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妖ノ繰リ手  作者: しらその さほ
加覧邦(ガランノクニ)編
5/5

妖の繰り手というモノは

物凄くご無沙汰しております。

「………………」

「……………………」

 久遠といざりが無言で居ること暫し。余りにも動きがないので千草が心配になって声をかけようとした所で、いざりが口を開いた。

「……千草様…。あなたは、『妖の繰り手』に、会ったのですか……?」

「否、私ではなく、鶯が……」

「ほんで、鶯様は、何と言っとられたんですか?」

 何かを我慢するような声音で問う久遠に、千草は少々気圧されながらも、ひと月前の記憶をひも解いた。

「あ、あぁ…確か……――」



『千草!』

ここ何度目かになる当てのない外出から戻った少年。少しやつれた頬に喜びを湛えて、鶯は千草の許へと駆けてきた。今年の初めに母を亡くしてからふさぎ込んでいた少年の様子を知っていた千草は、何か慰めになることがあったのかと、少しだけ安堵したのだが。

『どうしたの鶯?』

『千草、聞いて!義母かあさまにお会いできたんだよ!!』

『鶯…言っている事が解っている?母様は、亡くなられたのよ?亡くなった方にお会いできるすべなんて…』

 困惑して問い直す千草の言葉にかぶせるように、鶯は断言した。

『あったんだよ!義母さまにお会いする術が、その技を持つ者が居たんだ!!』

 身振りも交えて鶯は主張する。その者は白装束の音曲師『妖の繰り手』であると。彼女の皴一つない白魚の手が翻り奏でる月琴の音色により、目の前に母が佇み語り合えたと。自身のみならずその場に居た他の者たちも死別した者に再び会えた様子であったと。その逢瀬も数度にわたると。



「白装束の、若い女……」

「数度、か……」

 話を聞きながら、久遠といざりは重い声をこぼす。その様子を訝りながらも、千草はその後を語り続ける。



 ふらりと出かけていた理由を知ったが、しかしそれでも鶯の話は簡単に信じるのは難しいもので。

『本当に、その…会えるの?』

 半信半疑の言葉なのだが、千草の声音には期待が乗せられていた。どうにか平静に過ごす兄や姉たちのように、そうなるように努めてはきていたが。早熟な『姉』千草と未熟な『弟』鶯の生まれ年は変わらない。赤子の鶯を残して両親が亡くなり、彼らの親友だった千草の両親が家に引き取り、分け隔てなく育てられたのだ。鶯もなついていたが、千草にとっても大好きな母だ。会えるのならば会いたい。

『そうだよ!確かめたから、大丈夫だよ。だから今度は一緒に会いに行こう!!…あ、でも義兄にいさまや義姉ねえさまたちには内緒だよ。』

『どうして?きっと兄様たちだってお会いしたいのに…』

『繰り手さまの侍従が、言ってたんだ。死した方に無理を強いるので、一人から二人しか此処へは連れてきてはいけないって。だから、残念だけれど、義兄さまたちをお誘いできないんだ。』

 とても残念そうに、それでも鶯が自分を選んでくれたことも嬉しいと思って、困惑顔ながら内緒で行くことを了承した。



「――だけど、そう言ったその晩に、鶯は倒れた。『繰り手』が居る筈の場所には、荒れ小屋が在ったきり。誰も、その所在を知らない。薬師に診てもらっても、目覚める様子が無い。」

話している内に怒りが立ち戻って来たらしい。千草の声に熱が含まれていく。其れとは対照的に、久遠といざりの表情には熱が無い。

「鶯の倒れた原因が、『繰り手』以外に考えられない。」

「だから、『繰り手』と同じ音曲師を嫌っていらしたわけですか…」

 いざりの女声も陰りを見せて同意する。

「まぁ、ほだろうな。その状況なら、うち等でもそう思う。」

 久遠も同意しつつ、何故か(そう)を用意し始めた。

「ただし、その『繰り手』は『妖の繰り手』じゃない。」

「っ何故、そう言い切れる!」

 声を荒げる千草をいざりがやんわりと止めて、久遠は絃に指を這わせた。

「千草様。鶯様は、どんな曲を好まれてましたかね?」

「え……」

 問いと同じくして筝は駆け足気味の調べを流す。戸惑うような千草の様子を見て、久遠は次に緩やかな小川の流れを表現する。次は春の日差しを、青々と空へ延び行く若い枝葉を、長雨の憂鬱を、蛍を眺める夕涼みの静けさを、黄金に染まる田の様子を、収穫を祝う祭祀(マツリ)の賑わいを、吹き下ろす木枯らしの寒さを、深々と降り積もる雪のもの悲しさを。季節を巡る音色に驚かされ、流されて、千草は鶯の好んでいた音色を示すと、久遠が更に音色で問う。

 鶯の好む曲(それ)は、晴れた空に淡く浮かぶ真昼の月と、ひらりはらりと散る桜の花びらを眺めるものだった。夢の中で良い事があったのか、それとも曲の影響なのか、鶯の表情にはうっすらと微笑みが浮かんでいる。千草はソレを見てほぅ、と安堵の一息を吐いていた。

「――まぁ、こんな感じで。音曲師(うち等)は相手の望む曲を奏ずるまでには聞き取りながら試しながらを繰り返す。今目の前に居るヒトの分だけでもこんだけかかる。ソレは誰だろうとも変わりゃせん。」

 曲を続けながら、久遠は静かに言葉を続ける。

「『妖の繰り手』に至っちゃあ、死者が耳傾けて聞いとくれる曲を、生者からの話で導き出さなかん。祭祀に奏ずる囃子楽とは違う。大人数相手に一気に出来る訳なんぞ、あらぁせんよ。」

「し、かし、鶯は…」

「鶯様は、きっと嘘は言っていないでしょう。」

 いざりが千草の気持ちを肯定する。

「只、『幾度も死者と逢う』というのは『妖の繰り手』が決して行わない…否、行えないのですよ、千草様。」

「どうして…どうしてそう言える?!」

 今までそう信じていたものが揺らいでいる。怒り憎む対象が跡形も無く消えていく不安を否定しようと、千草はいざりを睨みつけるが。相手の答えは変わらない。

「死者が生者の世界へ舞い戻るのは(コトワリ)を歪める行為。ソレを幾度も繰り返してしまったら、死者は穢れて怪者(カイジャ)となってしまう。ソレを音曲師は――『妖音(あやね)の月琴』を御する『妖の繰り手』は尚の事、知っている。」

 怪者は、負の未練を抱え続けた死者――尚これはヒトに限ったものではない――の成れの果て。未練は憎悪へと変わって行き、憎悪は害成す力へと移り、生者の世界に在るモノへとその力を振るう。かつて愛しんだモノが居たとしても変わりなく、只管に破壊の為の力を振るい、鎮める方法は、核とも呼べる物質化した物を破壊する以外にない。

「そんな……そんな、母様が、鬼に堕ちるなんて…」

 物質化した核は、その姿の何処かで鋭く尖る角の形をとっている。それ故に怪者は鬼とも呼ばれる。千草も怪者という存在が在る事は知っている。おとぎ話の悪者…一番身近な場に在る、桜の頃ヒトを林の中へと引き込み喰らうとされる『鬼櫻御前(きおごぜん)』という名を。

 母が、その恐ろしいモノと同じ所へ堕ちている。そんな事を考えてしまい、千草の顔から血の気が引くが。「ソレはありえない」といざりが首を振る。

「依頼に応え続けて死者が鬼に堕ちて依頼人喰らわれるとか、外法(げほう)な上に阿呆すぎるわ。だで、『妖の繰り手』は死者との逢瀬を一遍ぎしと定めとる。ほんで、コレは知り合いの祓師(はらいし)が言っとった事だけども。今の祓師の術だと当の昔に逝った死者を生者の世界に繋ぎ止めるモノは無いんだげな。」

 逆を言えば、過去にはそれだけの外法を扱える者が居た事を認める訳だが。今ソレを確かめる術はない。

「だから、鶯様が逢ったモノは、死者ではない…多分、幻覚(まほろば)と呼ばれる代物だったんでしょうね。」

「ソレが、外法師の仕業か(あやし)精霊(しょうりょう)の気まぐれかは……否、気まぐれは無いか。回数繰り返しとる上に『繰り手』と『侍従』ってのが居る以上は。」

「気まぐれは無いけれど、妖や精霊の手が入ってないとは言い切れないねぇ…。千草様。鶯様を診たのは薬師だけですか?」

「え、あ。あぁ。薬師は眠っているだけで特定の病でもないが、大きな傷も無いと。」

 千草の言葉を聞いて、久遠は再び障子を開け、庭先から復帰してきた萌黄を見る。

「おい、坊ん。」

「な、何だ?」

 つい先ほど蹴飛ばされたばかりの萌黄は、ややびくついて久遠を見下ろしたが、本人はそんなところに頓着せず聞くべきことを問う。

「己の勤めとる『神殿』に、御霊導(みたまみちび)きとか出来る神官(じんかん)は居るかん?」

「御霊導きだと?…お一人いらっしゃるが……来ていただくには時間がかかると思うぞ?」

 さまよえる死者を怪者に堕ちる前に正しき理の道へと導く事のできる者ならば。御霊を視て語り、説き伏せる事が出来るのならば、謂われなく奪われようとする命を繋ぎ止める事も出来る筈だと。鶯の状況はそれ程に危ういものだという事に気付いて、萌黄は顔色を変えるが同時に懸念もあった。


 『神』の託宣(コエ)を聴く事のできる『聴手(ききて)』。

 『神』の御力(キセキ)をその身に降ろして行使する事の出来る『担手(にないて)』。

 『神』の許へさまよえる御霊を導く事の出来る『誘手(いざないて)』。

 『神殿』が保有する彼ら聖神官(しょうじんかん)は、それ程多くない。故に彼らは各地を巡回し、そして彼らへの面会はかなり難しい。


 今、この加覧邦に『誘手』の聖神官が居るのは偶然なのだ。

「ひと月放ったらかしとんじゃ。馬鹿正直に待っとる暇は無い。駄目なら祓師呼ぶが。」

「う…」

 神殿武官の居る家に祓師を呼ぶ。

 『神殿』にとっては、御霊を導くことも出来ない、『教義(おしえ)』にそぐわぬ『異端(イレギュラー)』を潰すくらいにしか使えないという認識の祓師。その祓師によって『神殿』関係者の血縁が助けられる。しかも『誘手』の聖神官が巡回してきている状況で。そんな失態を『神殿』側は赦さないだろう。急いで手を差し伸べるか、ソレが叶わなければ鶯や千草…ひいては三木里家そのものさえ『無かったことにされる』可能性すらある。

 そして『神殿』はそれだけの事を行える力がある。

「ま、待て。急ぎ話を通す。だから祓師は待て。」

 慌てふためき廊下を走り去る萌黄を見送って。久遠は楽器を片付けて、いざりも立ち上がる。

「良し。こんで聖神官が来りゃ、これ以上の消耗は無かろ。さて、うち等も行こまいか。」

 急に動き出した事態に、千草は目を白黒させた。

「ちょ…一寸待ってくれ!一体何が…お前たち何処へ行くんだ?!」

「一寸事態が深刻なので、先ずは一報入れなくてはいけない所へ。」

「邦護へ、か?前に訴えたが聞いては貰えなかったぞ…」

「否、そっちじゃのぅて、組合(つなぎね)の方な。『妖の繰り手』の偽者が出たんは、音曲師(うちら)にとっても到底見過ごせれぇせん事だでな。」

 これまで何一つ進まなかった問題に、あっさりと提示された解決への一歩。音曲師全体に対しては未だ疑念があるものの、久遠といざりについては信用に足ると千草は思い直した。だから、こんな言葉が口をついて出たのも無理なからぬことだろう。

「私も、そなた達に同行しても良いだろうか…否、是非同行させていただきたい。この通りだ、頼む!」

「ちょっ、ま、待っとくれんよ千草様!ほんな土下座とか、やめとくれんかっ!!」

「落ち着いてください千草様!俺らが向かうのは繋音だけじゃないんですよ?鶯様このままにして出歩くのは心配でしょう?」

 上位の者が何のためらいも無く土下座をする様子に久遠が慌てふためき千草の上体を起こそうとし。いざりは正論交えつつも千草の同行を拒否しようとしたのだが。

「確かに鶯の事は心配だ。けれど此処で座していても解決しない事は確かだ。頼む。そなた達が動くというのに、何もせず待つなど、とても出来ない。」

「あ~……どうする、久遠…?」

 動かないままでは何も解決できない。解決への手がかりを目の前にして何もせずに居ろなど、到底納得できない。其の心理は、久遠たちにも覚えがあって、だからいざりは久遠へ問うた。

「……繋音の支店、此処からだと馬で四半刻(三十分)かかるな。うち等、かなり歩きは早いけどもが、ついて来れるかん?」

 馬で四半刻かかる場所なら、距離はなかなかある筈だ。そこへかなりの早足で向かう積りの二人。ついて来られないなら、大人しく待っていた方が良いと、久遠達は問うていたが、千草の決心は固く。

 実際一刻程で到着した繋音の加覧邦支店の店先で。疲れの果てに両膝ががくがくと震えていても、息が切れ切れでも、意思は揺らぐことが無かった。

「さ……さあ、いこう、では、ないか……」

「帰りは寄り馬にするでな。」

 そんな千草に肩を貸しながら、久遠は苦笑して。いざりも微笑みながら戸口の暖簾を持ち上げ、三人一緒に土間へと足を踏み入れた。

色々と説明しつつ、やっと組合に到着。鶯の容態ははっきり言ってマズイです。ひと月放ったらかしだったしね(汗)。本当に、本当に。萌黄は目端利かせて仕事しろ。と言いたい。そして千草は無茶すんな、とも言いたい。

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