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妖ノ繰リ手  作者: しらその さほ
加覧邦(ガランノクニ)編
4/5

音曲とは程遠い、音たち

 日当たりの良い縁側を、久遠といざりは歩く。先を行く萌黄が行く先に待つ相手の事を話す。

 年の離れた従兄の次女が、とある事情で弟共々この屋敷に滞在している。ふさぎ込んでいる様なので二人の音曲で気持ちが少しでも上向けば、と思った。との事なのだが…。

「……何だろうな。嫌な予感しかしねぇんだけど…」

 ぼそりといざりが低い声で久遠にぼやくと、口をややへの字に曲げて、此方もこくりと頷き返す。

 そして二人の予想は的中した。

千草ちぐさどの。お加減は如何かな?」

 萌黄はやはり周りの状況をあまり読まない様子だった。返答の前に障子を開いて一歩踏み込む。

「――っ!急に開けるなあっ!!」

「ぐあっ?!」

 そんな高い声の叫びと共に風切り音が響き、萌黄の顔面に勢いよく絵巻が叩きつけられて。軸が鼻っ柱に当たったらしい、小気味良い音がして、しゃがみ込み押さえた手の隙間からタラリと鼻血が垂れていた。

「………帰って良いかん?」

「久遠。そこはとりあえず大丈夫か聞いてあげないと。」

 とは言うものの、見下ろす先の萌黄の頬は紅潮していて視線は泳いでいる。この様子から察するに、鼻血の原因は絵巻の軸が当たった事ではなさそうだ。いざりも久遠もそう判断した。その結果。

「あたしゃ、べっとこさーだで己が聞きんよ。」

「ええ~……御免、嫌かも。」

 低めの童の声と艶のある女の声が、好意のかけらもない会話を萌黄の後ろで展開したのだった。あまりと言えばあまりな会話に、室内にいる顔の見えない千草あいてが反応を示す。

「誰か、其処に居るのか?」

りますけどもがさ。うち等は出来りゃ帰りたいトコなんですけども…。」

「ところがどうも、あなた方に会わない事には帰れそうもないんだよね。そんな訳だから、そちらへお邪魔してもよろしいかな?」

「あ…ああ。一寸待って…………どうぞ。」

 少し部屋の中でがさがさと片付ける音がして。障子がからりと開かれた。

「失礼します。」

 一言言って室内へ入って来た二人連れに、迎える側の少女は絶句した。

 驚くのも無理はない。彼女の視線の先には、藍色で身体のほとんどが隠れた童と大陸の着物を着た長身の美女が居たのだ。幾らこの屋敷で世話になっている萌黄が突拍子もない事をするとしても、此処まで突飛な人物たちを連れてきたことはないのだから。

 そして、久遠たちも初対面の相手に驚かれるのには慣れている。だからごくごく普通に挨拶と自己紹介をし始めた。

「お初にお目にかかります。あたしは久遠、こっちはいざり。」

「あ…初めまして。私は舎人とねり千草と申す。――こちらは弟のよう。」

 部屋の中央で整えられた布団には、久遠と同じ年であろうか。黒髪の少年がやつれた顔のまま、昏々と眠っていた。

「千草、様と。鶯様、な…。其処の萌黄につい先刻さっき依頼されたばっかなもんで、其方の事情とかはよぉ知らんのだけどもが。うち等はあなた方へ音曲を奏ずる為に参った次第。何ぞやお望みの曲はありましょうかね?」

 あまり使い慣れない『様』という敬称をもごもごと口の中で反芻しながら、久遠は千草へ問いかける。

「音曲…音曲師、なのか?」

 それに対して、千草は久遠へと問い返すのだが、その表情と声は固くなっていく。

「うん?ほですけども、何ぞや…」

 そして久遠の肯定を聞くと、硬い表情はさらに変化をした。あからさまな敵意と憎悪に。


「音曲師なぞに用はない。出ていけ。」


 突きつけられた拒絶を前に、あっけにとられた久遠は先ず黙り込み、何事か言い募るのを諦めていざりへと声をかけた。

「………いざり。頼んだわ。」

「ん。そっちはお前な。」

「ん~…こっちはあんま当てにせんどいた方が良かろがな。ほんでは、失礼いたしました。」

 静かに障子を閉めて久遠は出て行ったが、千草の表情は未だ拒絶の意思を見せる。

「お前も出ていけ。」

「俺が音曲師じゃないのは、見た目でお分かりでしょうに?」

 いざりは艶のある女の声で軽く肩をすくめて見せる。『俺』という一人称に違和感はあるのだが、確かにいざりは芸妓にしか見えないので、千草は渋面になる。

「……音曲師と組む輩など、信用ならん。」

「信用ですか……では一言、述べさせていただけませんか?」

 そう問いかけるいざりの後ろ、障子の向こう側では。

「なぁ、坊んや。ちぃと確認したいんだけどもが…」

「なんだ、久遠?」

 溜息吐きつつ久遠が萌黄に問うていた。

「千草様は音曲師嫌いだげなが、アンタ知っとったかん?」

「――ああ。何やら事情があるようだから、音曲師(お前たち)と直接相対せば何か解決になるのでは、とも思ったんだが…」

「ほぉ、さよかい……。ほんで、音曲師あたしが会いに来るのは、前もって知らせてあったんかいね?」

 問いを続ける久遠の声音から、どんどんと温度が落ちていく。それに気づいているのか居ないのか…気づいていないのだろう、萌黄はあっけらかんと答えてのけた。

「否、お前たちを引き合わせようと思ったのはつい先刻だ。」

 これを聞いて久遠は大きく溜息を吐いて、同じだけ空気を吸い込んで。


「こ…っン、の。くそだわけがぁああっ!!」


 萌黄を縁側から庭へと蹴り飛ばした。叫びの余波で障子がびりびりと震えるが、誰もそこへ気を持っていく者はない。否、室内の千草は余りの声量に大きく背をしならせていたが、そこは言い放った久遠が気づかぬ点だ。

「なっ…何をする、久遠!!」

 派手に玉砂利の上に転がった萌黄が、流石に声を荒げて縁側を見上げるが。それ以上の音量を以て久遠からの怒声が萌黄へと振り下ろされた。

「何をも無いわアホンダラが!何もかんも己の思った通りに運ぶと思っとったら大間違いじゃ!!相手方の都合ぐらい考えぇや!事情も知らんと大嫌い要素ぶっつけて好転するわきゃ無かろがよ!!」

「え、否しかし…」

 仁王立ちで此方を見下ろす久遠の表情は頭巾の薄絹に遮られて全く見えないが、小柄な全身から溢れる気配は怒りしかない。そして、吐き出された言葉は一々正論だった。

「しかしも案山子も有らぁすか!そもそも己はヒトの話まともに聞いとらんだろが!都合良いように捻じ曲げよってからに!!自分の思った事がいつも(・ ・ ・)正しい(・ ・ ・)なん、ヒトである以上絶対に在り得らんわ!!」

「………つまり。私は、千草殿をおもんばかって居ない。と、言いたいのか…」

「それ以外の何があんじゃい。分かったら反省しぃ。ほんでこの依頼はご破算じゃ。」

 今まで気づいていなかったらしい。久遠の言葉を飲み込んで、萌黄は驚愕の表情で固まった。

「認めたなかろが契約違えた言われようが、ご破算なんは変えやんでな。ヒトの道理に合わん事仕出かしおった己が悪いんだで、諦めりん。」

 続けてぶつけられた言葉に、認識はしたが納得できていない萌黄の表情が不満げに歪められるが、久遠の意思は変わらなかった。

「――おぅ、いざり。そっち終わったかん?」

 そんな萌黄は放っておいて、久遠は障子の骨をこつこつと叩く。

「んぁ。一寸待って。お前の叫びに全部持ってかれて話どころじゃなかったから。」

「あぁ…ほりゃすまなんだ。ほんで聞いた通り、先刻の依頼は断るでな。千草様も、お騒がせして申し訳ない。」

 先ほどまでの怒声は何処へやら。すっかり落ち着いた声音で久遠は障子越しに千草へと詫びる。

「え、あ……」

 音曲師に対する嫌悪は未だに残ってはいるものの、久遠本人に対して其処まで嫌いきれなくなっており、千草は口ごもる。先ほどの久遠の叫びは、千草も抱えていた言い分だったので、少し胸が空く思いをしたのだ。この屋敷で世話になる以上強く言い切る事の出来なかったソレを、代わりに言ってくれたのだから。そんな千草の様子を見やって、いざりは告げる。

「――まぁ、あなたが見知った、音曲師を名乗る輩がどんな奴だったのかは知りませんが。少なくとも俺の相棒はあんな調子ですから。久遠アイツを信用ならないと言われるのは、少々心外です。」

「…………すまなかった。お前たちの事を何も知らぬのに、信用ならぬと決めつけてしまった。……今一度、入って来て貰えぬか?」

 音曲師を嫌う何かしらの理由があったからこそあの態度だったのだろうが。千草は元来素直な性質らしい、心底すまなそうな表情で、いざりと、障子の向こうを見る。

「だとさ、久遠。」

 いざりが縁側へ水を向けると、障子が静かに開かれて、藍染で全身覆った童が入って来た。その所作からは、先ほどまで萌黄に怒声を張り上げていた余韻は全く感じられない。

「――良ろしかったんで?音曲師嫌っといでんでしょうに…」

 促されて畳に座した二人は、気遣う様子で千草を見やると。少々ばつの悪い表情で彼女は応えた。

「否、本当にすまない事を言った。久遠自身には何の落ち度もない筈なのに、八つ当たりをしてしまったのだ。」

「あぁ、否。ほんな、気にせらんどいて下さい。頭上げて。何か、落ち着かんで。」

「俺たちは、先刻の言葉だけで十分ですから。どうぞ、もう顔を上げてください。」

 この通り。と頭を深く下げる千草に、二人は慌てて姿勢を戻すよう促した。身分の高い者からの高圧的な態度や罵声などには慣れているのだが、謝られるというのは落ち着かなかったのだ。

「――話は戻りますが……お答え難い事であれば結構ですけれど。あれほど嫌う音曲師は、あなた方に何をしたのでしょうか?」

 話題の転換と共に、根本の解決を望むいざりがそう問いかける。あれほどの騒ぎがあったにも拘らず、鶯は一向に目を覚ます気配がない。其処に関係があるのだろうと推測しながらの問いだった。

「そう、だな……話すべきなのだろう。むしろ久遠たちに話すことで、何かしらの解決につながるのかもしれない。」

 鶯の顔を眺めながらそう呟いて、千草は続けた。


「私が嫌う音曲師は、只一人。『妖の繰り手』と呼ばれる音曲師だ。」


 二人の身体が、ぎしりと音を立てそうな様子で、固まった。

これでようよう、このガイド編の本筋に突入です。前振り長過ぎだよ、私…。

しかし萌黄よ。十歳児に蹴っ飛ばされるまで自身の所業に気付かなかったって、二十歳で身分高くて聖職者として如何なの…。今まで誰も指摘…しなかったんだろうな。だからこそ今のKY三男坊なわけで……。自分で書いといて何だけど、本当に如何なのそれは……。

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