新年-A 傍観
他視点です。四人以外の傍観者の目での四人、はこんな感じ。
(おや?)
足下から押し上げるような冷気に身を震わせていた彼は、去年の三月に卒業していった生徒を見つけてふと追いかける。
一人は華奢な少女で、学校の職員朝礼の際いつも注意喚起されていた志野原愛美〔しのはら いつみ〕という女生徒だった。勉強に関してはずば抜けて良く、常に学年首位の座にいた。けれど、彼女にはそれ以上に職員会議で問題視される特殊な家庭環境があり、常に担任や学年主任の間で申し伝えをしていたほど気にかかる生徒でもあった。
(春日と一緒か……)
それなら、大丈夫だろうな。
隣にいる少年の名残を残した青年に一息を吐いて、白い吐息が曇った夜空に上っていくのを眺める。
春日真〔かすが しん〕という男子生徒は、目立つわけではなかったが学校内で知らない人間はいないのではないか? という程度に有名な生徒だった。それというのも、彼の姉……春日唯子〔かすが ゆいこ〕という卒業生がひどく目立つ女生徒だったせいだ。
天使、という代名詞がつけられる美少女で、とにかく男子生徒からは絶大な人気を誇っていたが彼女自身はどうも男性嫌いのきらいがあり、中学在籍中に浮いた話はなかったようだ。高校に進学したあとは、付き合う相手が出来たらしく中学校にまで激震が走った。
その姉の弟、というネームバリューで彼は入学した当時から、有名である。姉ほどには派手ではない見た目ではあるけれど、荒っぽいながら整った顔立ちと案外フェミニストな部分のある性格が地味に女生徒からの評価を上げていたようだ。
春日真と志野原愛美が一緒にいる、というのは中学校時代からのよくある風景である。
もともと幼馴染の二人だから、一緒に初詣というのもごく自然……というか、去年も見たな。
「あっ! 朝野っちだぁ」
ぴょんぴょん跳ねて手を振った愛美が、真と一緒にやってくる。
そういえば、去年の今頃も顔を合わせた記憶が蘇る。
「「あけましておめでとうございます。」センセ」
二人揃って頭を下げる。その手を見ると、去年とは違って繋いでいるのが見えた。
「おめでとう。相変わらず、仲がいいな」
付き合い始めた、と噂があったが本当のことのようだ。
「春日は背が伸びたなぁ、たまには中学校にも遊びに来いよ……しごいてやるっ」
「あー、はい。よろしくお願いします」
柔道部の元教え子は苦笑いして頭を掻いたが、その隣の彼女は睨んできた。
「ダメだよぉ、わたしの方が先約なんだからねーセンセ」
「先約? 何がだよ?」
「真ちゃん、部活で忙しいの! わたしが遊んでもらえたら遊びに行きますっ」
握り拳をつくった愛美に、やれやれと真が肩を竦める。
「志野だって、バイトで忙しいクセに」
「むぅっ、そ、そんなことないよぅ……たぶん」
「志野原が、バイトしてるのか!」
全然想像がつかない。勉強は確かに出来るが、社交性に関しては赤子同然だったはずだ。
「そうだよ、俺も絶対向いてないと思うけど」
「今度こそ大丈夫だもん!」
「今度こそ?」
どうやら、一ヶ月もったことがないらしい。まあ、あの志野原なら仕方ないな。
ガンバレ、と頭を撫でれば頷いた。なかなか素直である。
横を見れば、ほんの少し睨まれた。
(ははっ、嫉妬か? 春日も成長したな、オイ)
嫌そうな表情をした真が、「あっちに栗石たちもいますよ」と指をさす。
「おっ、ホントだ。なんだ、兄妹で来てるのか」
ここの兄妹仲は(兄の方のファンの中で羨まれる程度に)結構いいんだよな、とおみくじを結ぶ木の下にいる二人に目を遣った。
(………)
仲、良過ぎじゃないか? と一瞬入った光景に目を疑って……瞬くと、普通に歩いてくる栗石兄妹が映っていた。ん? 目の錯覚か。
ゴシゴシ、目を擦ると兄の方である栗石要〔くりいし かなめ〕が頭を下げる。
「あけましておめでとうございます。朝野先生」
礼儀正しい挨拶と、綺麗な微笑みで要は妹にも促した。
「ちっ!」
「美晴」
「わーってるよ! センセ、おめでとーございます」
頭を下げる美晴に感心して、その隣の兄に「やるなぁ」と笑った。
悪い生徒ではなかったが、なかなかクセの強い性格をしていた栗石美晴〔くりいし みはる〕をいとも簡単に操縦してみせる彼は、流石兄妹と言えよう。
しかし、確か彼らは再婚同士の連れ子で義理の兄妹と聞いている。
本人たちの希望で生徒たちに周知されてはいないが、血は繋がっていないのだ。
「大したことないですよ。美晴は、すごく 素直 ですから」
にっこり笑う彼は女生徒をキャアキャア言わしめた優美な顔で断言する。と、妹は反発した。
「どうせ、あたしは単純だよ! バカ要っ」
「そうじゃなくて、素直で可愛いってコトだよ。何度も言ってるのにね」
「いっ! か、かわいくなんてねぇよっ」
真っ赤になって威嚇する彼女を、優しい微笑みで手懐ける兄になんだかあてられている気分になるのは何故だろう。
「先生、どんなに可愛くても美晴は僕の妹ですから」
「ん? ああ、そうだな……」
「触らないでくださいね」
……これは、重度のシスコンなのか。
いや、しかし、栗石は顔がいい分微笑みながら睨まれると妖しさもハンパないな。
横では妹が色気もなんもなく「うげぇ」とか呻いてるし、もうちょっと女子っぽいリアクション期待したいぞ! 先生はっ。
「じゃあ、先生。帰ります」
ぺこり、と頭を下げる兄に妹は渋々追随し、そんな彼らに「美晴ちゃーん」と志野原愛美と引っ張られるように春日真が追いかけていく。
「気をつけて帰れよー」
「はぁーい!」
ブンブン手を振る愛美に、真が立ち止まって支える。どうやら何かに躓いたらしい。
夜の暗闇に小さくなっていく元教え子たちを見送って、「元気そうだな、安心した」と気がかりな生い立ちの彼らに届かない安堵の言葉を呟いた。
これにて、「不安定近隣系図」の主なエピソードは終わりです。
まだ、書き足りないことが一つだけあるのですが、その辺はおぼろげなイメージしかできておりませんので、確定しましたら追加、もしくは社会人編の「近隣系図」にて投稿させていただきます。
ここまで、四人の高校生活にお付き合いいただきましてありがとうございます。
まだまだ続く感じでの終わり方ですが、完結とさせていただきます。
社会人編、すぐに投稿できるかは未定ですが、また近いうちにお会いできることを願いつつ。




