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腰越での惨劇

中学時代から今に至るまでボクにはお金がない。

ないと言っても生活に困るほどではないが、釣りのための満足な資金はないというのが正直なところだ。

それでボクは今まで、それなりに工夫を凝らしてきた。

その工夫の一つが、壊れた竿を継いで自作の竿を作ることである。


これが案外、不器用なこのボクでも簡単にできてしまう。

もちろん、そんなに上等なものはできない。

元々、購入した竿が安価なものが多いのだから、安価な竿が壊れて安価な材料で修理して……それ以上に良いものができるわけがない。


まあ、ただ……釣りには支障のないものならそれなりにできる。


だから中学生の頃には、壊れた竿を継いで自作の竿を何本か作ったりもしていたが、高校を卒業し専門学校も卒業し、仕事に就いたボクはそんなことをしなくても新しい竿が買えるぐらいの経済的な余裕ができていた。

もちろん新しい竿が買えるといっても良いものが買えるわけではない。

ただそれでも折れた竿を継いで使うという必要はなくなったということだ。


高校を卒業してからもボクは、高校の頃の同級生と1年に数回は会っていた。


専門学校時代の友人は埼玉在住の人間が多かったので会うのも一苦労だったし、仕事をしてからは職場の人間とプライベートまで同じくするという感覚は若かったボクにはなかった。

仕事が苦痛でしかなかったボクは、職場の人間と何かをするということは、たとえそれが釣りであったとしても仕事の延長のように思えてしまい、しんどかったのを覚えている。


ちなみに今ではその感覚はあまりない。


さて……高校時代の友人と会うのは大抵、長期休暇の時期であり、お正月やお盆休み、そして5月の長い連休(ゴールデンウイーク)が主だった。

そして、会って何をするかと言えば、それはそのときのボクらのブームにもよる。

だけど平均して毎回やるのは釣りである。


その日は3人で腰越漁港に釣りに出かけた。


保田くんと多田くんである。

このコンビ。

高校時代の成績のトップと最下位なのである。

うちの学校のレベルを考えるとトップと最下位と言っても差はたかが知れている。

だけどもなんだかトップと最下位が仲が良いというのは実に面白いものである。


釣りに対するアプローチも二人は対照的だった。


学年最下位の保田くんは興味のないことは徹底して何もやらない。

だから仕掛けの作り方も覚えない。

釣りというものに興味がないので釣りに関する知識を身に着けようとは一切思わないのである。

だからいつまで経ってもうまくはならない。

これは趣味だから別にそれでもいいのだ。


だが……

学年トップの多田くんは違った。

釣りに興味がないのは彼も保田くんと同じだった。

しかし遊びとはいえ、やるのならちゃんと学ぼうという姿勢がある。

彼は仕掛けの作り方を数回の釣行で覚えてしまった。ウキ釣りのやり方もそれなりに糸を絡ませることなくできるようになったのだ。

そして彼はのちに大物を釣ることになるのだがそれはまた別の機会に……。


釣りは遊びである。

興味がないことに対して無理に覚えようとしないのは至極当然なことで保田くんの反応が悪いわけではない。しかし同じ興味がないことでもちゃんと学ぶ意欲を持って事に当たる多田くんと興味のないことは一切学ぶ気のない保田くん。

この辺が学生時代の成績の差を分けたのではないかとボクは今でも思っている。


さて、このころのボクの釣りの腕前なんかたかだか知れていた。

友人との何度かの釣行も、釣れないことの方が多かった。

否。多かったではない。全く釣れなかったと言った方が正解なのである。


何がいけなかったのか?


正直、どんな釣り方をしていたかは忘れてしまった。

この頃は中学時代の釣りがまだ頭の中に強くあったので常に黒鯛を狙っていたのは間違いない。

黒鯛を狙って……と言ったが、まずその時点で当時のボクはブレているのだ。

つまり本命は黒鯛なのだけど、あわよくば他の魚も釣れたら面白いな……などと考えて、数本の竿に仕掛けを作り、海に投入するのである。


魚釣りというものはたくさん仕掛けを海に投入したからと言って釣果があがるものではない。

なんとなくたくさん仕掛けを投入した方が釣れるような気になってしまうがそれは気のせいである。

一本の竿で場所にあった仕掛けを使いじっくりと腰を据えて釣りをすればそれなりの釣果が得られるのである。


それで釣れないときは釣り方が場所に合っていないか合っていても条件が悪かったか……ということである。また初心者にありがちな間違いではあるが、魚がいないところで釣りをしても釣れない。

魚がいないところで釣りをする……そんなバカなことをするわけがない……と読者の皆さんは思うかもしれない。しかしそんな笑い話のようなことを案外やってしまうものなのだ。

つまり素人は魚がどんなところに住んでいるか、そしてどこでエサを食うのかということを熟知していない。

だから魚のいないところでずっと竿を出している……ということがあり得るのである。


いずれにしても、そんなにたくさんの仕掛けを海に投入したからと言って釣果が上がるわけがないと言うことに気づいたのはつい最近であり、あのときはバカの一つ覚えのように3本か4本ぐらい竿を持っていって釣りをしていたのである。


3本竿を出そうと4本竿を出そうと……釣れないときはまったく釣れないのが釣りである。


ボクが持っていった竿の中の前述した、中学時代に継いで修理した竿も持っていったのだが、今回の釣りで何かの拍子にポキリと折れてしまった。

まあ修理して使い続けていた竿だったので、そんなに残念な気持ちはなかったのだが、とにかくその竿を捨てるのがめんどくさかった。

それでボクはかなり横暴な手にでた。


『保田くん。いいものをやろう』

『いいもの?』

『ほれ。この竿だ』

前述の通り保田くんは釣りにはまったくもって興味がない。

まして折れた竿などいらないに決まっている。

だけども保田くんならなんとかなるだろうとボクは強引に話を進めた。


『え?いらないよ』

『そう言わずに、ほら、物は悪いものではないんだよ』

『いや、物がいいとか悪いとか言う問題ではなく……』

『見てみろよ。途中から色が違うだろ。これはより良い穂先を追求するためにあえて変えたんだ』


違う。普通に折れたから余った竿から穂先を継いだだけである。


『そうなのか?でもなあ……』

『これからだって釣りに行くだろ?』

『行かない』

『いや、行く。ボクが誘うから』

『まあ……誘われたら行くけど……』

『だろ。『my竿』……持ってるといいと思うんだよね……』

『でもなあ……』

『まあ、そういわずに受け取れよ。』

『てゆうか……これ壊れてるんじゃ……』

『小さいことは気にするな!』


保田くんは持ち前の押しの弱さで壊れた竿を受け取ることになった。

それにしてもまったくろくでもないことをボクはしていたもんだと思う。ちなみに今ならこういうことはしない。冗談で言うことはあっても、本気ではやらない。

ただこういう悪乗りは若気の至りというもので勘弁していただけるとありがたい。


保田くんに竿を押し付けて、しばらくボクは多田くんと釣りをしていた。

早くも保田くんはやる気をなくしており、テトラの上を歩いて暇つぶししていた。


ちなみにテトラは危険なのであまりうろうろしない方がいいのだが、まあ保田くんも大人だしそのぐらいのことは知っているだろうと思ったのでボクは何も言わなかった。

保田くんはテトラとテトラの間をジャンプするという危険極まりないことをしていることは、見ていなかったが背中から聴こえる保田くんのかけ声で分かった。

『うりゃ!!』

『保田くん危ないからやめときなよ』

一応ボクはそう言った。

そのとき……。


『そりゃ!! あっ!!』

確かにそのとき……

カラン……コロン……ボチャン!!

と何かがテトラに当たりながら落ちていく音がした。


ボクと多田くんは同時に後ろを振り返った。


『なんでもないよ。なんでもない!!』

保田くんは大げさに両手を前につきだして言った。

彼の手にあったはずのボクが強引に渡した竿はなくなっていた。


ああは言ったものの、どうせいらないものなのだからそんなにあせらなくてもいいのだが、なぜか保田くんはあせっており何かを隠していた。


何を隠しているのかは一目瞭然だった。


ボクは面白くなって笑いながら言った。

『どうしたの? なんか音がしたけど……』

『あ……いや!! なんでもないよ!!』


すると多田くんも言った。

『なんか捨てただろ?』

ボクは落としたと思っていたが、多田くんは捨てたと思っていたらしい。

いずれにしてもボクが自分で修理して、さらにまた壊れて修繕不能になった竿はあわれにも海の底に旅立ってしまったのだ。


それは本当に一目瞭然だった……。


保田くんが竿を落としたことを認めたのはその数分後だった。

それにしてもなぜ保田くんが竿を落としたこと認めようとしなかったのかは未だに謎ではあるが、恐らく彼としては、状況からしてどう説明しても『捨てた』と思われるのが嫌だったのかもしれない。

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