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妖ノ繰リ手  作者: しらその さほ
加覧邦(ガランノクニ)編
2/5

藍染衣の音曲師

 四方を海に囲まれた、細長い島国である東國あずまのくに。其の地を刻む四十余あるクニの一つ、加覧邦ガランノクニの中心地にある宿場町。人が行き交い賑わう往来の、立ち並ぶ露店の一区画で、怒号が上がる。

「うるせえ!」

「余所者が口挟むんじゃねえよ!!」

 いかにも破落戸ゴロツキですと言わんばかりの男たちが、露店の店主…ではなく、言いがかりをつける彼らを遮るように声を上げた相手に食って掛かっていた。しかし彼はひるまない。

「お前たちのそれは、明らかに不正だ!」

 既に土地の持ち主へ払う場所代は納めてあるにも拘らず、男たちは店主に更なる金銭を要求してきたのだ。曰く、「お前の所為でこちらの商売が邪魔されてる。迷惑料を納めろ。」と。野次馬の多くは男たちの無体狼藉振りを知っているので、関わり合いを避けるべく遠巻きにしていた。其処へ、身なりの良い青年が声を上げたのだ。

「そもそもお前たちは何を商っているのだ。こちらの店と同様に小間物でも扱っているのか?」

 彼の問いは至極正論なのだが、男たちに其の言い分は通じない。只管に「五月蠅い」「余所者は黙れ」「銭を払え」等と騒ぎ立てる。挙句に店を壊そうとするものだから、騒ぎは大きくなるばかり。

 そんな中へ、軽快な調子で弾かれる絃の響きと転がるような鼓の音と。笑い話を話すような唄い声が流れ込んできた。


“商うもんなら 皆知る事ぞ 濡れ手に粟なんぞ ありゃせんと

 商うもんなら 皆知る事ぞ 地道と実直 これ至上

 ほんでもあぶくを 求める奴は アホンダラだと 嗤われる

 上前撥ねんと 暴れる奴は 馬鹿だチョンだと 蔑み喰らう

 さぁてはてさて アンタはどちら 商うもんなら 証て見せよ

 さぁてはてさて アンタはどちら 愚かもんなら 疾く逃げよ”


 騒ぎの中心へと歩み寄る二人連れに、野次馬から始まり当事者たちまでの視線が集中する。一人は、黒髪黒瞳の、背は高いが美しい女。その美貌もさることながら、艶やかな衣装も目を引いた。この東國ではなかなかお目にかからない、海を隔てた大陸の衣装だ。彼女は細い撥で鼓を打ちながら、絃の調べを紅を刷いた唇より声に出す。ヒトの身で絃の音を歌うとは、なんという芸当かと、見た者は驚いた。

 もう一人は、音曲師おんぎょくし。一目で楽器と分かる背に負った荷の膨らみから、この音曲師は絃を扱う曲が得意なのだと推測できる。只、此方も衣装に目を奪われる。藍染の旅装そのものは別段珍しくもない。だが毛先まで包んで覆い隠す細帯や、目元まで被る薄絹が付いた頭巾に始まり、手甲、脚絆に至るまですべて藍染というのは、まず見ない。露出しているのは鼻から下と、着物や半切袴の隙間から覗く部分のみ。女に比べて背の低い音曲師は、五弦の琵琶を爪弾きながら、こどもにしてはやや低い声音で楽しげに唄う。身の丈の半分以上ある琵琶を抱えて、歩きながらの演奏に加えて即興と思われる唄いを行う。コレもまた並みの技量ではない。

 異様と言えば確かに異様なのだが、しかしそこはソレ。留まる地を持たず旅して廻る音曲師は、得てして目立つ。音曲のみを奏する者もいるが、大抵はそれだけではない。謡い語る者もいれば曲芸を織り交ぜる者もいる。そして芸妓や芸人と行動を共にする者もいるのだ。芸妓と音曲師。この二人はきっとそういう間柄なのだろうと、誰もが思った。

 しかしてやはり、唄いの内容は男たちにとって聞き流せない代物だったので、必然的に彼らの苛立ちと怒号は二人へと向けられた。野次馬たちは好奇心から事の成り行きを見守る為に、歪に輪が広がる。男たちの興味が自分から逸れた露店の店主は少しだけ息を吐き、罪悪感が僅かに覗く気の毒そうな目で二人を見るのだが、当の二人はそれらの視線を物ともしない。

「俺らがなんだと、小僧?!」

「ふざけた事唄いやがって!」

 そんな言葉も、口を閉じた女を見て変わる。驚きから値踏みする目線へ、そして好色なモノへと。

「おい小僧。今回だけは見逃してやる。その代り、その女に酌させろ。」

 高圧的に音曲師へと言い放つと、あっさりとした返事が返ってきた。

「別に構わんけどもがさ。うち等二人で商売しとんだで、アンタらが連れてくと商売道具無くなるやんな。ほぅなると、アンタらの商売道具貰わな割に合わぁせんよな。」

 交渉するのが当然とばかりの童の言葉だったが、そんな常識が通用するなら、現状には至らない。居丈高なだみ声が返答した。

「何言ってやがる。見逃してやるだけありがたいと思え!」

「ふぅん…。ほんなら、見逃さんで良ぇわ。この宿場からこっちずっと唄い続けたるでな。邪魔すんなら好きにせぇ。」

 くるりと騒ぎの中心から背を向けて女を促す音曲師に、男たちは待ったをかけた。

「くっ…待て、この餓鬼っ!!」

 下卑た望みを、暴力で解決しようとしたのだ。ソレに気付いた青年が、慌てて男たちの行く先に立ちふさがろうとする。

「おい、こんな童に何をする気だ?!」

「うるせえ!邪魔すんなっ!」

「手前ぇから先に…っ?!」

 青年の胸ぐらを掴もうとした男の顔が、唖然として青年よりも更に後方を見ている。同時に青年の肩に、軽いが確かに地面へ向けられた衝撃が走る。彼も衝撃の元を探して頭上へと視線を上げて、絶句した。くるりと宙で一回転する、藍染の塊に。

 そして勢いよく振り下ろされた踵は、同じように上を見上げていた男を地面へと叩きつけた。

「な…っ?!」

 顔面から地面に落ちた男は、気絶したらしく起き上がらない。

「まぁ確かに、邪魔すんなら好きにせぇ、たぁ言ったけどもがさ。あたしが大人しく好きにさせたる、っつった覚えはどっこにも無いでな。」

 呆れた調子で言いながら、トン、トン、と自らの肩を叩く童の手に余る大振りな舞扇は、どれだけ見直しても重量感たっぷりの金属製。目の前の童は、只音曲を奏で唄い語るだけではない。恐ろしく荒事に慣れている…しかも回避するのではなく叩き潰す方向で慣れている。其の事を、男たちは実地体験で。青年や野次馬たちは事の次第を見せつけられて、理解した。

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