夏の夜の夢
夏になると暑くなる。
まあ……当たり前の話である。
この季節は暑くて、汗はだらだら流れるし、逆にエアコンを強くしすぎて身体が冷えてしまったりと実に厄介な季節ではある。最近ではそうでもなくなったが数年前までは毎年のように夏風邪を引いてしんどい思いをしていたし、年齢を重ねて30代を超えたあたりから、年々……夏がしんどく感じるようになってきている。
夏は苦行である。
若い頃は夏の暑さが楽しくて仕方なかったのに……
暑い中、汗をいくらかいても平気だった。暑いというよりも楽しいという感覚の方が強かった。
それは多分、学生時代の長い夏休みのおかげだったのかもしれない。
いつの間にか大人になって夏休みが長い休みという概念がなくなってから、夏が苦行に感じるようになったのだから、こういうことはあながち年齢のせいでもないのかもしれない。
ただ、どんなに暑くても釣りは楽しいのである。
逆に……
季節問わず、仕事は苦痛なのだ……
人間というものは勝手なものだと思う。
てゆうか、もしかしたらこう強く感じるのはボクだけなのかもしれない。
昼間は暑い。
だから涼しい夜に釣りに行く……
というのが定説ではないかと思うがボクの場合は違った。
夜しか釣りの時間がとれないのだ。
社会人になると昼間からそうそう釣りに行けるわけもない。
休みの日は休みの日でそれなりにやらなければならないこともある。
部屋の掃除や洗濯をしたり、おかずの作り置きをしたりと……。
一人暮らしは案外、忙しい。
だから時間がないという理由で釣りの時間を夜にするということが独身時代は多かった。
そう考えると結婚して家庭を持ってからの方が余裕をもって釣りを楽しめているような気がしないでもない。
話を元に戻す。
夜釣りは、当たり前の話だが周りは暗い。
だからデコライト、つまりゴムバンドで頭に固定できるライトが必須になる。
これを忘れると釣りにならない。ただ熟練した釣り人の中には、暗闇の中でも仕掛けを作り、釣りができるという強者もいるらしいが、当然ながらボクにそんなことができるわけもないし、チャレンジしようとも思わないから、やはりデコライトは忘れないように持っていくようにしている。
そもそも、デコライトがないと足元が見えず、転落の危険もあるので仕掛け云々の話ではないのだけど……。
暗い中、仕掛けを作る。
そして海に投入する。
夕方から釣りがしたいのだが、ボクが釣り場につく頃はあたりは既に真っ暗になっており、日が沈む前の魚が一番動いてエサを追う時間はとっくに超えていることが多かった。
と……いうことは……だ。
結論から話をしよう。
釣れないのである。
釣れないというのは少々語弊があるかもしれない。
というのも釣れている人もいるからだ。
もっと端的に言えばうまい人ならそれなりに釣るのかもしれない。
分かりやすく言えばボクが下手なだけなのだ。
とはいうものの魚が一番釣れる時間帯を逃してしまうと、釣れる可能性は低くなるのは間違いない。
釣れる可能性が低いのにも関わらず腕が伴っていないから、なおさら釣れないのである。
はああ……
今思い出してもため息が出る。
でも釣れるかもしれないという何の根拠もない妄想を抱きながら暗い堤防に行くのである。
釣れない話ばかりしても仕方ない。
こんなボクでも釣れた日もあるのだ。
『え? そんな時あったっけ??』
と遠慮なく言うのはうちのかみさん。
ボクが『釣りに行く』というと『釣れるの??』と懐疑的な顔をしてくる。
懐疑的ならまだしも……嫌な顔をされる時もある。
いや、しなければいけないことはすべてやってから行くのだ。夜釣りぐらい気持ちよくいかせてほしいものだ。どうせ家にいたところで、テレビのチャンネルをめぐって喧嘩になるだけではないか。
亭主元気で留守がいい……
なんて言葉はうちのかみさんには通用しないようだ。
ただ夜釣りに行っていたのは実際には独身時代から新婚の頃にかけてであり、結婚してから新婚の頃にかみさんにうるさく言われてからは夜釣りには行かなくなった。
実は……
独身の頃は夜釣りをしながら一人堤防の端で座って魚信を待っていたりすると、ちょっと寂しく感じるときもあったのだ。
自分はずっと一人なのだろうか……
こんな風にして一生を送っていくのだろうか……
魚が釣れても話す相手がいないのはどうにも寂しいなあ……
暗い海を眺めながらそんなことを考えていた。
まあ……いろいろ考えていたのだけど分かりやすくいえば『彼女がほしい』ということだった。
そんなボクが、結婚した後は独身の頃は好きなだけ釣りに行けてよかったなあ……などと考えているのだから実に愚かな話である。
さて話を元に戻そう。
夜釣りで釣れた魚の話だ。
別に狙っているわけではないけど、うまくするとスズキなんかが釣れたらいいなあ……なんて思いながら投げ釣りの仕掛けにアオイソメという少し気持ちの悪いミミズに似た虫エサを付けて海に投入してひたすら魚信を待つという釣りをボクはよくやっていた。
ほかにも釣り方はあるのだけど、なんとなくこのやり方はのんびり釣りができるやり方なので好きだった。
それなりにこのやり方は釣れることも多い。
カサゴやメバルがちょいちょい釣れるのは嬉しかった。
すっかり暗くなった堤防でクーラーボックスに腰掛けながら潮風にあたり、夜の海をじっと見つめる。
周りには何の音もなくただ潮騒が響くだけ。
一人で釣りをすると、長時間釣れないとなると飽きてしまう。
『お、阪神勝ってるやん!』
釣れない時間帯に、携帯電話で野球の速報を確認して阪神が勝っているのを確認してしまうと、もう帰りたくなってしまう。さっさと家に帰って自宅でエアコンの効いた部屋で冷たいビールでも飲みながら野球でも見たいなあ……なんて思ってしまうのだ。
そんな時でも同行者がいれば我慢できるのだけど、一人で釣りをしていると、早々に帰り支度をすることも少なくない。
いつもは……そんなんだからヘッポコ釣り師なのだ、という突っ込みを自分に入れているのだけど、今回に関しては、そもそも釣れる時間を逃して釣りを始めているから、スタートで間違っているのだ。
早々に引き上げるのは正解であると思っている。
ただ釣れない時ばかりではない。
もう帰ろうかなあ……
野球も見たいしなあ……
そんな風に飽き始めた頃にそれはやってくる。
置き竿にしていた竿の先が……
グングングン!!!
と軽く動く。
明らかに何かが、エサに食いついた動きである。
期待に胸を膨らませながらボクは竿を持ち上げて仕掛けを回収する。
手には魚の引きを感じる。
なかなかの重さもあるし、引きも強い。
おお!!
なんだろ!!
クロダイかなあ!!!
と調子のいいことを考えながらやり取りを楽しむ。
ゆっくり仕掛けが海面に上がってきて魚が見えてくる。
何だか長い魚だ。
え?
魚??
ヘビっぽくね??
ん??
んん??
ヘビだったら嫌だなあと思いつつボクは海面から仕掛けを引っこ抜く。
ものすごく重い。
それでも3mの投げ竿であれば海面から魚を引き抜くのも、簡単にできてしまう。
『よいしょ!』
ついついそんな掛け声をあげる。
そうでも言わないと夜の少し視界の悪い中、得体の知れない魚を釣り上げるのは怖いのだ。
まあ……
こんな書き方をしたが釣りをしたことがある人なら何が釣れたが予想がつくだろう。
釣れたのは……
ボラ……
……ではない。
アナゴである。
へええ。
アナゴ。
いいじゃん。
美味しいし。
最高じゃん。
と思ったそこのあなた。
確かにアナゴは高級だし、美味しい。
でもそれはちゃんと調理ができる人に限るのだ。
ボクもアナゴを裁くことはできるのだけど、どうやって調理したら美味しいのかよく分からない。
釣れて持って帰ったことがなんどかあるが、とにかく身に弾力がありすぎるのだ。
しかも小骨が多い。
しつこいようだけどちゃんと調理できる人が持って帰れば美味しい魚なのだ。
しかしボクのような生半可な知識と実力しかない釣り師が持って帰ってもどうしようもないのである。
しかもだ。
とにかくアナゴは気持ちが悪い。
ボクはヘビが大嫌いなのでこういう長い感じの魚も好きになれない。
そしてこいつが無害な奴なら別にたいしたこともなく締めて持ち帰るのだけど、アナゴは噛みつくのである。噛みついて身体をぐるぐると回してくるので下手をすると指が大変なことになることも少なくない。
そもそもボクはこんな気持ち悪い生き物にかまれたりはしたくないので、魚掴みを駆使して針を外して海にお帰りいただくようにしている。
このようにボクの堤防での夜釣りに関してはろくな思い出がない。
もちろん釣りが大好きなボクは釣りをしているだけで幸せなので、夜釣りもいい思い出の一つではあるのだけど、できればアナゴではなくてほかの魚が釣れると嬉しい。
アナゴは醤油とみりんで煮ればいいのかな……と思うことはあります。