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ワールドクラッシャーズ  作者: にのち
1. 無人村
4/4

1.4 せめて人間らしく

「お姉ちゃん、お姉ちゃん……」


 おねーさん、と先程までは少年の姉と区別されていたと思うのだけど、いつの間にかお姉ちゃんと呼ばれていた。

 残念ながら、私はブラコンではないし、ショタコンですらないので嬉しくも何ともない。

 少年は片っぽ裸足のままの状態で踏み込み、私に掴みかかろうと無雑作に腕を伸ばす。しかし、少年の右腕は手首から先がなく、届かない。

 私は冷静にもう片方の腕を払うと、躊躇せずに大盾をぐわんと横に振るった。

 手応え十分。少年は真横からの衝撃に成すがままにされ、斜面を転がるように落ちていく。追わなければ。


「……逆方向に吹っ飛ばすべきだったわね」


 少年は二度ほど木にぶつかり、三度目でようやく引っかかって止まった。

 山を滑るように駆け降りていた私は、地面に大盾を擦りながらスピードを下げる。

 付き過ぎた勢いをどうにか抑えて少年に目を向けると、既に木の根元に少年の姿はなかった。


「っ!?」


 背後に気配を感じて、振り返りながら大盾を乱暴に振るう。少年は寸前のところで頭を下げて回避し、空振りした大盾が周囲の木々をなぎ倒す。

 めきめきと音を立てて崩れる木々が、地面に不穏な揺れを起こす。私は空中へ跳んでその場から逃れると、生き残っていた巨木から伸びる枝を掴んだ。


「あちゃー……」


 下では倒れた木が山肌を削るように滑り落ち、逃げ遅れた少年を巻き込んでパレードを繰り広げている。

 私がやってしまったことだが、酷い光景だ。そのとき、みしっと嫌な音がした。嘘でしょ、と自分の体重を思い出そうとして、持ったままの大盾に気付いた。馬鹿か、私は。

 後で回収するからと大盾を手放すが、一度折れかかった枝の奮闘虚しく、私は宙へ落とされる。

 焦るな。能力はあるのだから、判断さえ間違わなければ大丈夫だ。どうしよう。


「九十九崎っ!」


 突如聞こえたシローの声に意識を向けると、尖った金属の付いたワイヤーが飛んできた。全神経を集中して、それを掴む。

 ちょっとした地滑りを起こしている地面に着地したのは、掴んだタイミングとほぼ同時だった。足を取られたが、ワイヤーが引っ張ってくれたので何とか体勢を維持できた。ちょうど転がってきた木を蹴って、ワイヤーを手繰るように跳んだ。

 シローの姿を捉えたと思ったとき、私の身体はシローに激突していた。硬い。痛い。


「もっと安全な助け方はなかったの……?」

「贅沢言うな、救助用のフックじゃないんだよ」


 絡まることのないよう丁寧にフックを収納していくシロー。私は痛むおでこを押さえつつ、ジッとシローを見つめていた。

 フックを仕舞い終えて、私の視線に気付いたシローが首を捻る。


「何だよ」

「……とりあえず、助けてくれてありがとう」

「とりあえず?」


 ちょっとした照れ隠しに、いちいち反応するシロー。この野郎。


「愚痴になるけど、あんたが助けてくれるおかげで調子狂うのよ。これまで一人でできてたのに、どうしてこうなるのよ」

「な、何だそれ。オレがいらないってことかよ」

「いるわよ。助けてくれたの、あんたじゃない」

「……じゃあ、どうすればいいんだ」

「知らない。だから、とりあえずよ」


 これまで偉そうに先輩面をしてきたのに、情けなかったのだ。ということは、シローに対して不要とか邪魔といった感情はないということになる。

 一匹狼を気取っていたのは、寂しさを誤魔化していたのだろうか。自分はそんな面倒臭い奴だっただろうか。

 無傷で早々に片付けたというのに、妙にメンタル面が傷ついてしまった。


「それにしても、やりすぎだよなぁ」


 非難というより驚嘆といった声で、シローは山の一角が崩れ落ちてしまった景色を眺めていた。

 のっぺらぼうのように綺麗さっぱりした斜面、下の方には流れた土砂と巻き込まれた草木が溜まっている。

 ここまで自然破壊するつもりはなかったのだが、これも職業病という奴かもしれない。


「あの子はどうした?」

「土砂の中でしょうね……あっ、盾も……」

「ん? まぁ、辺りも静かになったし、近くまで行こうぜ」


 一品物の大盾を見捨てられるわけがないので、私は頷くと同時にシローを持ち上げた。


「あ、おいっ!」

「急ぐわよ、誰かに取られたら困る!」

「誰がだ!」


 誰って少年、と言いかけて気付いた。あんな地滑りに巻き込まれて動けるわけがない。

 しかし、大盾の一撃を受けて、あちこちぶつかりながら転がっても即座に起き上がる丈夫さである。

 胸に一抹の不安を抱きつつ、こんもりと丘のようになった土砂の上に降り立つ。

 何はともあれ、まずは大盾だ。適当な木の棒を拾い、そこら辺を突いて回る。あの硬い感触は手応えでわかる。


「そんなんで見つかるのか?」

「腕がシャベルになる生体術式でもあればよかったわね」

「ねーの?」

「ないわよ!」


 地道につんつんと地面を突いていると、ようやく手応えがあった。シャベルはないので、頼りになるのは自分の腕だ。

 腰を下ろして、爪に土が入るのも構わずに掘り返す。ああ、子供に戻った気分だ。

 妙な気持ちでせっせと土を掘っていると、シローがぽつりと呟いた。


「これ、あいつの墓代わりになんねーかな……」

「それじゃあ、私、墓荒らしになっちゃうじゃない」


 大盾の端が掘り出せたので、手を引っ掛けることができた。半分以上埋まったままだが、私の力なら無理やり引き上げられるはずだ。


「そうじゃなくてさぁ、最期くらい人間らしくしてやりたいというか」

「シロー」

「こういう優しさなら、損じゃないと思うんだ」


 私は溜息をついて、そのまま呼吸を整えると、力を込めて大盾を引っ張りだそうと踏ん張った。

 シローはいつか痛い目を見る。何処かで勝手に壊れても寝覚めが悪いので、仕方なくこれからも――


「そういうことなら、ここより……っ」


 引き抜いた大盾に子供の手がかかっていた。

 周辺の土が盛り上がり、まるで墓から這い出るように少年が顔を覗かせる。


「おねーちゃん、お腹すいた」


 私もシローも固まって動けなくなってしまったが、それは少年も同じだった。

 もぞもぞと動いてはいるが、顔と片腕だけでは土砂から抜け出すまでに至らないようだ。

 しばらくの間、特に進展はなかった。最初に口を開いたのは、少年だった。


「お腹すいた、おねーちゃん」

「……助けてが先じゃないの?」

「お腹すいた、おねーちゃん」

「いただきますは?」

「おねーちゃん」


 果たして、この少年の姉は、空腹を訴える弟に何と答えたのだろう。

 私は振り返り、シローに訊ねる。


「死ななきゃ、墓は作れないけど?」

「……わかった」


 バッと拳銃を取り出して、迷うことなく少年の頭を撃つ。しかし。


「お、ねーちゃ……」


 何発目で事切れてくれるだろう。それを確かめるのは、あんまり楽しいことじゃない。

 シローはしっかりと銃を構えたまま、首を横に振った。


「……やっぱり、こいつは殺せない」

「そうね、私も殺せそうにないわ」


 そう言って、大盾を乱暴に引き寄せる。少年の腕が肩からまるごと外れる。

 私が大盾を振り上げても、少年は姉を呼び続けている。もう少し、話せるときに話しておけばよかったかな。

 私は少年を鋭く睨む。頭を潰せば仮に胴体が動いても、食べることはできまい。お姉ちゃんと言うこともできないだろう。

 潰す。それは正しい人間の殺し方だろうか。


「殺せないなら、壊すまでよ」


 私は大盾を振り下ろした。


   + + +


「おかえりー、遅かったね?」


 のほほんとした顔で出迎えてくれた七園博士。

 今はただいま、などと挨拶を返す気分ではなかったのだが、またしても彼女の横に立つ異様な物体に驚く。

 今度はメカメカしくはない。むしろ、ニクニクしい。所々が肥大化しており、ギリギリ人型と言える肉の塊。

 ジャンクフードだけで三年間過ごせば、こうなるだろうか。しっかり立っているのが信じられない。


「な、なっ、何ですか、それ!」

「ゴロー!」


 背後にいたシローが嬉しそうな声をあげた。シローの知り合いにしては、ゴローは肉感的すぎる。


「動けるようになったのか?」

「まぁねー。記憶も感情も戻らなかったから、失敗ではあるんだけどさ」


 記憶、感情。そのワードから連想すると、ゴローと呼ばれる肉人形はもしかして。

 私が目を白黒させているのに気付いたのだろう。シローが紹介するように指差した。


「こいつ、オレの身体だよ。博士が動くようにしてくれたけど、もう戻れないだろうな」

「……そうね」

「ゴローがいるから、ここを追い出されたら行く場所なんてないぞ」

「……そうね」


 センチメンタルな気分が吹っ飛んでしまった。

 私はずきずきしてきた頭を抱えながら、七園博士に目線を送る。


「ん、ああ。じゃあ、つくちゃんと話があるから、シロー君はゴローと遊んでてくれるかな」

「ゴローは何ができるんだ?」

「わかんないねー。とりあえず、ゴローって呼べば来るよ」

「よーし、ゴロー!」


 のっそりと歩き出したゴローを横目に、七園博士とともに研究室へと向かう。

 七園博士の研究室は実質、生活空間と化している。曰く、研究も生活の一部だから問題ないとのことだ。

 部屋に入ると早速、机に置かれっぱなしのやかんが目に入る。博士の姉が開発した沸騰、保温が可能なやかんだそうだ。ポットを知らなかったのだろうか。


「コーヒー飲む?」

「いえ、いいです」


 私が断ると、七園博士は一人でカップを持ち出してコーヒーを淹れた。そして、カップを置く。ぬるくなるまで飲まない人なのだ。

 しかし、コーヒーが冷めるまでの時間だけは、七園博士も真面目に話を聞いてくれる。


「それで、どんなだった?」

「結局、生き物はいなかったんですけどね」


 たった一人寂れた世界で、死んだのに生き延びた少年の話を始める。

 人間の尊厳をテーマに掲げ、私なりに情感たっぷりと語り尽くしたのだが、七園博士の興味は一点。


「不老不死につながる素材なのに、惜しかったなぁ……」


 にやにやした顔で素材呼ばわりとは、私の強がりや感傷の数々が一言で台無しである。


「不死どころか、死んでますよ」

「そっかー。でも、満腹なら人格を永遠に保てる可能性があったのは確かだよね」


 このマッドサイエンティストが、と罵ってやりたいところだが、喜ぶだけなのでやめておく。

 溜息混じり視線を落とす。私もコーヒーを頼めば良かったと思っていると、七園博士がぽつりと零した。


「可能性の破壊が今回の仕事かな」

「えっ」

「まぁ、知らないけどね。私は下っ端の研究員だもん」


 素知らぬ顔でコーヒーに口をつける。真面目タイム終了のお知らせ。

 仕方がないので、真面目じゃない質問をぶつける。


「あのゴローって奴を博士がいじったってことは、シローもですか?」

「ある程度は。駆動システムがいらないから、丈夫なプラモデルみたいなもんだよ。あのスペースにどれだけ装備を詰め込めるか、楽しいね!」

「もはや、ポルターガイストですよねぇ……」

「自称アンドロイドじゃなかったっけ?」

「いや、心と機械の合成なんてオカルトですよ」


 どうにかシローにわからせてやりたくて、七園博士をこちら側へ引き込もうと企む。

 何だかんだで理屈っぽいところのある人だし、わかってくれるはず。


「ってかさぁ、つくちゃんとシロー君が認識してるそれ、サイボーグのことじゃない?」


 あ。

 私の抱えていたアンドロイドへの違和感が氷解し、すっかり勘違いしていた恥ずかしさが込み上げてきた。

 そうだ、人間と機械の合わさったものってサイボーグだ。アンドロイドは人型の機械のことを言うのではないか。

 今更、シローに何と説明すればいいのだろう。説明すれば、私も勘違いしていたことがバレる。


「……こ、ここは一つ」

「一つ?」


 首を傾げる七園博士に、人差し指を立てて提案する。


「間を取って、オカルトロイドってことにしませんか」


   + + +


 シローの様子を見に行くと、私を助けてくれたフックの両端を二人でそれぞれ掴み、縄跳びの要領で回していた。


「何してんの」

「縄跳び、跳んでくれよ」

「嫌よ」


 冷たく言い放つと、シローはがっかりしたように手を止めて、ゴローもしばらくして手を止めた。どうやらシローの行動を真似ていただけのようだ。


「ゴロー、あんまり頭良くないみたいだ」

「元があんただからじゃないの」

「縄跳びはできた」

「威張らないでよ」


 シローがワイヤーを床に這わせたまま、うねうねと左右に動かす。蛇のような動きで面白かったが、ゴローも真似たのですぐにぐちゃぐちゃになった。

 私は何となくシローの横に立つ。何か言おうと思うのだが、言葉が浮かばない。

 そうしているうちに、先にシローが話を切り出した。


「オレって人間だと思う?」

「あんたはオカルトロイドよ」

「何だ、それ。初めて聞いた」

「専門用語よ。七園博士が言ってたわ」


 嘘だ。

 それなのにシローは疑う素振りも見せず、感心して頷いていた。ちょっと心配になっちゃう。


「九十九崎は? すげー力だけど」

「私は……コンセプトが人間兵器だから、人間よ」

「コンセプト持って生まれてきたのかよ」


 人間の形をした戦闘兵器がどのように運用されるか考えれば、人間兵器というコンセプトも自ずとわかるだろうに。

 わざわざ口に出して興味を持たれても困るので、つんと澄まし顔で誤魔化した。

 シローはアー、と声を発すると、目の前のワイヤーを少し動かす。


「ゴローは……あれでも人間なんだ」


 問いかける風ではなく、言い聞かせるような口調だったので、私は特に答えなかった。

 私がとやかく言ったり、誰かの定義をあてはめるより、シローが納得する回答が一番だと思う。

 その代わりに、私は次にシローが言いそうなことを予想して、先に口を開いた。


「それで、あの少年は人間と言えるのか、でしょう?」

「どう思う?」

「その答えのために帰りが遅くなったんでしょうが、面倒臭いことさせておいて」

「あんな墓で良かったのかなぁ……」


 シローは思案を続けているが、私はよくやった方だと思う。墓の場所は私のアイデアだが、墓標はシローのアイデアだ。あれがなければ殺風景で寂し過ぎた。

 少なくとも少年は人間らしい墓に入ることができたはずだ。遅すぎた埋葬ではあるが、世界の終わりには間に合った。

 私は溜息をついて、自嘲気味に呟いた。


「私は壊したけど、シローはちゃんと殺してあげた。殺されるって人間である証明じゃない?」


 アー――と、長い時間、考える声が続く。そして、一言。


「壊す仕事って難しいのな」

「優しい馬鹿には特にね」


 でも、今回あんたは良い仕事をしたと思うわ。

 心の中で、そう呟いた。


   ■ ■ ■


 もうすぐ破壊される世界。

 誰もいない小さな村と誰もいない洋館。

 その洋館の庭の一角に、綺麗に土が盛られている場所があった。

 機関銃が二本突き立てられただけのそれを、誰が墓標と認識できるのだろう。

 まして、この庭で少年が犬に噛み殺され、人間として最期を迎えた場所だとわかる者がいるはずはない。

 それに、ここはもうすぐ破壊される世界。この墓も消え去る運命にある。




 ただ、何処かの世界にいる人間兵器とオカルトロイドが夢に見ることはあるかもしれない。

 そして、彼らが寝覚めの良い朝を迎える助けにはなるかもしれない。


 その可能性は、まだ破壊されていない。

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