ボクの奇妙な釣行記②
気が付けば海にいた。
今まで何をしていたのかは覚えていないけど、目の前は海だ。
なんで海にいるかは分からない。
ただ、釣りをしていることは分かる。
気が付けば小さな堤防の上でボクは一人で釣りをしている。
この堤防。
どうやらどこかの沖堤。
おかしい。
ボクは渡船を使って沖堤に行ったことなどない。
噂には聞いたことがある、あのクロダイが釣れる沖堤に自分はいるのだろうか。
海を見ながらぼんやりそんなことを思う。
仕掛けはぶっこみ仕掛け。
錘をつけて少し遠くに投げてのんびりと魚がかかるのを待つ釣りである。
エサは何を使ったんだっけ……。
空を見上げると快晴。
青い空が広がっている。
少し陽ざしがきつい。
『よいしょ』
掛け声とともにゆっくり地面に座る。
この堤防は波止というよりも大きな橋の橋脚の土台部分だ。
その上を車が走っている。
この橋は首都高を走るあの橋なのだろうか。
今、ボクがいるところはその真下だ。怖いような気もするが、不思議とそういう意識はない。
よく考えてみると……こんなところに船はつけるのだろうか。
まあ……細かいことを考えるのはやめよう。
橋脚を背に海を眺める。
ずっとこの時間が続けばいいのに……。
いつも釣りをするとそう思う。
釣れない時間はなんだか時間が止まっているような感じがする。
気持ちもゆったりとなぜか余裕がある。
ふうう……
深呼吸をする。
少し冷たい空気が身体に入ってくる。
ふと気が付けば、竿先がグングンと揺れて魚がかかったことを知らせている。
魚信だ。
軽く竿をあおって、アワセを入れる。
手元に重い手ごたえが伝わってくる。
『お!! 大きい!!!!』
すごい引きで奥にぐんぐん仕掛けを持って行くような魚の動きがたまらなく心地いい。
せっかく仕掛けにかかった魚はなんとしても釣りあげたい。
魚が元気なうちは引っ張り合いをしてはいけない。だからある程度の力がかかれば自動的に糸が出ていくように調整できるドラグという機能がリールにはついておりそれを緩めたり閉めたりすることによってかかった魚とうまくやりとりをする。
ここで糸を出しすぎて海底に潜ろうとしている魚を自由にしてしまうと、海底にある岩陰に魚は逃げ込んでしまう。
いわゆる……根に潜られるという状態だ。
そうなると釣り糸が岩にこすれてしまい切れてしまうのだ。
そうならないようにボクは竿を立てて、竿の弾力で魚と勝負する。
この竿の弾力が負けてしまうようなら、ここは釣り人の負け。
もう少し魚の力に耐えうる竿と糸を準備するべきだったということだ。
しかし魚が反転し奥に向かうのをやめたら釣り人の勝ち。
引っ張り合いはしてはいけないのだけど、根に潜られてもいけない。
かかった魚とのやり取りは実におもしろいし奥が深い。
魚は反転しゆっくりと今度は沖に走り出す。
沖に行く分には問題ない。
糸が出る限り、沖に走らせて魚を疲れさせる。
抵抗を続ける魚も5分もやり取りをすれば疲れてくる。
そうするとこっちのものだ。竿を立てながらゆっくりリール巻いて魚を岸に寄せていく。
海面に魚が浮いてくる。
??
浮いてきた魚は赤くて大きい……
鯉だった。
え?
ここ海だよ。
よく引くなあとは思ったけど海に鯉なんかいないはずだ。
いや生命力の強い鯉なら海水でも生きていけるんじゃ……。
そんな突拍子のないことを考えながらもタモを使って魚を救う。
ずしりと重たい魚の重みが手に伝わってくる。
50㎝はあるだろうか。
ああ。
これがクロダイだったらなあ。
それにしてもここはいい釣り場だなあ。
ボクは空を見上げた。
すると空はなぜか茶色い。
そして木目が見える。
天井だ。
ああ。
また夢か。
おかしいと思った。
そもそも海で鯉が釣れるわけないじゃないか。
いや……ちょっと待て。
今のは赤くて大きかった。
もしかして鯉じゃなくてコブダイだったのでは……。
あの強烈な引きならその可能性がある。
『あれはコブダイだったと思うんだよね』
早々に起きて朝食の席について、ボクはかみさんに興奮気味で話した。
『ふうん』
釣りをしない彼女はまったく関心がないようで空返事をした。
まあ、そんなもんだろうと思いながら、手の感触を確かめるボク。
夢でもあの引きは強烈だった。
あんな魚を釣ってみたい。
たぶんあの魚はコブダイだったに違いない。
『あのさ……』
かみさんが不思議そうにボクを見て話す。
お?
なんだなんだ?
釣りに興味を持ちだしたか?
『それ釣ったことあるの?』
『…………』
確かにボクはコブダイを釣ったことはない。
夢に見た魚は鯉みたいな赤い魚だけど真鯛ではなかった。
あれは一体何だったのだろう。