでバラバラに皆さん、教室から出ていきます。私も早く外出許可をとり、軍人さんに呪いをかけなければ。
「あんた、次に落第だと追放でしょ。あぁ、使い魔が居るから、優等生になったんだもんね」
横を通り抜けながら、佐藤ちゃんが言います。そのとおり。私の脳みそはおがくずですが、山田さんが居ます。
「せいぜい頑張んなさい」
佐藤ちゃんに応援されました。関係は、少しずつ向上しているようです。
「私も頑張るので、佐藤ちゃんも頑張ってください! 一緒に進級したいのです!」
今は、これだけ伝えられれば上出来でしょう。
とりあえず私は、外出準備をするために寮へ戻ります。
「山田さん、ちゃんと見てください」
実は先日、可愛い服を何着か購入しました。給料日でお給金もありましたし、なにより季節の変わり目、新しい服が欲しくなる時期なのです。
「あぁ、見とるて」
面倒くさそうに、金の瞳が午後の光の中できらめいています。色眼は王国人の特徴で、金は特に珍しくて美しい色とされています。
帝国人の髪色と同じように、血筋や個人の能力とつなげて考えられることもあります。確か帝国では、原色の髪の人は賢くて、人の上に立つべきだとか。
「やっぱり、変装したほうがいいですかね」
「なんでんなことせにゃぁいかんの? その服似合っとるに、それでえぇがね」
今、体の前に服をあてていません。つまりは元から着ている服……白いブラウスと黒いワンピースを重ねた、シンプルな制服です。
「……魔法で、髪や瞳の色を変えることはできましたっけ?」
「……ん? 確か、できるよ」
山田さんは、この世界にあるほぼ全ての魔法を知っているので便利です。
「では、帝国人のような雰囲気にしたいですね」
「やめときゃぁ。田中は黒髪がよぅ似合うに、あんまいじらんほうがえぇ」
「では、栗毛ぐらいなら似合いますかね」
「教えんぞ、くだらん魔法なぞ」
くだらないとか言っていますよこの猫! 私だって、自分にカラフルな服とか、似合わないのは知っています! 女心を理解できない男は、そのうちとんでもないことに巻き込まれますよ。
「きょ、教科書を見ればいいのです」
「残念だが、色彩魔法は上級だで、おみゃーさんの教科書にゃ載ってにゃぁよ」
色彩関係の魔法が載っているはずの光学魔法教科書。見出しにすら色彩のしの字もありません。帝国式色彩学の教科書は、魔法とは関係ないのであてになりませんし。
「どーしたらいいのですかぁぁぁぁ!」
「叫ぶな! 騒ぐな! 落ち着け!」
女子高生に、そんなこと言ったって無駄です。せめて酒場の関係者に見つからないような、ごまかせるような方法をください。
「そもそもなんで色変えたいん? そっから説明せにゃ、何もわからんがね」
「説明できたら、魔法教えてくれますか」
内容にもよるとのことなので、とりあえず現在の状況を説明します。
この間怪我をして、現在酒場の仕事を休んでいること。酒場の人々は、私が魔女学校に通っていることは知らず、私の怪我がもう治っていることも知らないこと。酒場付近の、帝国軍詰所あたりで、顔見知りの軍人の情報を得ようと考えていることなど。
「とにかく、私が中央街に居てはいけないのです。今の私は、女子修道院で寝込んでいることになっているのですから」
「じゃぁ、いつも仕事の時、何着て行っとるの?」
「何をと言われましても……着替えやすいジーンズに、Tシャツなりパーカーなり、簡単な服ですよ」
「じゃぁ、それとは全く違う服着て、髪型も変えやぁえぇ。そうすりゃ、大概気づかんに」
そう……ですね。服装や髪型は、人を構成する重要な要素ですからね。
「騙されたと思って、やってみます……で、どの服が似合うと思いますか?」
振り出しに戻ります。
電撃大賞応募時は次の~実技~と合わせて一章でした。
章が長すぎたので切りましたが、本文は一切変更しておりません。