1.2 異世界生き物探訪
村の外れに降り立った私とシローは、周辺を話しながら散策することにした。
村自体の寂れ具合もなかなかのものだが、切れ間のない曇空が物悲しさを更に演出している。
シローは滑らかに首を回転させながら、物珍しそうな声を上げた。
「わぁ、荒れてるなー……まるで宇宙人に襲われた村って感じだな」
「村人が宇宙人と入れ替わってるなんて話もあったわね」
「まぁ、人間どころか犬一匹すらいねぇけど」
古びた木造の家屋が点々と並び、舗装されていない大通りが村の中央を貫いている。
目視できる範囲に小さな山があり、村の周囲には森が広がる。緑を切り開き、自然の恵みを享受して暮らしているのどかな村といったイメージだ。
しかし、世界の規模から考えると森はそれほど広くないはずだ。実際は他の世界から物資を仕入れていたと思われる。
手頃な建物の中を覗くと、生活の痕跡が残っていた。散らかる衣類や家具、調度品から見ても村の雰囲気とそぐわないものが数点ある。
しかし、生活水準は数百年前の原典世界のようで、必要以上に文明的な機器は置かれていない。
「この世界の領主はスローライフ志向だったようね」
「世界開錠なんて超技術で、わざわざ辺鄙な村を作ったのか?」
「世界の領主になれるだけの金と権力があるのだから、暇だったんでしょう」
呆れるような声を出すシローにそれらしい回答を与える。世界の形など人それぞれで、その意味や理由を問うのは難しい。
人々はバラバラになった世界と世界開錠技術を前にして、理想の世界を作り出そうと躍起になった。それでも破壊しなければならないほど失敗した世界が数多く存在する。
この世界だって領主の思惑が外れたから寂れてしまって、スローライフどころかノーライフな世界になってしまっているのだ。
「さてと、村全体を回って生き物が残ってないか探しましょう」
「それってヒト限定? 虫やネズミも含むのか?」
「報告が面倒になるから無視よ」
「面白い冗談だな」
私がシローを睨むと、彼はアーと声を発して誤魔化した。
+ + +
探索といっても生命反応がないことは、世界をスキャンしたときに結果が出ている。
私たちの仕事は、スキャンのみで世界を破壊すると内部の批判がうざったいので、念のために見ておくだけ、というポーズでしかない。
結局、村人が住んでいたはずの家から人間はもちろん、ネズミやゴキブリの一匹も出てくることはなかった。
いい加減に飽きてきて、転がっている桶のようなものを蹴って遊んでいると、シローが話しかけてきた。
「その盾、重くないか? 持ってやろうか」
「身を守る装備を渡すわけないでしょう。それに重さは力よ」
数秒、シローが停止する。アー、はなかったが雰囲気で絶句してるのがわかった。
「盾って……防具、だよな?」
「そうよ」
背中に背負った大盾を片手で持ち上げて平気だとアピールする。
無名の大盾。彩度の低い濁った緑色、いわゆる青銅のような色をしているが、硬度は現存するどんな合金よりも、幻想のアダマンタイトよりも硬いとされる。証明はできないが。
少なくとも現在の技術では加工しようがない硬さなので、発見されたままの形で使い続けている。
硬いが肌触りが滑らかでひんやりしているので、抱き枕にすると気持ちよく眠れる。
「オレも大概よくわかんない存在だけどさ。九十九崎もわかんないよな、名前からして」
「私は単に強い人間ってだけよ。カテゴリもあやふやなあんたよりマシ」
「アンドロイドだってば」
私は過去や境遇を明かしたくないからいいとして、シローは素直なところがあるのに説明が下手すぎる。アンドロイドという言葉を覚えたから、それで誤魔化しているように思う。
埒が明かないので話を切り上げる。さっさと仕事を終わらせて寝ることにしよう。日を改めればシローも上手い説明が思いつくかもしれない。
私とシローは村人が住んでいた家を後にして、村の最奥部にドンと建つ館に目を向ける。
歩いているうちに見つけてはいたが、館はラスダンだから最後に回ろうとシローが提案したのだ。ラスダンって何だ。
「きっと領主が住んでいたのね」
「過去形?」
「……今更、人が見つかるなんて思えないもの」
「見つかったら、そいつが犯人だな」
館は白塗りの洋風で二階建て。村人まで集めてスローライフを始めてしまう領主が住むには、ちょうどいい大きさの館だろう。
領主がどんな人物だったのかは知らないが、世界を欲しがったあげくに崩壊させてしまうようなのは傲慢な年寄りに違いない。無論、偏見である。
館は鉄製の扉と石造りの塀に囲まれており、そこそこ広い庭も見える。
「番犬飼ってそうだよな、ドーベルマンとか」
「私は孫娘と遊ぶ大型犬がいいわ……それより閉まってるわね」
鉄製の扉には鎖が巻き付けられ、揺さぶるとガシャンと音が鳴る。簡単には開きそうにないが、飛び越えられない高さではない。
「あんたはこの高さ、越えられる?」
「う、うーん……自信ないな」
シローは微かに上を見上げる。横に回す動作は得意だが、上下の可動域は狭いようだ。
私は溜息をついて、背中の大盾に手をかける。
「――じゃあ、壊す」
破壊宣言と同時に、体内に宿る生体術式が一つ二つと起動していくのを感じる。
地面を蹴って扉を見下す位置まで跳躍し、両手に持った大盾を一気に振り下ろす。
圧力を加えられた鉄の扉は粘土のようにグニャリと潰れ、不細工な形状の鉄塊と化した。
「ふぅ、これでよし」
一息つくと、シローが無言で大盾をつんつんと突く。アー、と考える音を鳴らした後、諦めたように手を上げた。
「……質問」
「どうぞ」
「人間兵器って、馬鹿力って意味なのか?」
「どうして接頭語に馬鹿が付くのよ」
叩き潰した動作は単純だけど、体内で稼働した生体術式の行程は複雑である。私自身、理解せずに無意識で動かしているところもある。
筋力強化、硬皮化、反応速度の向上など基本的な身体能力は常時起動させており、必要に応じて更に上げたり、細かい能力を発動させる感じで運用している。
「簡単に言えば、人間の身体に戦闘能力をどれだけ詰め込めるか、一族郎党で実験して生まれたのが私よ」
「どんな実験したら、こうなるんだよ」
「最高に美味しいエンドウ豆を作る実験みたいなこと」
「アー、遺伝か。じゃあ、オレみたいに内臓に武器詰め込んでるわけじゃないのか」
「悪いけど、私は人間やめてないから」
「エー……?」
アーエーとうるさいシローを置いて、館の敷地内に足を踏み入れる。これまでと同じ、人気のない寂しげな雰囲気だ。
館の扉には鍵がかかっていなかったので、静かにお邪魔することにした。
玄関に入った私が目にしたものは、赤い絨毯の敷かれた広間、二階の部屋へ続いている豪華な階段、細やかな装飾の調度品。誰も住んでいないのがもったいないほどの眺めだった。
呆然と立ち尽くしていると、シローが遅れてやってきた。
「うわー、あの階段嫌いだ、オレ」
「何でよ?」
段差の歩行ができないほど低性能とは思えないが、一応聞き返す。
「手すり見ろよ。端っこに余計な装飾がついてる」
「ん、あの爪楊枝の頭みたいな?」
「あれがあると、足で挟んで滑り降りたときに男の大事な部分が潰れる」
「子供か」
真剣に聞いて損した。
私は溜息混じりに館の探索を始める。シローも笑いを堪えながらついてきた。ムカつく。
「あんた、もうギンギラギンのメッカメカだから。金のパーツはないでしょ」
「……面白くない冗談」
「でしょうね」
二人で部屋を一つずつ回る。分担した方が効率的だが、私もシローも何も言わなかった。
館は想像したよりも豪華な作りになっており、村で感じた寂れているような印象はない。
何泊したって飽きない客室、一人用とは思えない広々したベッドの寝室、黒の本革でふかふかしたソファが心地よかった応接室。
高価な品々に目を奪われながらも、興味なさげなシローのおかげで踏み止まることができた。勝手な持ち出しには厳しいチェックがかかると、頭では理解しているのだが、悔しい。
「おっ、偉そうな部屋だ」
シローが声を上げたのは、高級感のある書斎机がどっしりと構えている部屋だった。
「領主の仕事部屋かしらね……」
「机の引き出しに秘密の鍵が隠されてるぜ、きっと」
「あんたの知識って何なのよ」
争った形跡もなければ、荒された様子もない。多少埃っぽいので、人の出入りが途絶えたことは確かだ。
何も不自然なことはない。不自然なことはないのだが、それがむしろ気にかかる。
生命反応が消えたのだから、人がいないのは当然だ。しかし、人間は死んだからって消えてしまうわけではない。死体が残る。
その死体がこの村には残っていない。肉の破片も、血痕も、死臭すら嗅ぎ取れない。
「まるで……誰かが綺麗に掃除したような……」
カチャリ。
私が疑問を口にした瞬間、金属のぶつかる小さな音が鳴る。
シローの部品でも落ちたのかと思ったが、音の正体は彼が手にしている鍵だった。
「それ、どうしたの?」
「引き出し開けたら見つかった。地下牢の鍵って書いてある」
「地下牢、ねぇ……」
ふと、村中の死体が牢屋にすし詰めになっている光景を想像する。
なんてことでしょう。そんな凄惨な悲劇がこの平和な村で――あってたまるか。
「行きましょう。そして、帰りましょう」
「オー」
嫌な妄想を振り払い、鍵をカチャカチャと鳴らして遊ぶシローを小突き、問答無用で鍵を奪い取る。
地下への階段は一階廊下の突き当たりにあり、照明もなければ屋外の光も届かないので薄暗い。
私は家主になったような足取りで臆さず進み、真っ暗な地下室に着いて安堵した。
「……うん、何もない」
確認するような呟きを零してしまい、後悔して頭を振る。怖さを紛らわしているようで情けないからだ。
シローに聞かれていないだろうかと振り向いて――
「きゃっ」
「……えっ?」
怪訝そうに声を上げるシローの両眼が、地下室を照らすライトのように光っていた。
別に照らされなくとも気配や感覚で何もないことはわかっていたが、これでしっかりと地下室を見ることができる。
だが、今はそれよりも私に似つかわしくない悲鳴の弁解が先だ。
「きゃっ、って言ったか?」
「……眩しかったのよ」
「あぁ、それはごめん」
シローは特に追及することなく、地下室を照らしながら探索し始めた。セーフ。
地下室は思った通り、何もなかった。鎖に繋がれた骸骨の一つでも転がっていれば、邪推もできようものだけど。
「それにしても、何もねーなぁ……」
「私もそれが気になるのよね」
「何が?」
「死体がないことよ」
私が素直に疑問を口にすると、シローは考え込むようにアーと言った。
「野犬に食われたんじゃねーの?」
「野犬の死体がないわ」
「熊に食われたんだ」
「熊の死体がないわ」
「死肉愛好家に食われたんだな」
「死肉愛好家の死体もないっ! あのね、生命反応がないんだから……」
「わかった! 真面目に考える!」
私が怒気を帯びた声を出すと、気持ち悪いくらい素直に考えだした。
実際はそれほど怒っているわけではないが、都合がいいので黙って考えさせておくことにする。
私は何もなかった地下室を後にして、館の一階廊下に戻る。
「世界の狭間で集団失踪、とか」
「そういう事故が起こらないように、背景が描かれたガードウォールがあるのよ。綻びがあれば事前調査で見つかるはずだし」
「綺麗好きの殺人犯が山で自殺した、とか」
「村の住居は散らかり気味だったし、中途半端なのよねぇ」
シローの悩んでいる声を聞きながら、館の扉を開ける。微かに鼻腔をかすめる異臭に眉根を寄せる。
「気を付けて、何かいるわ」
「えっ、何が?」
警戒しながら外へ踏み出し、異臭の原因を目の当たりにする。シローが一言でそれを言い表した。
「犬だ」
犬。何十匹も犬。皆、目玉がぎょろりと飛び出し、息は荒々しく、今にも襲いかかってきそうな勢いである。
「番犬ね」
「雑種だな。というか、あれ……」
「ええ、腐ってるわね」
腐った獣臭。
飛び出した目玉がぎょろりと零れ落ち、それを落とした犬が自分の目玉を貪り食う。阿呆だ。
私たちは犬たちを興奮させないように、ゆっくりと扉の内側へ身を隠す。
「ゾンビって言うのかな、あの犬」
「だから、生命反応がなかったのね……どうして今まで気付けなかったのかしら」
「山にいたけど、餌が来たから下りてきたんだ」
「……餌って」
――私?
「オレは機械だから食われなくて良かったよ」
「あっそ。精々、ネジの髄までしゃぶられるといいわ」
生意気なシローに文句を吐き捨て、大盾を手に外へ飛び出す。呼応するかのように犬たちが群がってきたが、大振りで薙ぎ払う。
ぎゃんぎゃんと汚い吠え声が続々と犬を呼び寄せ、ざっと二十か三十のゾンビ犬に囲まれる。
面倒臭いが、大盾を振り回していれば、いずれ全滅させることが――――何だ、視線?
「子供?」
叩き潰した鉄扉の辺りでこちらを見ている十歳そこらの子供と目が合う。
この村で初めて見つけた人型の生物。否、この犬から想像する限り、あの子供も生きてはいないだろう。
何であれ、腐った犬よりも話が通じそうなので確保しなければ。あ、逃げた。
「ちっ、すぐに片付けるわよ」
「あいつを追うんだな、任せろ!」
「えっ?」
シローが腹部を開いて二挺の機関銃を取り出した。
「はぁ!?」
「当たっても平気か? でも当たるなよ!」
私はとっさにシローの足元へ転がり込む。間髪を入れずに頭上から耳をつんざくような銃声が轟く。
シローは狙いを一切つけず、機械の身体を存分に利用し、胴体部分を回転させて縦横無尽に銃弾をばら撒いていた。
いよいよ、人間らしさの欠片もない。しかし、周囲の犬っころが面白いように倒れていくさまは爽快であった。
数十秒で犬は全滅し、シローは射撃を止めた。弾切れしただけかもしれない。カチリと胴体を固定して、機関銃をその場に捨てる。
「捨てるの?」
「安物の古物だからな。銃身ボロボロだし、使い捨てだ」
「その構造で武器積んで……素人でもオカルトメカだってわかるわよ?」
「オカルトかぁ、そうかもしれないな」
私は立ち上がって土埃を払い、放り出した大盾を拾い上げる。
山の方向へ逃げた子供を視線で追う。シローを担いで全速力で追えば、何とか間に合うだろう。
「行くわよ」
「九十九崎、俺の正体思いついた」
「はい?」
「心と機械のアンドロイド、カッコイイだろ?」
わけのわからないことを言うシローを無視して、了解を得ずに持ち上げる。おぉ、と声を漏らしたが、抵抗する様子はなかった。
わざわざ入り口まで回ることもないので、山の方角に向かって塀を跳び越える。
子供の後ろ姿は小さくなっていたが、完全に見失う事態は避けることができた。シローのおかげか。
「シロー。あんた、つまり」
「おぉ、初めて名前を……」
「ポルターガイストね?」
「アンドロイド!」