文化祭-M 動揺
全力疾走したっていうのに、簡単に捕まってしまうのは屈辱だった。いや、その前フリからイロイロ屈辱だったんだけどっ!
(くそっ! まんまと引っかかっちまった……クヤシイ)
出迎えるのは本意ではなかったけれど、来るという要達を無視するワケにもいかない。なんつーか、後でものすごくイヤな予感がする。
渋々、校門の方角へ出向いた美晴はすぐに、目的の人物を見つけた。
文化祭の学校内は、常よりも人に溢れていたが……そこには、色めきたった売り子たちがわらわらと集まり、黄色い声でキャワキャワと騒いでいたのだ。
軽く不機嫌だった美晴の心情は、さらに悪化した。
(なんだよ、迎えになんて来るんじゃなかった……)
そう思い、踵を返そうとした瞬間。
黄色い声がさらに高く、ざわめいた。
それと言うのも、春日真〔かすが しん〕が志野原愛美〔しのはら いつみ〕を招き寄せて彼女宣言をしたためだ。さらに、要も追随するように微笑んで言ったのだ。
「いるよ。可愛い彼女がね」
つんざく女の子たちの悲鳴と一緒に、思わず呻いた。
予想以上に、ショックだった。もちろん、そんな可能性(要に自分ではない「思い人」がいる)なんて当たり前で想像が簡単に出来る。
自分は、女らしくもないし、可愛げもなくて、素直さもない。
意地っ張りの、粗野な乱暴者。
グッと修道女(全然似合ってないって、わかってる!)の紺色のスカートを握って、嗚咽を堪えた。
要からすれば、保護者の延長線上の愛情を妹に注いでいるに過ぎないのだ!
納得した。そうだ、何回彼に「好きだ」と言われても全然納得いかなかったのに、こんな簡単にこの事実は受け入れられる皮肉さに、笑いさえこみ上げる。
笑ってやれ!
そう思った。
愛美に抱きつかれ、暴れているうちに立て直せる……そう安心したのに。
名前を呼ばれ、それだけでまた動悸がした。
しかも。
「誤解してる?」
って、何だ?!
要の綺麗な微笑みを目の当たりにして、頭に血が上る。
「してねぇっ!」
ああ、もう! バカだ。
胸を鷲掴みにした感情に、美晴は腕にあるものを振り払い逃げ出した。
「 はなせ! 」
捕まれた腕をブンブンと振り回し、あがけば(これがホントの悪あがき、笑えねぇな!)力ずくで抱き寄せられた。
「俺が、美晴の、言うことを……きくと、思う?」
素直じゃないクセに、と解かったふうに彼は耳元で囁くから。
「ひっ!」
と、変な声が喉から出てしまう。
やーめーろー! 耳を噛むなっ。こっんの、エロ兄貴っ!!
笑いを堪えるみたいにくつくつと喉を震わせて、要は美晴を見つめた。
兄ではない、どこか艶〔つや〕めいた微笑みだ。
「艶〔なま〕めかしいね、君は」
「てめぇ、にだけは……言われたくねぇ」
自分よりもずっと、色気のある綺麗な顔に美晴は唸った。なのに、その義兄〔あに〕は色気のない義理の妹に欲情できることを、すでに何回か証明している。
親指で美晴の下唇を撫で、人差し指で顎を持ち上げる。
そっと重ねられる唇に、すぐに舌が這って開くように促した。下半身も密着して、足が震えて……立っていられない。くちゅくちゅするキス、ってなんかエロい。
「まったく……美晴の逃げこむ 場所 のセンスには、脱帽だよ」
ハハッ、とか嬉しそうに笑うな! ドサクサ紛れに胸も揉むな!! 小さいよ、まだっ。「へぇ、そー?」とか呟いて確かめるんじゃねぇっ!
「わ、ワザとじゃねぇしっ!」
「だろうね」
ここは、一般客は来ない棟の校舎ではあるが、一般生徒はパラパラと準備のために歩いている。
「要こそ、女子トイレに普通に入ってくんなよ。通報されるぞっ」
「それは困る。じゃあ……」
爽やかに、個室を指す。
「とりあえず、入ろうか?」
入るかぁっ!!!