船
9、船
よく『趣味はなんですか?』と聞かれて、当たり前のように『釣りが好きなんです。』と答えると、大体の方は『じゃあ船に乗って釣るんですか?』と返してくる。
それだけ釣りにおいて船、というのは欠かせないものなのかもしれない。
確かに、海釣りだけにとどまらず、淡水の釣りでも湖での釣りなら、ボートを利用しての釣りが主流だし、磯釣りにしても本格的にやる人は沖磯まで船で渡してもらっている。
そうやって考えてみると、船を使わない釣りのほうが邪道なのかもしれない。
ボクは今まで、船を使った釣りはあまりしてこなかった。
それはなぜか・・・。
理由は単純である。
船酔いが酷いからだ。
ボクが本格的に釣りを始めたのは中学2年生の頃からなのだが、その頃は船釣りに憧れがあった。
素人考えで沖に出れば釣れる・・・というイメージがあったからだ。
それに青物なら、魚群探知機を使って追いかけていけば、必ず釣れる、と思っていたからだ。
そんなボクを父親は中学3年の頃、船でのアジ釣りに連れて行ってくれた。
ちなみにだが、ボクに釣りを教えてくれた父親だが、彼もまた船酔いが酷く、そういう理由で船釣りはしておらず、磯釣りしかしない。
その時は会社の付き合いで船を仕立てたらしく、その釣りにボクも参加できたというわけだ。
その日のアジ釣りは非常によく釣れたのを覚えているが・・・それ以上に船酔いが最悪だったのも覚えており、船が港に帰る途中で、『これからは磯釣りだけにしよう。』と決意したという記憶の方が鮮明である。
そういう出来事があったからボクは今まで船釣りはやったことがなかった。
船に乗って釣りをする・・・ということはイコール船酔いをしに行っている・・・というイメージが離れないボクはボートでの釣りでも酔うような気がしていた。
そんなボクが船を使って釣りをし始めたのはつい最近で、一番最初は湖でのワカサギ釣りだった。
湖でのボート釣りは思ったよりゆれなかったので船酔いはなく、しかもワカサギも順調に釣れたので楽しかった。
ボクはワカサギを釣ることにはたいして興味はなく、ニジマスが釣りたかったのだが、こちらも数匹釣れたので満足な一日だった。
しかしこれによってボクの船釣りは解禁になったわけではない。
まず、船釣りというのはボクにとっては敷居が高い。なんか船長や他の釣り師に怒られそうな気がする。(もちろん実際にはそのようなことはほとんどないだろうけど・・・。)
そしてやはり船酔いが心配。
以上のことからボクは船釣りをしないでいた。
そんなある日。
友人からワラサが釣れるので行こう、という誘いを受けた。
ワラサというのはブリの一つ手前の魚で、出世魚であるブリは成長に伴って名前を変えていき、関東ではワカシ⇒イナダ⇒ワラサ⇒ブリと名前を変えている魚である。
ワラサはブリの一つ手前まで成長した魚なのでゆうに60センチを超えており、引きも半端な引きではない。
ワラサが釣れるというのは非常に魅力的ではあったのだが、やはり船酔いがボクには不安だった。
『いや・・・船酔いが・・・。』
とボクは言ったのだが、友人が言うには酔い止め薬を飲めば、ほぼ酔う事はない、ということだった。
とりあえず、その言葉を信じてボクは酔い止め薬を購入しワラサ釣りに行くことにした。
船釣りは基本的に朝が早いのだが、それに関しては通常どんな釣りでも朝早くでかけるので問題はなかった。
船宿で竿などを借り、仕掛けは市販のものを購入して、エサも現地で購入し、いざ船が出発するという時間には日は上がっていた。
船に乗り込んですぐに薬を飲んで、ポイントまで船が行くまで船に揺られながら待った。
その日は海が荒れており、船の揺れはすごかった。
仕掛けを海に投入したあたりから、ボクは船酔いをし始めてきた。
なんか気持ち悪くて、まともな判断ができない感じだった。
それでもガマンしながら釣っていたら、ボクが持っている竿が大きくしなって、電動リールの糸がどんどん出て行った。
いつもなら興奮してやり取りするところだったのだが、そのときは違った。
もう気持ち悪いのが先行してやりとりどころではなかった。
ただ・・・二日酔いに比べれば、まあ、耐えられないこともないかな・・・と言う感じではあったが、とにかくそのときの気持ち悪さと言ったらもう釣りどころの騒ぎではなかったのだ。
結局、やりとりもほとんど出来ないまま、ボクはワラサをばらしてしまった。
その後、遅まきながらも薬が効いてきたらしく、気持ち悪さがなくなってきた。
ただ、船酔いがそうやっておさまってきた時には、すでに時遅し・・・。それからは魚信は一回もなかった。
つまり酔い止め薬を飲むタイミングが遅すぎたのだ。
この釣りで分かったことは一つ。
つまり酔い止めは効くということ、そして船釣りは釣れるということだ。
これからは船での釣りも積極的に挑戦していきたい・・・とは思ってはいるのだが・・・いかんせん船は敷居が高く、船酔いがなくとも気の小さなボクは船長や他の釣り師から何らかの理由で怒られてしまうことを恐れて、なかなか船での釣りはいけないでいる。
船釣りを一人でも楽しめるようになるのはいつごろになるのか・・・。
自分自身でも分からないのだが、もう何回かは友人に連れて行ってもらおうと思っている。