十三話
それにしても、時が過ぎるのは早いもので、一週間後にディー王子の成人の儀が行われます。
それまでの日々は、巫女にとって生き地獄……おっと失礼。巫女はダンスレッスンやら舞踏会でのマナーやらを学んでいらっしゃいました。
「ようやく……ようやくこの地獄から解放される時がきましたのね」
慣れないダンスやヒールの高い靴に、食事のマナー等々、一度に叩き込まれた巫女は半死半生です。生きる屍です。
「巫女、お前長い事城に住んでるんだからその辺のマナーは大体出来るだろ? 何でそんな浜に打ち上げられたクラゲみたいになってるんだ?」
「ディー様。私のお教えした日本の言葉を例えとして使って下さって、ありがたい限りですわ」
「あ、あぁ」
会話がいまいち成立しない程度には巫女はお疲れのご様子。
自室に招いた巫女がソファでぐったりされている姿に、流石のディー王子も心配されています。
「私、前世ではダンスや食事のマナーなど学ぶ事のない庶民の生活をしていましたもので、どうにもこういった上流階級の所作というものが苦手なのです。食事の作法だけならお城での暮らしで身につきましたが、如何せんパーティでのマナーは存じ上げませんでしたので……」
疲労回復に効果のある薬湯茶を飲みながら巫女は話します。
「ま、まぁ学べる機会に学ばなかったのが悪いな……」
至極正論を唱えるディー王子をジト目で見ながら巫女は小さく頷きます。
「左様でございますわ。今回ばかりは貴族社会縦社会の荒波に揉まれました」
「あ、ああ」
貴族社会はともかく、縦社会って何だ? と、心の中でディー王子が突っ込んでいらっしゃいますが、あえて口には出しません。素晴らしく空気の読める殿方とおなりになったようです。
「それはともかく成人の儀までは休みをもらったんだろう?」
「はい。家庭教師の皆様からはなんとか及第点を頂きました。ですので、一週間は休ませて頂けるそうです」
「良かったな。あいつら鬼だから。明日はマッサージの得意な侍女を連れていくから、凝った場所を揉みほぐしてもらうといい」
そう言いながら、ディー王子は何の前触れもなく巫女の肩を揉み始めます。そして、揉みながら「硬いな」と呟かれております。
世が世ならセクハラだと訴えられても仕方のない所業です。
とはいえ、お相手は高貴な王族。巫女は何も言わずに為されるがままです。
「ディー様」
「何だ?」
肩を揉まれながら巫女が口を開きます。
「権力を盾に合法セクハラとは、でかくなったな、小僧。――と男神様が仰っていますわ」
「ふごぁぁぁぁ!」
巫女の言葉にディー王子は、部屋の隅まで脱兎のごとく逃げ去るのでした。
「ディー様、相変わらず男神様との相性が悪くていらっしゃいますね」
語尾に(笑)が付きそうなノリで巫女が笑っていらっしゃいます。それを見て、ばつが悪そうに王子は頬を掻いているのでした。