聖夜-I デート
天然(根暗)少女と隠れ世話好き少年の、クリスマス・デート編です。
唇と唇が触れた。
( ――あれ? )
瞬間。
嘘、だと思った。あるいは妄想……したこともあるし。でも、この時はいつまで経っても春日真〔かすが しん〕残像は消えなくて、「志野?」と少し怪訝に覗きこんでくるし、合わさるだけの口づけをまたされるし。
「………」
現実? と、ぼんやりとした思考の中で志野原愛美〔しのはら いつみ〕は受け入れて、そっと瞼をおろした。
それなら――もうちょっと浸っても、いいよね?
始まりは、遡ること一週間前の期末試験の最終日のことだった。
「デート?」
「ああ、ホラ。クリスマスだし、したことないだろ? そーいうの」
「うん。そうだね」
コクコク、と頷いて、(でも……)と手を繋いだ彼の方を見上げた。
(デート〔それ〕って、恋人同士がするヤツだよね?)
「彼女〔ホンモノ〕」ではない自分がしてもいいものだろうか? と疑問に思う。もちろん、愛美の気持ちとしては嬉しいのだけれど……なんと言っても、大好きな 彼 との初デートだ。
「嫌なのかよ?」
と、不機嫌に言う真に(日記に書いちゃおうかしら?)などと、ニヘラと笑いながら答える。
「んーん。すっごく嬉しい! クリスマスデートって恋人同士みたいだもん……でもね」
うかがうように彼を見て、「わたしでいいの?」と気になって仕方ない。
愛美ではなく、ほかに一緒にいたい女の子がいるんだったら邪魔はしたくなかった。本当だよ?
すっごくすっごく胸は苦しいけど、我慢するもの。
「志野がいいんだよ、俺は」
真は愛美の頭に手をやって、撫でる。
彼らしい、その優しい仕草に泣きたくなる。でも、泣かない。嬉しいから。
「うわっ!」
ギュゥッ、と突然胸に飛び込んで抱きついてきた彼女に彼は怯んで、声を上げる。
「うん! わたしも真ちゃんと一緒がいいっ」
なんなら朝まで一緒コースでも 全然 構わないよっ。
「そう……よかったな」
笑って顔を上げるとすぐそこに諦めたような? 顔があって、コツンと額と額がぶつかった。
ハァッ、と白い息を彼が吐いて、愛美は(なんか変なの?)とジッとその様子を すぐそばで 眺めていた。だって、こんな近くで見れることなかなかないんだよっ! ガン見していいよね!!
待ち合わせをして(と言っても我慢できなくて、真ちゃんの家に突撃しましたけどっ!)、お金もない高校生のデートスポットと言えば、街中のウィンドーショッピングと相場が決まっている(かどうかは知らないけど、買わなければタダで遊べるし、クリスマスともなればイベントも多彩だもの)。
そこかしこにカップルもいて、否が応にも恋人気分が盛り上がる。って、それはダメだからねっ! と分不相応なんだからねっと自らを必死に叱咤激励して戒める。
が、である。しかし、である! そろそろ限界が近いのであるっ。
「志野?」
首を横にブンブンと振っていると、見とがめられた。
「な、なんでもないよ?」
手には手。離すと途端に人にぶつかって、体の小さな愛美は人波に流されるゆえにシッカリと繋がっている。高校に入って身長差はさらに広がってしまったけれど、彼氏彼女という形ばかりの関係は二人の距離を縮めたように思えた。たとえ勘違いでも、そばにいられるのはこの上ない幸福である。
(浮かれちゃう。ダメ、だってば!)
ワアッ、と周囲がざわめいて、暗かった夜の街路樹が明るく灯る。
色とりどりのイルミネーションと、鐘の音が奏でる清らかな音楽が冷たい空気をふるわせる。
「わぁっ、すごいね。真ちゃん、クリスマスツリーがキラキラッ」
大きなモミの木に電飾が施された広場の中心は、人で溢れかえっている。
ピョンピョン飛んで愛美はそれを見ようと頑張った。
けれど、人波の中でそんなことをすればひとたまりもない。バランスを崩した彼女を彼の腕が引き寄せて、抱きとめる。
「あぶねぇーよ、おまえ。――落ち着け」
「ご、ごめんなさい」
間違いなくすぐそばに彼がいて、人波から逃れるように愛美を包んで導いた。