強敵 3
「あんた名前は」
「桐原大介だ」
といいながら大介は内心ユキチの言葉使いの悪さに頭に来ていた。澄んだ綺麗な瞳をしているのに宝の持ち腐れだ、と思った。
そして、
「大介、あなた本が好きなの」
「悪いが福沢諭吉は趣味じゃない」
「ちっとも悪くはないわよ。あたいだって『学問のすゝめ』ぐらいしか知らないんだ」
「はは、天は人の上に人を造らずってやつだろ。俺もそれしか知らない」
「それもアメリカの独立宣言の翻訳だっていうじゃない。本当に偉かったのかしら」
「お前知らないのか。はじめて私立の慶応義塾を作った人だぞ」
「それぐらい知ってるわよ。ニックネームで呼ばれているんだから。ところでその文庫本なにを読んでいるの?」
「ああ、松本清張の『点と線』だ」
「面白い?」
「俺は推理小説はあまり好きじゃない。だけどこれは別だ」
「そんなにいいの」
「そうだな、この小説は見た目はガラスのように美しいが、そこにモロさがあるんだ」
「いい推理小説だけど、弱点もあるんだ」
「へぇー、わかるんだ。当時の松本清張はきっとあらゆる時刻表を調べてこの小説を書き上げたと思う。だから数分間の隙をついて目撃者を作ったり、刑事はあらゆる角度から捜査し、それに犯人は考えうる最高のアリバイ工作する。そんな刑事と犯人の人間模様が秀逸に書かれた小説だといえる。だけど、設定があまりにも昔だから、このストーリーは現代人には少し違和感があるんだ」
「あなた文芸評論家にでもなるつもり」
「まさか、でもいつか小説は書きたいと思ってる」
「へぇーそうなんだ。生まれて初めてだな、小説を書きたいなんて人に会うの。わたしは御免だわ。だって考えてもなにも思いつかないし、苦労するだけだもん」
「それがいいのさ。人のできないことをするのって大変だけどやり甲斐がある」
「そんなものかしら、あたいは歌をうたって爆発するのが好き。だって気持ちいいもん。文章を書くなんてストレスが溜まるだけじゃない」
「その気持ちはよくわかるよ。俺も中学時代はずっとエレキギターを弾いていたからな」
「へぇーあなたも音楽をやるんだ。ちょうどいい、この学校の校長のこと知ってる?」
「俺は校長なんて興味ないぜ」
「それが昔ロックにハマってたんだって。それで毎年の5月に新入生を対象にしたロックフェスティバルがこの学校で開かれるの。それにわたしたちのグループと一緒に出てみない」




