確信 1
大介は自宅に帰るとそのまま自分の部屋に入り、すぐに勉強机に向かった。そしてはやる気持ちを抑えて、まず太宰治の『きりぎりす』を手に取りページを捲った。
そして4~5ページ読むと、この小説は女性の独白形式の物語ということに気づく。
太宰は女性のことをよく知っているんだな、と大介は思った。
そうでなければこのような小説を書くはずがない。なぜなら、大介は以前にバラードを作曲し、それに恋の終わりを予感する女性の心境を綴った歌詞を書こうとした。ところが、このときとんでもない壁にぶち当たった。
それはまず、女性が男性を好きになる瞬間が理解できなかった。
つまり視点をどこにおいて男性のどの部分に魅力を感じるのか、がわからない。
はじまり方がわからないから、どうしたって終わり方も見えてこない。
彼のどこに惹かれ、なにを愛し、どうして終わりを迎えるのか。
これがわからないと聴き手にメッセージが伝わらない。
ただ単に「嫌われちゃった」ではだれも納得しないし、物事には動機や原因があり、それに対して憤りを感じたり、不満を募らせたりして終わりが来るのである。
大介にはそんな微妙な男と女の関係がわからないのだ。だから女性の心理をどう表現したらいいのか、と途方に暮れるのだ。
また、女性は「面白い人が好き」とよくいうが、どのような男性を意味するかは漠然としている。
一緒にいて楽しければそれだけでいいのだろうか。それともワクワクさせてくれなければだめなのか。
さらに「やさしい人が好き」というのも難しい問いだ。
いったい男性のどこからやさしさを感じるのか。ハートなのか、会話なのか、ニュアンスなのか、はたまた人間性なのか。男からすればみんな女性にやさしいはずであるが、その中からどうやって「この人はやさしい」とチョイスするかがまったく見当もつかない。
だから男性が女性の気持ちを表現することは難しいのである。
太宰はこのやり方を得意としていたというから、その才能は並みじゃない。
『人間失格』の破天荒さとは違った表現方法に大介は驚きを隠せなかった。
でもいつの日か女性の素直な気持ちが表現できたら、きっと一流だろうな、という願望が大介には生まれていた。




