出会い 1
「確かに芥川龍之介にしろ、森鷗外にしろ、太宰治にしろ、みんな一流の作家だ。
桐原がこれらの作家に目がゆくのはわかる。だが、小説には内容によって読むべき時期も大切なことなんだ。
この3つの作品は中学生が読むには少し早い。
特に桐原みたいな小説に馴染みがないものにとってはすこし厄介だ。
もっとわかりやすい内容のものを選んでいたら、桐原も小説嫌いにならずに済んだはずだ。
まず俺の考えをいうと『羅生門』は人間の深層心理をついた巧緻な作品で、生きるためなら他人を陥れてもいいか、が鍵だ。桐原なりにどんな感想をもったんだ」
「どうもこうもないですよ。ある日突然主人から首をいいわたされた下人が、羅生門で雨宿りをしながら今日をどう生きたらいいか、と悩みぬいていた。だけど下人ははじめ盗みを積極的に肯定するだけの勇気がなかった。
その勇気を掻き立てたのが老婆の存在です。下人が羅生門の楼の上に行けば寝ることができるかもしれないと思いつき登ってみた。
すると白髪頭の老婆が女性の死体から髪の毛を一本一本抜いている。下人は最初老婆の行為からあらゆる悪を憎む心持だったが、『この髪を抜いてかつらにしようと思うたのじゃ』という言葉に勇気が生まれ、『己もそうしなければ、餓死する体なのだ』といって老婆の衣服を剥ぎ取り、その場を立ち去る。
結局自分さえよければという利己主義的な考え方だ」
「しかし、羅生門の舞台の京都は当時、地震とか辻風とか火事とか飢饉に見舞われていて、生きることに真正面から取り組まないと死が待っているという厳しい状況だったんだ」
「それはわかりますけど、なにをしてもいいとはいえないと思います。あのあと老婆は裸でどうするのでしょう」
「だけどなあ、真っ暗闇の中にいたらそんな余裕はないものだ。もし一筋の光明と勇気をもったなら人間は咄嗟に信じられない行動をしてしまうものなんだ」
「そんなものでしょうか」




