道具にこだわることはいいことなのか否か
『下手の道具調べ』とか『弘法筆を選ばず』などという言葉がある。
つまりは下手な人ほど自分の腕の悪さを道具のせいにしがちであるということわざで腕の立つ人はどんな道具を使ってもそれを使いこなすものであるという意味だ。
以前にネットで釣り竿や道具を写真で上げている投稿に対して、『下手なのにいい道具を使うな』という意見を見かけたことがある。
たぶん、その意見を言った人からすれば、こういうことわざから端を発して、そのような意見を言ったのであり、道具よりも前に腕を磨けと言いたいのだろう。
はっきり言って大きなお世話である。
人が趣味でやっているものを揶揄するのはいかがなものかとボクは思う。
ただ……釣りに関して、ボクは今まで基本的に道具にはこだわらなかった。
それでも釣れない理由を道具のせいにしたことはない。
というのは、そもそもボクが釣れないのは道具のせいではないからだ。
元から腕が悪いし、釣れないと飽きてしまうというのが釣れない一番の原因である。
もう分かっている。
だから道具云々の話ではない。
しかし……釣りの種類のよっては道具を変えなければならないことは釣り人ならだれでも分かると思う。
高校を卒業して千葉県の外房にある大原という場所に2人の友人と3人で遊びに行った話は以前にしたと思う。
あの時は海に出たら外海に面する堤防が先行者でいっぱいだったので漁港の内側で釣りをした。
釣れなかったという話は以前にしたので割愛しようと思う。
とにかくこの日は一緒に釣りに行った友人の一人である保田くんに竿を折られるわ……魚は1匹も釣れないわ……予定したキャンプ場は行った時間が遅くて入れないわで散々だった。
結局宿泊したのは房総半島の内陸側の『総元』という場所だった。
大原で釣りをしたボクらはいすみ鉄道に乗って『大多喜』という駅で降りた。
そこにキャンプ場があったのだが、上記の通り……時間が遅くて入れなかったのだ。
陽が暮れ始めた夕方に知らない土地で宿泊できないかもしれないというのはよく考えてみると非常に不安ではあるが、あの時は若かったので、ちょっとしたハプニングも逆に楽しかった。
結局、大多喜駅の横にあった観光協会で宿を調べて、『総元』にある民宿に行くことにしたのだ。
いすみ鉄道は今でこそ非常に有名なのだけど、当時はそんなに有名ではなかった。
でも、ただとにかく景観が綺麗だった。
美しい山の風景に当時はまだ若かったボクの心は癒されていくのが分かった。あの時、ボクは社会に出て仕事を始めたばかりだったから、気持ちが少ししんどかった。だからそんなちょっと辛い気持ちの時に、高校時代の友人たちと眺めた山の風景を、実は未だに忘れられないでいる。
できれば一生こういうところで何も考えずに生活したい……などと馬鹿なことを考えたりもした。
夜は宿でTRPGを楽しんで、昼間はずっと宿にいるわけにもいかないからどうしようかという話をしながらも宿を出て外に行く。
総元には養老渓谷という美しい渓谷があった。
橋から下を眺めると川が流れており、魚が見える。
『お! 魚いる!!』
3人の中で一番釣りが好きなのは何を隠そう……いや隠さなくても分かるだろうけどこのボクだ。
他の二人はそうでもない。
しかし、こんな房総の山奥でできることと言えば山菜採りか魚釣りしかないことに二人も気づいていたのかどうかは分からないが……
誰がともなしに『ここで釣りすっか』と言い出した。
誰が?
いやたぶんボクである。
他の二人が言うわけがない。
魚が見えると釣れるかもしれないという気持ちがむくむくと湧き上がってくるのは狩猟本能の成せる業なのか……この時にはボクだけでなく他の二人もノリノリだった。
『よし』
ボクら三人は川べりに下りれるところを探して釣りをし始めた。
話がそれているなあ……ともしかしたら賢明な読者は感じているかもしれない。
話はここで道具の話に戻るのだ。
というのも……
ボクら3人は海釣りの道具しか持っていなかったのだ。
もちろんエサは地元の釣具屋に行って購入した。
そして仕掛けもちゃんと川釣りのものを購入。ついでにちゃんと遊漁券も購入。
遊漁券というのは漁協が発行するもので、簡単に言うと漁師さんの邪魔をせずに遊びの釣りをさせて下さいという有料の許可証のようなものだ。
そこまで気合を入れて川で釣りをしたにもかかわらず……だ。
『釣れないなあ……』
ボクか保田くんのどちらかがつぶやいた。
もう一人の友人でもある多田くんは黙々と仕掛けをポイントに入れている。
下に魚はいるのだ。しっかり泳いでいるのが見える。
にもかかわらず釣れる気配がしない。
『おかしいなあ……』
おかしくない。
道具が悪いのである。
魚釣りというのは仕掛け全体のバランスが悪いと釣れる魚も釣れないことが往々にしてあるのだ。
この出来事はその最たるものであるが、当時はそんなことなんか分からなかったから、『なんで釣れないんだ』とか『おかしい』とか言いながら一日を過ごした。
まあ……それはそれでいい思い出である。
実は……道具を選ぶ必要があることに気づいたのはごく最近である。
てゆうかこんなに長く釣りをしているにもかかわらず、今更それが分かるというところがボクのヘッポコなところなのである。
逆に言えば、ボクが村越正海さんのようにすごい腕前の釣り師だったらこのエッセイも成り立たないので、まあ下手の横好きでもそれなりに楽しめればそれでいいのではないかと思うところもある。
さて、道具の大事さだが、なぜ知ることができたかと言えば、今までやらなかった釣りをやるようになったからである。
例えば管理釣り場でのニジマス釣りなどは今までなら歯牙にもかけなかった。
そして始めた時も水面を覗き込めばニジマスがウヨウヨと泳いでいるのが見える場所での釣りで、釣れないわけがないと思っていた。
ところがだ……。
これがあり得ないぐらいに釣れない。
当時、ボクが持って行った道具がまた適当な道具だったのだ。
とにかくボクはなんの釣りをするにしてもあるべく安くあげようとする。
万年金欠であるのがその大きな理由なのだが、それでもそれなりに道具にこだわることはできるのだ。
ニジマス釣りにおいて一番重要なのは何かと問われると、何度かこの釣りをした経験上、やはり一番大事なのはその場所で釣れる疑似餌を購入することが大事であると思う。
ニジマス釣りに使う疑似餌もそれなりにピンからキリまであるのだが、そこそこいい疑似餌を購入してもそんなに高くはない。
この釣りは疑似餌をケチるとまず釣れない。
どうケチるかというと……
特売で100円もしないような疑似餌を購入するということである。
これが恐ろしいぐらいに釣れない。
いや……釣れないから特売になっているのだ。
特売の道具と言えば……
以前にどこかのホームセンターで安売りしていた釣り道具一式を購入して、それでずっと釣りに行っていた時期がある。
海釣りから川釣りの道具まで一式そろっており、ちょっとかっこいい入れ物に一式が入っていた。
『これ、プロっぽくない?』
『そうか?』
『おお。保田くん、プロっぽいよ』
『そうなのか?』
確か……購入した時期は真夏だったと記憶している。
夏の魔物が保田くんに何かのイタズラをしたのか……
いつもはこの手のネタを否定しまくる保田くんはなぜか今回はまんざらでもない様子だった。
そんなやり取りのあと……ボクらはその安売りしていた釣り道具一式を『プロっぽい道具』という言葉を略して『プロ』と呼んでいた。
いや……
プロはそんなホームセンターで特売で売っているような釣り具は使わないから。
と昔の自分につっこみたくなる出来事である。
こういう釣り具で釣れるということはあり得ない。
実際、『プロ』で釣れた試しは一度もなかった。
まあ、相当にうまい人なら道具は選ばないのだろうけど、基本的に下手くそなボクではそんな道具選びで釣れるわけがないのだ。
話を管理釣り場でのニジマス釣りに戻すが、そもそもニジマスの疑似餌はちゃんと釣れる疑似餌でもそんなに高くないのだ。
スプーンという疑似餌に関しては以前にも説明したが、食事に使うスプーンの先端の形をしている金属片の形状をしている疑似餌のことである。この疑似餌は良いものを選んでもせいぜい500円ぐらいだ。つまりたった400円程度高いものを選びそこにこだわるだけで釣果が一気に変わるのである。
つまりこうやって考えると、釣りに限って言えば、下手な人ほど使っている道具を見直してみると良いのかもしれない。