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ワールドクラッシャーズ  作者: にのち
1. 無人村
3/4

1.3 世界平和より明日の寝覚めのために

「シロー、威嚇射撃!」

「こんな乱暴な運転で狙えるかっ!」


 大盾とシローを抱えたまま、逃げた子供を追って走る。重さはそれほどでもないが、かさばって持ちづらかった。

 体勢的にも全力で追跡というわけにはいかず、なかなか子供に追いつけない。離されていないだけマシか。

 山の木々に紛れてしまう前に、何とかけりをつけなければならない。私は覚悟を決める。


「じゃあ、近接射撃してきなさい!」

「えっ、ちょっ、投げる気か!?」


 大盾を一旦捨てて、シローを投げやすいように右手に持ち直す。シローは身を震わせて抗議していた。


「投げるなんて……」

「何、壊れるの?」

「怖いの!」

「なら、大丈夫ね」


 大きく振りかぶって、ぶん投げる。緩やかに弧を描いていくシローを目で追いつつ、大盾を拾って追いかける。

 シローは地面を転がるように着地したが、宙で拳銃を取り出していたらしく、見事に子供を足止めすることに成功していた。

 子供に銃口を向けながら起き上がろうとしているシローに手を貸す。


「やるじゃない」

「むしろ、やられたんじゃねーの……?」


 流石に反省の意味を込めて手を顔の前に合わせる。シローは首を回して、子供に視線を向けた。

 そう、今は子供と話すのが先だ。十歳くらいの男の子で、薄汚れた服を着ている。くしゃくしゃの髪、くりくりした眼。この状況でも緩んだ口元。土気色の肌。草と土と血の臭い。


「……普通の子供、じゃないわよね」

「ぁ、ぉ……お」


 少年は喉元に手を添えて、息苦しそうに声を発する。


「喋れないの?」

「う、ううん。おねーさん。僕、喋れるよ」

「そう、よかった。どうして逃げたの?」

「びっくりしちゃって……ごめんね」


 和やかに会話を始めてしまったが、シローは拳銃を構えたまま下ろしていないし、私は大盾を持っている。

 しかし、向こうもなかなか強かで、にこやかな表情を崩さない。周囲に腐った獣臭の集まる気配がする。


「この村は君一人だけ?」

「ううん、友達がいるよ。ジョン、ジェーン、権兵衛」

「面白い名前ね」

「うん。おねーさんたちが半分くらい殺しちゃったけど」

「……犬のこと?」

「うん」


 平然とした顔で頷く少年は、悲しんでもいなければ責める様子でもない。

 少々、困惑しながらシローに目線を向ける。拳銃の狙いが下がってきている。おや。

 面倒なことになる前に、早く片付けてしまおう。


「君の名前は?」

「ないよ、付けてもらえなかったから」


 淡々とした口調で語られる断片的な情報は、少年の暗い境遇を想像させる。引き延ばしたところで胸糞悪いだけなので、単刀直入に聞くことにした。


「君は死んでるの? それとも生きているとでも思ってるの?」

「死んでると思うよ」


 素直だ。そこの自称アンドロイドよりも。

 この世界に生命はない。破壊されることは確定だろう。私は溜息をついて、前に一歩踏み出す。

 しかし、シローが慌てたような声で引き止めた。


「なぁ、どうするつもりだ」

「半分わかってるような聞き方しないで、言わせたいの?」


 つい語気を強めてしまい、シローも不満そうに声のトーンを落とした。


「もっと聞くことがあるんじゃないか? ここで何があったとか」

「この世界で何があろうと、歴史ごと破壊されるだけよ」

「こいつはどうなるんだよ」

「……別世界に家族がいる場合は、死体の運び出しも許可されるかもしれないけど」

「そうじゃないだろ」


 シローは完全に拳銃をぶら下げている。

 私は肩をすくめて、その場を離れる。大盾を後ろに回して、シローの背後についた。


「じゃあ、好きにしなさい。話を聞くだけ無駄……いえ、損だと思うけど」

「わかった」


 強情なシローから目をそらし、少年の位置と周囲の犬たちの気配を探る。

 犬の数は数十匹、先程と同じくらいだろう。距離があるので対処は容易だ。

 少年の方はシローに任せることにする。特に危険は感じられないので、私が手を出すまでもない。

 それにもしかしたら、話すことで素敵な解決法が見つかるかもしれない。そう思いたい。


「お前、ゾンビか」

「ゾンビって何?」

「アー、死んでも生きてる人間のことだ」


 シローの説明は相変わらず下手だった。私は思わず頭を抱えた。別の意味でこの先が心配である。


「それなら僕はゾンビかもしれない。お兄ちゃんは?」

「アンドロイドだ……えーっと、心がある機械のことだな」

「へー、そうなんだー」


 何故だろう。胸がもやもやする。何かが間違っている気がしてならないが、その間違いがわからない。

 考えるだけ無駄なので、大人しく二人の話を見守る。


「どうしてゾンビになったんだ?」

「死んだから?」

「それはどうしてだって話だよ」

「僕ね、お姉ちゃんがいたんだ」


 いきなり話が飛んで、シローがぽかんとしている。私はその様子が少しおかしくて目を細める。


「お、おぅ、姉ちゃんがどうした」

「領主様の館で働いてたんだ。大変だって言ってた」

「偉いな……ん、幾つだ、その姉ちゃんって」

「僕より五つ上だよ」


 この世界の労働基準は知らないが、個人的には年端もいかない少女が領主のお世話など、下世話な話としか思えない。

 それにしても少年は動じないというか、気味が悪いほど表情のパターンが少ない。七園博士と同じと思えばいいか。


「お姉ちゃんは僕のために館で働いてた。大変なお仕事だけど、その分暮らしは楽になるからって」

「お前のために?」

「僕はいない子だから」

「何だ、いない子って……」

「生まれたときから身体が弱くて、長生きできないだろうって。そんな子の税を払う余裕はなかったから、いないことにしようって」


 聞けば聞くほど耳が腐りそうな話だ。耳だけゾンビになったらどうしましょう。

 シローはマイナスな想像を膨らませているようで、うんともすんとも言わない。私は溜息をつく。


「そういや、村人と領主の生活レベルは明らかに差があったわね」

「……何がスローライフだよ」

「下手な予想で悪かったわ」

「……別に、悪くない」

「そう」


 シローは黙って考え込んでしまい、少年は動かないシローを見て首を傾げていた。仕方ないので、話を引き取る。


「話を続けてちょうだい」

「いつ頃だったかな。お姉ちゃんが帰ってこない日が続いて、仕送りが止まったんだ。最初にお父さんが館に行った。次の日、お母さんが行った。戻ってこなかったから、僕も行ったんだ」

「一人で偉いわね」

「えへへ……だけど、こっそり入って庭の犬に噛み殺されたから、本当は偉くないんだ」


 照れくさそうに顔を伏せて笑う少年。思った通り、話を聞いて損をしている気がする。

 しかし、ここまで聞いたら、最後まで聞かなければ余計に気分が悪い。せめて、ゾンビ化の顛末だけでも。


「それでも死ななかったのね?」

「うん……ふらふらしてたところを見つかって、牢屋に入れられたけど、お姉ちゃんがいたから寂しくなかったよ」


 姉が帰ってこなかったのは閉じ込められていたからのようだ。


「お姉ちゃん、何か悪いことをしたの?」

「わからない。だけど、ご飯は一杯食べてたと思うよ」

「……どうして?」

「お腹が大きかったもん」


 少年は屈託のない笑顔で言った。ここの領主は、いや、勘繰るな。脳が汚れる。

 愚痴も反吐も呑み込んで、苛立ちを隠すように短い言葉で先を促す。


「それで?」

「ずっと、そのまま。何日も、何日も……だから、よく覚えてないんだ」


 私は話を聞いたことを本格的に後悔していた。ろくなことにならないとわかっていた。

 しかし、私はそういう経験や諦めが先に立つのでダメージは少ない。問題は一向に喋ろうとしないシローだろう。

 機械のくせに、私よりも落ち込んでいるシローに声をかける。


「まぁ、今回は初仕事ってことで妥協してあげる」

「……何をだよ」

「今日は帰りましょう。この手で葬るなんて、非効率で感傷的なやり方だもの。エゴだし」


 嫌味ったらしくなってしまった私の言葉をどう捉えたのか、シローは黙って歩み寄ってきた。

 帰ったら七園博士に言って解任してもらおう。綺麗事で回る仕事だって、一つか二つはあるはずだ。


「九十九崎」

「別にあんたは悪くないわよ」

「でも、馬鹿だろ」

「……否定はしないであげる」


 そのとき、少年が私の腕を引っ張るように掴む。冷たい。


「何?」

「何処に行くの、おねーさん」

「……ああ、挨拶もなしにごめんね。帰るのよ、さよなら」


 不思議そうな表情をしている少年に、シローは名残惜しそうに訊ねる。


「なぁ、一つくらい楽しいこととか、嬉しいこととか、覚えてないのか?」

「……あんたねぇ、それを聞いてどうするの?」

「同情じゃない。明日の寝覚めが良いように、だ」


 そういうことなら文句は言うまい。シローが眠る必要があるのかは、ともかく。

 シローは一つくらい希望を見出してから、世界を見捨てたいのだろう。良い記憶のない旅は明日の寝覚めに響く。

 私は少年の細腕を何となく振りほどけずに、低い体温を感じながら空を見つめていた。


「僕、お姉ちゃんのこと以外はあんまり思い出せないよ」

「その中で、良いことはなかったのか?」

「えーっと、そうだなぁ……そうだ!」


 その瞬間、少年に掴まれていた腕からぞわりとした危険信号が脳に伝わった。


「お姉ちゃん、美味しかったな」


 少年が私を見た。すぐに少年を振りほどこうとしたが、ギュッと握られる手は万力のように力強い。

 力量を見誤ったと反省し、腕のパワーを増大させて少年の手を引き剥がす。スポン。


「えっ」


 自分の腕に少年の指は食い込んだまま、細い腕だけが外れた。赤色も肌色もない、茶色の断面が目に入る。

 怯んだのは一瞬だったが、その隙を見逃さなかった少年は本能に駆られるように牙をむいて笑った。笑顔のまま、胴体にかぶりつき、そして。


 ――バン。


 眼前に迫る少年の頭部を銃弾が貫いた。私は目を見開いて驚く少年を蹴り飛ばし、腕にくっついたままの手首を外す。

 少年は微かに恐怖を顔に浮かばせて、一目散に山の方へ逃げ出した。面倒臭い子供だ。

 もう一人、拳銃を構えたままの、表情が読めないくせに情緒豊かな面倒臭い子供がいた。


「シロー、助かった」

「……大丈夫か」

「ええ、甘噛みで感染するような身体じゃないわ」


 念のため、生体防御術式を稼働させてみるが、体内に異常は感知されなかった。


「あんたはもう平気?」

「わかんねーけど……助けるとか、そういうことじゃないことはわかった」

「わかってんじゃない。壊す仕事だって言ったでしょ」


 少年がいなくなったことで、周囲に隠れていた犬たちが姿を現す。そのすべてが私たちを狙うように唸っている。

 私が大盾を構えると、シローも拳銃を構えて隣に立つ。


「やってらんねーな」

「一人でやるわよ、引っ込んでなさい」

「嫌だね。オレだって居場所は欲しいし、タダ飯食らってられるかよ」

「……居場所、ね」

「その大盾の後ろなら楽そうだしな」


 こういうとき笑顔で言ってくれれば安心もできようものだが、シローの顔はブルーライトに硬い口。

 仕方がないので、強がりなその言葉を信じよう。駄目なら駄目で、私が何とかすればいい。


「全部、片付けるわよ」

「あーあ、子供の頃から一番嫌いな仕事だ、それ」


   + + +


 機関銃の連射よりも時間はかかったが、それでも犬を全滅させるまでに一分かからなかった。

 私はすぐに大盾とシローを抱えて山に入った。しかし、枝に引っかかるたびにシローが呻くので仕方なく下ろす。大盾は文句を言わずに良い子なのに。

 歩きで行動するならば、二手に分かれるのが賢明だろう。私は捜索が難航することを予想して提案する。


「二人いるんだから手分けしましょう。やけに力は強いけど、逃げ足はたいしたことないから、何処かに隠れているはずよ」

「……見つけたらどうする」

「そんな声出さないでよ。危険性が認められたんだから、帰れなくなったわよ」


 世界の解体作業は外部と内部で行われるので、内部で問題があるうちは作業員を送ることができない。

 破壊と一口に言っても、実情は私たちのような問題対応があり、丁寧な解体処理があり、無責任な命令がある。

 ただの子供なら誰にでも任せられるが、屍食鬼(グール)の子供など完全に私の領域である。後回しはできない。


「外してもいいから撃ちなさい。すぐに行くから」

「わかった。だけど、ちゃんとやるからな」

「はいはい」


 シローと分かれた後、とりあえず頂上を目指す。機動力のある私が行くのが当然だと思ったからだ。あれ、私、人間だよね。

 そこらに生える木を支えにしながら、山の斜面を黙々と駆け上がっていく。見通しは悪く、寂れた山の色調も少年が隠れるには好都合だった。

 いっそ、山ごと焼き払えば話は簡単だが、それでは外側から強制的に破壊するのと変わりない。後腐れなく破壊するために、私や内部作業員の方々がいるのだ。


「とは言え、やってらんないのも確かね……」


 何も見つからないまま頂上に辿り着いてしまい、思わず独り言が零れる。

 シローには厳しく言ってしまったが、私も似たような感情は何度も抱いている。そのたびに、同情より自分の生活を優先するのも同じだ。

 結局、この仕事に対する心構えはそれしかないのだろう。幸せを願いつつ、明日の寝覚めのためにやらざるを得ない。

 私は溜息を吐く。理屈を捏ねているが、私の個人的な感情をシローにあてはめて、勝手に救われようとしている気がする。


「……ん」


 ゆっくりと下山を始めると、ほどなくして巨木の影から靴が飛び出ているのを発見する。

 あからさまな罠に呆れてしまい、慎重に対応する気概が失せた。それに真っ向から叱ってやらないと、子供は悪いと自覚できまい。


「バレバレよ」

「うー」


 少年は土を被って伏せていたらしく、ぼろぼろと土や葉っぱを落としながら起き上がった。まるで墓地から這い出るゾンビだ。

 私は十分に距離を取って、大盾を振り上げる。これだけでも雑魚相手なら威嚇となるのだが、少年は平然としている。


「貴方、本当に動じないわねぇ……」

「お腹すいたよぉ、お姉ちゃん」


 目は虚ろで、お腹を押さえている。若いくせにボケないでよ、お姉ちゃんはもう食べたでしょ。

 複雑な感情をシニカルに押し込めて、兵器らしく笑みを浮かべる。


「私、人間だから。機械ほど優しくないわよ」

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