挑戦 4
「次は『杜子春』の番だな」
「はい、この短編にも驚かされました。この作品の中で都は洛陽となっているので、唐の時代といっても後唐(923~936)を舞台に書かれたんですね。いまから1000年以上も昔の設定なのに、古さを感じさせないのはさすが芥川ですね」
「ちゃんと調べたんだな」
「はい、すぐにわかることです」
「そうか、じゃあ俺が『杜子春』を選んだ理由も考えたのか」
「はい、この『杜子春』はよく考察されているのに、文章は平易で内容も理解しやすい。さらに中国の文献らしく大きな起承転結で構成され、物語も奥が深いものになっています」
「そうだ、この『杜子春』は小学生が読んでもちゃんと内容を把握することが可能だし、大人が読んでも知識や経験しだいで、さまざまな表情を見せてくれる小説なんだ。桐原も相当刺激されたろ」
「はい、特に芥川の文章は無駄がなくて美しいですね。使われている語句もよく吟味されていて隙がなく、心憎い限りです」
「その感想は芥川の特徴をうまくいい表しているな。彼は日本の文献はもちろん、外国の文献まで精通していたから、独自の世界を生み出すことに成功したんだ」
「先生、母から聞いて話なんですが、太宰治と芥川龍之介は精神病を病んでいたというのは本当ですか」
「それはなんともいえないな。確かに芥川は長い間病気と闘っていて、それが原因かどうかはわからないが自殺したのは事実だ。神経衰弱とか今でいう統合出張症(精神分裂病)とか、腸カタルとかいわれて世間に広まったが、実際のところは俺にはわからない。太宰も何回も自殺未遂を繰り返したが、その原因が精神病だったか、どうかは聞いたことがない。ただ二人とも自殺したという点で一致している。そこからさまざまな憶測が流れたのは仕方がないことだ。才能があるものにとって挫折とか病というものは、きっと生きる希望まで失ってしまうことなのだろう。とても悲しいことだ」
「でも先生、二人とも東京帝国大学(現東京大学)出身ですよね。英文科と仏文科の違いはありますが、外国語の才能にたけているという点は文章表現に生きるものなのですか」
「ああ、芥川は英文科を卒業したが、太宰は仏文科をあっさりと中退してしまった。確かに語学には文法やアクセント、さらに民族性など言葉ならではの表現の違いがある。だがな桐原、小説家を目指すなら外国語の勉強はしておいたほうがいい。なぜなら、日本語をいろんな角度から問い直すことは、作家を志す者にとって大変意義のあることだからだ」




