挑戦 2
「桐原、さっそく感想文を見せてくれないか」
「あ、はい、このノートに書いてあります」
「どれどれ、最初は『きりぎりす』からか、よし」
山口は大介の感想文を数行読んだだけで文章に対する潜在能力の高さがわかった。小説はほとんど読んだことがないといっていたから、きっと音楽の作詞から身についた能力なのだろう。やはりなにかを創造するということは、的確な言葉選びに加えて、行間の意味合いを漂わすのがうまい。これは教えられて身につくものではない。生まれのつきの桐原のセンスである。山口に予感めいたものが閃いた。桐原はひょっとしたら化けるかもしれない、と。
そして桐原が男性が女性の視点に立って文章を書くことの難しさを指摘していることもさすがだ、と感心した。
これは文章を読むだけではなかなか気づかない盲点である。実際に書き手になってみないと、これがいかに大変なことかわからない。山口は大介がそれなりの経験を十分にしていることがよくわかった。
だが、中学校の学力では桐原の成績は決してよくない。でも、文章の表し方に個性があり、思考にも吟味が感じられ決して馬鹿ではない。勉強の仕方さえ間違わなければ、どの教科もすぐ成績は上がるだろう。それが俺に課された仕事である、と山口は確信した。
感想文の後半の部分を読んで山口の眼が光った。それは「太宰自身もそういう才能に恵まれている可能性がある」というものだ。山口は大介に「太宰がこの画家と同じ才能があると書かれているがその根拠はあるのか」と聞いてみた。
それを受けて大介は「はい、それは画家が漂わす雰囲気なんです。画家が普段平々凡々としているのは当たり前なんです。だけどひとたび筆を握ったら神力のごとく才能を発揮する。太宰もそういうタイプの作家ではないのか、と。『走れメロス』しかり、『きりぎりす』しかり、『人間失格』しかり。太宰はこれらの作品を書き上げたときもきっとあまり苦労をしていないんじゃないか、と僕には感じるんです」
「なるほど、確かに太宰は小説を書くときはまったく別人のようになるという意見には俺も賛成だな。小説を書くために日夜努力するタイプというより、私生活のほうが騒がしかったからな。桐原が指摘した、人間描写で凡人にはまねのできない切れ味があるというのはそういう意味だったのか。太宰は男性の立場と女性の立場まで考慮に入れていたということか」
「はい、その通りです」




