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帰りのラーメン

 冬の釣りは釣れないし寒い。

 そんなイメージがついてくるのはボクが冬に魚を釣った記憶が少ないからかもしれない。


 寒いのと釣れないということ……まあ、どっちかだけならそこそこ耐えられる。

 だけど、寒いのと釣れないのが一緒にやってくると、一体ボクはこんなところで海を眺めて何をやっているのだろう……と異様に寂しくなることが少なくない。


 最近ではそんなこともなくなったのだが、独身の頃は家に帰ってもだれもいないし、当時は別に付き合っている彼女もいなかったし、翌日は面白くもない仕事だったし……せっかく好きな釣りをしているのに気分が鬱々してしまうという憂き目にあうことも少なくなかった。

 かと言って……釣りに行かないという選択をしたとしても誰もいないアパートの一室で鬱々しているだけだから、それならばまだ海でも眺めていた方がましではないかという理由で釣りに行っていた。

 独身の頃は、何かいつも空虚な気持ちだった。それは結婚したいのに彼女ができないとか、お金がなくてアパートでしか生活できないとか、そんな諸々の生活環境に原因があるのではなく、そもそも自分はそういう病気なのだと理解するのに随分時間がかかった。

 ただこの病気に関しては一人で居るよりは家に帰って誰かがいる方が気持ちが楽になることが多いので、そういう意味では奇跡的にボクは家庭を持つことができて良かったと思っている。


 さて冬の釣りだが……うまくすると寒い時期の釣りを楽しむこともできる。


 バーナーや七輪を持っていけば釣れない時間帯を火にあたって温まることもできるし、暖かいコーヒーを楽しむこともできる。ちょっとしたバーベキューも楽しむことができる。

 これらのことは夏でも楽しめるが、どちらかといえば寒い冬の方が楽しいような気がする。


 こうなると気が付けば釣りなどやらずに肉ばかり食べていたということは実にありがちな話ではある。


 経済力のある大人ならそういうことも可能なのだが、学生時代はそういう訳にはいかない。

 何と言ってもバーベキューの道具を運ぶにしても移動手段が電車か自転車しかない学生には難しい……というか不可能に近い。


 だから学生時代は冬の釣りはかなりしんどかったのを覚えている。

 最初にも言った話だが、寒いのと釣れないのが一緒にやってくると耐えられないのだけど、寒いけど釣れるという状態なら、そこそこしんどいが、耐えられない……というほどではない。


 釣れないのと寒いのはどちらが辛いかと言われれば、基本的には寒い方が辛いのかもしれない。

 というのも寒くなければ釣れなくても耐えられるし、工夫次第では釣れる可能性もあるが、寒いということに関しては季節に起因することだからどこかのタイミングや工夫で暖かくなることはまずあり得ない。

 だから寒いのと釣れないのとを比べるとやはり寒い方が耐えがたいのである。


 少し前に中学の頃、新玉川で釣りをした話をしたが、ここには真冬に釣りに行ったこともある。

 オイカワやアブラハヤという魚は多少寒くても釣れる。さらに冬の時期はフナも釣れるので、寒いのを我慢してずっと釣っていた記憶がある。

 基本的に水の量があまりない川なので、川の中にざぶざぶ入って行って釣りをする。

 腰のあたりまで水につかって釣りをするのだ。

 よく、長靴のさらに長いゴム製のウェーダーというズボンを履いて釣りする釣り人を見かけるが……当然、ボクらはお金のない中学生だったからそんなものはない。だから海パンを履いてぶるぶる震えながら川に入る。

 もう寒中水泳を長時間続けることと同じぐらいの辛さだ。

 今思い出すとよくもまあそんなことをしたものだと思う。


 フナはなかなか面白い。

 ウキはス――っと水中に引き込まれるし、アワセを入れるとなかなか強い引きで楽しませてくれる。

 そういう意味ではコイもいいのだけど、コイでは少し大きすぎるのだ。フナの方が大きさ的にはちょうどいい。この感覚に関しては人それぞれなのだけど、釣れる魚は大きければ大きいほどいいとは限らないのである。


 寒い中、フナを数匹釣って楽しんで帰る。

 中学生だったボクはそれでもなんでもなかった。

 今なら間違いなく風邪を引いているはずだ。


 新玉川での釣りは寒かったが釣れたからいい。


 他の場所では釣れない日も少なくなかった。

 海に釣りに行って釣れない日など日常茶飯事だった。

 いかんせん冬というのは水温が低いから釣りづらいのである。


 ただそれは言い訳であるような気がしないでもない。

 うまい人はどんな状況でもそれなりに釣果をあげるのであるから、やはり釣れないボクはヘッポコ釣り師なのである。そして学生時代はそれが顕著だったのだ。


 釣れない釣りというのは少し……いやかなり寂しい。

 中学の頃は友人と釣りに行くことも多かった。

 でも帰りはなぜか一人になることも少なくなかった。

 何故一人になったのかは今となっては思い出せないのだが、釣りに夢中になっているうちに友人たちはボクを無視して帰ることが少なくなったのではないかと思っている。前も同じような話をしたが、中学の頃の友人とは話も合わなかったし、今なら一緒に釣りに行くことはないだろうと思う。


 ただ、ボクは帰りに一人になることはそんなに嫌ではなかった。

 自転車で家まで帰らなければならないのはちょっとしんどかったけど、でも好きな道を使って自分のペースで自転車を漕いで帰ることができるのは、むしろ楽しかった。


 寒い冬に釣りの帰り、立ち寄るのが楽しみだったのがラーメン屋である。


 ボクの中学時代などそんなに美味しいラーメン屋はなかった。

 最近のラーメンの進化というものは素晴らしいものがあるが、ボクが中学の時はラーメン屋というよりは中華料理屋の延長線上にあるようなお店が少なくなく、ボクが帰りに立ち寄っているお店もそんな感じのお店だった。


 冬の夕方はすぐに暗くなる。

 自宅からはそれなりの距離がある釣り場から自転車で帰るとなるとどうしても夕飯の時間にぶつかってしまう。ボクは途中でお腹がすくことも少なくなかった。とは言うものの毎回毎回釣りの帰りに外食するわけにも行かないので、月に1回ぐらいは立ち寄るというペースだった。


 いやいや……

 月に1回って……

 じゃあどのぐらいの割合で釣りに行ってたんだ?

 という話になる。

 どのくらい……と言われると週に数回は行っていた。

 よくもまあそんなに釣りばかり行っていたものである。ただ大人になってから振り返ってみるともっと行っておけばよかったなあと思うわけだからボクの釣りバカぶりは筋金入りなのかもしれない。


 1ヶ月に1回程度食べるラーメンは本当に美味しかった。

 釣りも楽しかったが、正直、このラーメンを楽しみに釣りに行っていたという部分も少なくない。

 冬の寒い時間にもろに風が当たる堤防に長時間当たって冷え切った身体を、ラーメン屋の暖房が温めてくれる。さらに少し待つと熱いラーメンがやってくる。それにテーブルに置いてあるおろしニンニクをたっぷり入れる。さらに豆板醤も入れる。そして熱い汁をすすうとニンニクの味と醤油の香りがする。

 ラーメンにニンニクを入れるというのはその当時のボクにとっては斬新だった。


 寒い時期に食べるラーメンは格別だった。

 楽しくもない思いでしかない中学時代だったけど、釣りの帰りに食べたラーメンはボクにとっては忘れられない思い出ではある。


 これで魚が釣れていたら言うことはなかったのだが、基本的な腕の悪さも伴って……魚は釣れなかったので中学時代の魚釣りの思い出というよりはラーメンを食べた思い出という印象が強くなっている。

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