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ワールドクラッシャーズ  作者: にのち
1. 無人村
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1.1 プロローグ、世界を壊しに行く

 世界を破壊するお仕事と言うと聞こえは悪いけど、私の機嫌も負けず劣らず悪かった。

 原因は一つ、数日前に相方になった自称アンドロイドがポンコツだからである。


「飲まず食わず、更に寝ず……暇だー、しりとりしようぜー」

「絶対に嫌」

「ケチだなぁ……あれ、ぜ、ぜ、絶対?」


 アンドロイドと言いつつ、生命的な部位は一つもないので、私はオカルトロイドと定義している。

 ただの人間に務まる仕事ではないので、何々ロイドだろうと丈夫ならば構わない。事実、頑丈さは評価できる。


「なぁなぁ、絶対に嫌の、や、から続けていいのか?」


 致命的なのはおつむが足りないことである。メカメカしい外見に相応しい頭脳を備えていないとは、何々ロイドの風上にも置けない。


「や、や、や……」

「優しいのに馬鹿って一番タチ悪いのよね」

「なぁ、わざとやってんの?」


 反省を自分の外側に求めるのは楽だが、それが改善につながる可能性は低い。

 よって、私は自らを省みることにした。あの日、私は何処で判断ミスをしたのか。


 彼と初めて出会った日、そして一つの世界を壊した日――



   + + +



 世界は一度、徹底的に破壊されている。


 遥か未来で起こった時空爆破テロは、実行犯すら予想しなかった規模で世界を破壊し尽くし、未来の世界に留まらず、過去の世界や異世界までもバラバラにした。

 それでもしぶとい人類がわずかに生き残り、世界滅亡は免れた。少し残念などと思ってはいけないのだろう。

 生き残った人類は未来の技術力を駆使して、全時間、全世界を検索し、少しでも再起が望める世界を求めた。

 結果的に単純な過去の二〇一五年がマシな形で残っており、現地に未来人が降臨し、凄まじい勢いで世界の修復作業が進められた。


 ――それが百年前。


 現在、二一一五年。

 薄くてペラペラな崩壊後の歴史を流し読みしながら、私は白い部屋で人を待っていた。

 憂鬱である。二年も一人でこなしてきた仕事に相方ができるということで、今はその相方を待っているのだ。

 しらばっくれて帰りたいが、この世界にはここしかない。別に私が寂しい人間で居場所がここしかない、という比喩ではない。

 ここは歴史に残る二〇一五年の百年後の世界だ。

 修復を始めたこの世界は原典世界と呼ばれているが、今では私が住む研究施設しか残っていない。外という概念はないので、外出しようとすれば私はなくなる。比喩ではない。

 バラバラになった世界は細分化されて、無数に存在している。中には大陸を有する世界もあれば、四畳半の世界もある。

 数ある世界の中で、ここは施設しかないだけの話だ。そして、施設まるごと居住区域というわけではないから、半日は逃げ回れる程度の広さはある。

 問題はこの部屋の主で、私の上司で、私が世話しなければ半日で死にそうな人が、研究施設の実質的な最高責任者であるということか。

 そして良いタイミングで、ぺたぺたとした足音を鳴らしながら彼女は現れた。


「はろーはろー、つくもっちゃん」

九十九崎(つくもざき)です。七園博士」


 七園陸海(ななぞのむつみ)。自称二十代だが、外見は大人びた中学生か幼い高校生がいいところだ。

 前髪は伸び気味、これは近いうちに切らねばならない。服装は何処かの学生服で、実年齢の怪しさに拍車をかけている。

 特徴は間延びした喋りと笑みを絶やさないこと。異常に笑う。人が死んでも笑う。


「連れてきたよー、相方」

「……本当に一緒にやらなきゃ駄目ですか?」

「つくちゃんは人見知りだなぁ、もう。偉い人が決めたことだから諦めてよ」


 七園家の人間なら組織の上層部の命令など突き返せると思うのだが、そんなことをこの人に期待する方が間違っている。

 私は溜息をつきながら博士の連れてきたという人を探すが、それらしき人間はいなかった。


「博士、相方は?」

「えっ、ここにいるじゃない」


 きょとんとした顔で横に従えているロボットを指差す。視界にはちらついていたけど、まさか、そんな。

 人型の男性タイプを目指して作られたと見えるが、剥き出しの銀色機関が我はロボですと自己主張している。

 中途半端にメカメカしい外骨格に覆われ、覗き見える内部にはチューブやコードがひしめく。

 その体型はマントやコートで隠せても顔面がいけない。ブルーライトの光を宿した目と爪切りのように硬そうな口。

 これはメカ。ロボット。連れていったところで壊れるに違いない。無駄。


「ロボットじゃないですかっ!」

「違うよー、本人はアンドロイドだって言ってるよ?」

「本人……?」


 不安を胸に抱いて、ロボットに視線を向けると、目のライトの照度が増したように感じた。


「ああ、オレはロボットじゃない。アンドロイドだ」


 口は微動だにしなかったが、機械の発する音ではない流暢な言葉が私の耳に届いた。

 音声合成技術もここまで来たかと思ったが、すぐに思い直す。そんなレベルの声じゃない。


「えーっと、中に人でも入ってるんですか。それとも人型通信機?」

「中の人なんていないよ。正真正銘のアンドロイドらしいよ?」

「見たところ生体的な箇所がないんですけど」


 突っ込んだ質問をしたためか、博士は面倒臭そうに笑って誤魔化す。常に笑顔なのでわかりづらい。


「まぁ、詳しくは本人に聞いて。お仕事の時間だよ」


 色々と疑問は残るが、七園陸海という人間を考えればおかしなことではないのかもしれない。

 彼女は未来人を祖先に持ち、父親は天才、兄弟姉妹も軒並み天才という呆れた家系の一員である。

 博士の専門はメカとオカルトという晩年の発明家みたいなもので、メカフランケン二十八号はトラウマになるほどの傑作だった。

 とにかく、七園家の人間はそういう非常識な存在なので、深く考えてはいけない。


「じゃ、世界開錠の準備しとくから、自己紹介でもしててねー」


 博士は人型ロボットを残して去っていった。あの人と真剣な話をしようとしたって無駄なのはわかっている。

 仕方がないので、目の前の理解しがたい物質に思考能力を費やすことにしよう。


「それで、アンドロイドですって?」

「うわ、猫被りしてたのかよ」

「博士は上司。あんたは相方でしょ、対等よ」

「へぇ、対等とは上等だ。オレはシロー、覚えやすいだろ」


 シロー、性格は明るいというより軽薄な印象が先に来る。

 カクカクとした機械音のですます口調ではないだけ、良い話し相手にはなるだろう。


「九十九崎、下の名前はないから覚えやすいでしょ」

「面白い冗談だな」


 ちょっとした軽口だと思われるが、金属的な無表情で言われると妙にいらつく。

 私が苛々を溜息で誤魔化すと、シローは意外なほど素直な反応をした。


「気を悪くしたなら謝るよ。オレ、何もわかってないからさ」

「私もあんたがわからない。存在がわからない」

「うっ……説明はするけど、元が十六歳の凡人だから、そこは考慮してくれよ?」


 私は今年で二十歳になるので、相手は年下の男の子となる。

 その情報一つで少しは優しくしてやろうと思うのだから、人間というのは単純だ。


「何処からどう話せばいいかな……」

「素人が順序立てて説明したところで支離滅裂だろうから、私の質問に答えるだけでいいわ」

「随分な言い草だけど、楽だからそれでいいや」


 やはり、口振りや態度は軽いが素直だ。なるべく素直さを伸ばしてやりたいと思う。

 私も何処からどう訊ねていいか悩むけど、まずは疑問から片付けよう。


「アンドロイドってどういうこと?」

「これだけ自然に話せるロボットなんているはずないだろ。生身だった頃の記憶もあるし」

「生身って、もしかして死んでるの?」


 死体と機械で作られたなら博士が言い淀み、シローがアンドロイドと言い張るのもわかる気がする。メカフランケンのトラウマが蘇り、思わず身震いした。

 しかし、シローに反応はない。それどころか停止したまま動かず、電池切れでもしたのかと眉根を寄せる。


「ちょっと?」

「あ、ごめん、考えてたんだ。死んではいないんだよなぁ」

「あんたが黙るとフリーズと見分けがつかないから気を付けて」

「わかった。アー――――」


 考えをまとめている間、停止したと思われないように声を出し続けているようだ。これはこれでうざい。

 私の耳がアーに慣れてきた頃、シローは気合を入れるように話を切り出した。


「よし、言うぞ。事故で死にかけたオレは直前に大事なものを見たらしく、生命倫理ガン無視で復活させられそうになったけど駄目で、偶然そこにいた七園博士の機械にオレの精神が宿ったんだ」


 今度は私がフリーズする番だった。


「おい、九十九崎?」

「……あ、ああ、何処から処理してよいやら」

「まぁ、今こうして動いてるわけだし、いいじゃんか。準備もそろそろ終わるみたいだ」


 シローがそう言って部屋の一角に顔を向ける。

 この白い部屋には、研究施設へと続く扉の反対側にも別の扉が設置されている。

 部屋の奥、金属製の重々しいドアにはランプが備え付けられ、赤色に光っている。建物の構造的にそれは外につながるドアだ。

 無論、ただ開ければ私たちが消えるだけだが、そんな間抜けなことにはならない。

 これはバラバラになった世界につながる扉だ。可能異世界実現ドア、七園家が代々携わってきた世界開錠技術である。

 簡単な話、このドアから別の世界へと旅立つことになる。


「このドアから異世界に行けるんだろ? 楽しみだなぁ」

「呑気なものね。私たちは崩壊寸前の世界を調査して、トドメを刺すのが仕事なのよ」

「へぇ……だから、何も知らずに来たんだってば」

「……壊れても責任取らないわよ」


 相方どころかお荷物だと思うが、憤慨するほど熱くなれるような性格でもない。

 私は壁に立てかけていた装備を手にして、ドアの前に立つ。シローが素っ頓狂な声を上げた。


「えっ、何その……鉄板?」

「盾よ」


 異世界から流れてきた暫定的には世界最硬の金属板。名称も定められてない無名の大盾。

 角が丸みを帯びた長方形で、人間一人分くらいの大きさはあるので重い。普段は背負って運ぶのだが、このドアを通るときは横に持たないと入れない。

 シローはアーと発声し、考え込んでいることを示している。


「アー、何もわっかんねー」

「確かにお互いの情報不足も甚だしいわね」

「せめて、何処に行って何をするのか教えてくれよ。オレの正体より大事だろ?」

「そうね……」


 私は読みかけのまま放りだした薄い歴史書の後半をめくる。

 世界は修復されていったが、平和になるにつれて問題が起こる。大幅に減った人類でも原典世界は狭すぎたのだ。当時の技術では宇宙開発もどん詰まりで、場所も資源も足りなかった。そもそも宇宙もバラバラになったし。

 そこに世界開錠技術の原案とともに異世界開発を提案したのが、七園陸海の曾お爺さん。未来人の七園であった。

 それからは異世界を含めた多世界の修復も進められ、少数の実験的先遣隊を派遣してみた後、偉い人順に異世界への移住が始まった。

 世界単位の領主制が始まったのもこの頃で、それらを束ねて管理しているのが異世界開発機関。私の所属する組織である。

 異世界の社会的発展を目的とした計画、管理を行う組織であったが、発展を望まない異世界契約が主流となってからは管理が主な業務となっている。

 つまり、我輩はこういう世界が欲しい、初期設定が済んだら余計な手出しは無用、という領主様が一杯いるということだ。理想の世界が欲しいなんて、我が侭も極まっている。

 数十年も無秩序に世界が振り分けられる時代が続き、その弊害は世界不足がちらついてきた今につながる。


「そこで異世界開発機関には、秘匿扱いされてる異世界破壊部門があるのよ。破壊と言ってもバグを潰して、責任者を取っちめて、再利用できるように整備する仕事だけど」

「オレ、秘密組織の一員になったの!? すげぇ!」

「……嬉しそうで何よりだわ」


 話をまとめよう。

 世界は未来の事件でバラバラにされたが、しぶとい人類が修復した。その上、バラバラになった多世界に移住するほど、たくましかった。

 しかし、無数と思われた多世界にも限界があったので、無駄遣いしちゃった世界を権力側が整理しようという話だ。


「まぁ、難しく考えるより、異世界の問題を暴力的に解決する仕事と思った方が気楽ね」

「へぇ。でも、その盾あれば安心だな。オレ、身体に遠距離武器詰まってるから、隠れて撃てばいいもんな」

「……人型ロボットに武器積み込むスペースなんてあるのかしら」

「アンドロイド!」


 そのとき、可能異世界実現ドアのランプが赤色から緑色に変わった。世界開錠準備、終了。


「行くわよ。細かい話は歩きながら話しましょう」


 今回は村単位の小規模な世界。その村から生命反応が消失したので、調べて何もなければ再利用する世界に認定される。

 何もないことを確認する仕事なので、面倒臭いこともないだろう。つまらない仕事だけど、シローの初仕事にはちょうどいい。

 私がドアに手をかけると、シローが機械らしくもないぼけっとした口調で呟いた。


「そういえば、九十九崎はただの人間っぽいのに、どうしてこんな仕事をしてるんだ?」


 原典世界出身なのに金髪碧眼の長身美女をつかまえて、ただの人間と言うか。

 どれだけ平凡で平和な世界で暮らしてきたのだろう。シローはこれから、どんなところに向かうのか理解していないはずだ。

 思わず笑みが零れ、大盾を持つ手に力が入る。


「私はね、史上最強の使い捨て人間兵器よ」


 私が大仰な台詞を言い放った後、異世界の地を踏むまでシローは黙り込んだまま反応がなかった。

 もしかすると、本当にフリーズしたのかもしれない。

 少し楽しい気分になって、相方も悪いものではない。そう、思った。

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