アジとのらくん
前も話したのだけどボクはアジ釣りが好きである。
アジはそこそこ釣果も見込めるし、それに美味しい。
だから、岸からの海釣りに限ってだが、どこに釣りに行く時もまずはアジを狙うことにしている。
クロダイを狙っていた過去が嘘のようだ。
確かにクロダイは釣れると嬉しいし、人に自慢できたりもするのだけど、アジに比べると食べるのはちょっと……と思ってしまうのだ。
白身なので、それなりに美味しいっちゃ美味しいのだけど、やはりアジの方が美味しいと思う。
まあ……味の好みは人それぞれなので絶対とは言えないけど……
個人的にはアジより美味しい魚ってあまりいないような気がするのだけど気のせいだろうか。
いや、美味しい魚はいるけど、その分釣るのも難しかったりする。
つまりは、アジほどお手軽に釣れてしかも美味しい魚はそういないと思うのである。
分かりやすくいうとカワハギなんかはアジを超えるぐらい美味しい。
それに、一番美味しいのは真鯛だろうなとも思う。
ただこれらの魚は釣るのがとにかく難しい。
もちろんアジ釣りだってそこそこ難しくて奥が深いのだけど、それでもコツさえつかんでしまえばボクのようなヘッポコ釣り師でもたくさん釣れてしまうので、ついつい釣りに行くと言えばアジを狙ってしまうのである。
さて……今回はアジが好きなのは何もボクだけではないということを伝えていきたい。
アジ釣りは基本的には船で行きたいというのが本音ではあるが、船釣りというのはお金もかかるし、時間も長いので、そう毎回行けるものではない。
それでボクは以前と同じく岸壁からアジを狙って釣ることが少なくないのである。
岸壁からアジを狙う釣り方というのは昨今では多くあるが、東京湾においてはエサ釣りが一番有効だと思う。
アジングという細い糸と小さな疑似餌を使って釣るやり方もあるが、おそらく東京湾の岸壁からの釣りではほとんど釣れないと思われる。
まあ……ただ単にボクが下手過ぎるだけかもしれないが。
少し話は脱線するが最近の釣り用語は少し分かりづらいなと感じることが多い。
とにかくやたら横文字が多い。中学2年の頃から釣りをしているボクでさえ、分からない新しい言葉がある。
そういう言葉はたくさんあるが、先程『ショア』という言葉を使ったので注目してみたいと思う。
岸からの釣りをショアでの釣りとか……沖釣りのことをオフショアでは……とかよく言う。
普通に岸からの釣りで良くない?
そして沖釣りで良くない?
その方が分かりやすいし、素人にも伝わりやすいのではないかと思う。
ちょっと調べたらこの『オフショア』という言葉だが、そもそもは岸から離れて海に吹く陸風のことを言うらしい。
言葉の使い方が間違ってるような気がするのはボクだけなのだろうか。
なんでもかんでも横文字使うのは伝わりづらい上に良くないと思う。
話を元に戻したいと思う。
ボクは海釣りに限っては岸壁からアジを狙って釣ることが多いのだけど……
大抵は釣れない。
腕が悪いということはよく分かっている。
そんな中でもたまにアジが釣れる。
『やった――』
ボクは小さなアジが釣れると小さくガッツポーズしながら魚を外してバケツに放り込む。
するとアジを狙う他のハンターがいるのだ。
『にゃ――』
そう。
野良猫くんである。
しかも釣り人が釣った魚をいつも食べているものだから、野良なのに毛艶がよく、器量もいい。
野良猫くんはボクを警戒の目でじっと見ている。
隙あらば……という感じである。
なるほど。
いや、ボクも猫は嫌いではないのだ。
ただアジを狙うのは勘弁してほしい。
『いやいや、アジはあげられないな――』
ボクはそう言って先程釣れたウミタナゴを野良猫くんに投げてやる。
『にゃあ!』
不満気に鳴く野良猫くん。
ウミタナゴには見向きもしない。
『え――。贅沢言うなよ――』
『にゃ――』
完全に先程釣れたアジを狙っている野良猫くん。
アジが好きなのはボクだけではない。
野良猫くんも大好きなのだ。
てゆうかウミタナゴでもいいじゃんよ。そんなに美味しくもないけど。
『にゃあにゃあ!!』
アジくれよ!と言わんばかりに抗議の泣き声をあげてくる野良猫くん。
『いや……アジはダメだよ』
そんなことを言ってる間にもウキが沈む。
軽く合わせを入れるとなかなかの引きだ。
『お!』
アジの入ったバケツはボクのすぐ横に置いてあるので野良猫くんもおいそれと手出しはできない。
てゆうか……メバルとかだったらやるから待っててくれ……
というボクの気持ちが伝わったのか、ボクから2mぐらい離れたところでボクの様子を伺う野良猫くん。
重い手ごたえを感じながら、それでもタモを使うほどの大きさではないので釣れた魚を引き抜く。
『ありゃあ……アイゴやん』
アイゴという魚はすぐに処理をしてしまえば実に美味しい魚ではあるのだが、背びれに毒があり刺さると大変なことになる。
ひれをハサミで切ってしまい、うまいこと頭と内臓をその場で捌いて処理してしまえばいいのだが、失敗すると釣りどころではなくなってしまうので、魚に直接触れずに、メゴチばさみというトングのような道具をうまく駆使しながら針を外すのだが……
『あ!!』
メゴチばさみで挟んだ魚が身体をくねらせた瞬間、針は外れ、地面に落ちてそのまま野良猫くんの方へ……。
『にゃ!!』
野良猫くん、すぐに魚に飛びつく。
『あ! ダメだよ!!』
『にゃあ!!』
野良猫くんは魚にかぶりつく。
結果は予想通りである。
アイゴの背びれが顔に刺さった野良猫くんは痛そうに顔を何度も前足でさすっている。
いや……だから言ったじゃんか……って人間の言葉は分からんか。
それでも野良猫くんはアイゴをすべて食べてしまった。
痛い思いをしたせいか……
それともお腹がいっぱいになったせいか……
野良猫くんは『にゃあ――――』とちょっと情けない声を出してどこかに行ってしまった。
『……大丈夫……なのか?』
ちょっと罪の意識を感じてしまうボク。
いやいや。
決してわざとではない。
断じて違う。
そう思って釣りを続けたのだがその後は何も釣れず……その日の釣果は散々だった。
あとで猫を飼っている友人に聞いたのだが、とりあえずアイゴの毒に関しては猫はすぐに解毒するらしく大丈夫であるとのこと。
ただ命に別状はなくても痛いものは痛いだろう。
こんなことなら最初からアジを上げておけばよかったと反省しつつ、同じ釣り場には最近行っていない。
野良猫くんが力強く生きていることを切に願うばかりである。