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多田くんとボラの微妙な関係

『とどのつまり』という言葉がある。


 これはボラという魚は成長するのに伴って名前を変え、最終的には『トド』という名前になるところから『いきつくところ』とか『結局』という意味でつかわれる言葉であり、あまり|(かんば)しくない意味で使われることが多い。

 これにはボラという魚が出世魚にもかかわらずあまり好まれないことから端を発したのではないかとボクは勝手に思っている。


 実際はどうなのだろうか。

 おそらく、『当たらずも遠からず』というところだろうか。


 ボラが釣れてもそんなに嬉しくはない。

 多分、多くの釣り人がそういうだろう。

 かかったらすごい引きで、一体何がかかったのだろう、と期待しながらやり取りするのだが、水面に上がってきた丸い頭を見るとがっかりしてしまう。

 釣り人によってはフィッシュグリップなどをうまく利用して触れないようにして海に帰してしまう人もいるぐらいだ。


 こんなに嫌われ者のボラだが、何も釣れないときには、釣れたらそれなりに嬉しかったりもする。


 ボクは寒い2月に南伊豆であえてボラを狙って釣りをする時がある。

 それは2月という水温の低い時期ならボラは臭みがなく美味しいからである。


 長々と話したが、ボラという魚とボクの友人でもある多田くんには深い縁がある。

 こんなことを書くと否定されそうだが、多田くんは釣りの度にボラを釣っている。

 釣りの度に……と書いたが、実際にはそんなに毎回毎回ボラが釣れるわけではない。単なるイメージである。兎にも角にも彼が釣りをすると60㎝近いボラを釣ることが多いイメージで、釣りに同行しているもう一人の友人である保田くんとボクは、彼のことを敬意をこめつつ、ちょっとバカにして『ボラ王』と呼んでいる。


 今回は多田くんがどうしてそんなにボラばかり釣ってしまうのか……と、それにまつわるエピソードを思い出せる限り書いていきたいと思う。


 ボクらが一緒に釣りに行っていたのは、20代から30代にかけての10年ぐらいだったと記憶している。


 30代になってからは多田くんとは釣りに行っていない。

 なぜかというと彼は会社の転勤で郡山に転居してしまったからである。

 こうなるとたまに会うのもままならない。

 そして30代の前半でボクは伊豆に移住し、結婚してしまった。

 ボクの場合は持病の痛風が悪化したということもあり、結婚1年目で神奈川に帰ってきたのだが、多田くんの場合はそういうわけにもいかなかった。

 30代になってから、一緒に釣りに行くのは保田くんが多く、あとは一人で行くか、それともほかの友人と行くか……そんな感じなのでボラの話は多田くんがまだ神奈川にいたころの話であり、ボクも多田くんも……そして保田くんも若かった頃の話である。


 最初に多田くんがボラと出会ったのは千葉県の千倉というところに行った時の話である。


 高校を卒業して何年目だっただろうか。

 憧れの特急『わかしお』号に乗れたのが嬉しかったのを覚えている。


 現地について釣具屋に寄り、すぐに釣りをした。

 着いたのはお昼過ぎで、お昼を食べて釣具屋に寄って……2泊3日の旅行だったから初日は場所の下見も兼ねての釣行だった。


 外海(そとうみ)に面した釣り場で釣り始めたところは、ボクが大原で釣りした時よりも釣りの知識が増した証拠だと思っている。

 撒き餌を海に撒くと、底から魚が一気に集まってきて餌に食いついている様子が見える。

 釣れる釣れないにかかわりなく、魚が見えるというのは気持ちが上がっていく。

 当たり前の話だが釣りは水面下に魚がいなければ釣れないからである。


 軽く竿をあおって海に仕掛けを投入するとウキがす――っと引き込まれる。


 身体中のアドレナリンが出るのが分かる。

 興奮を抑えながら鋭く小さくアワセを入れる。

 柔らかい磯竿がしなり、手元に魚の引きが伝わってくる。

 大物ではないことはすぐに分かったがまずは1匹、釣れることに意義がある。


 釣れた魚はベラだった。

 青くカラフルな魚体をしたこの魚……当時は知らなかったので逃がしてしまったのだけどすごく美味しい魚らしい。ただ臭みがあるのですぐに処理しなければならないとのこと。

 今度釣れたらぜひとも食べてみたいと思う。


 その日は釣りはじめが夕方だったのですぐに釣りをするのはやめたが、明日に向けて幸先がいいな……と思った。


 夜は何をしたのか……実は覚えていない。


 大原に行ったときはTRPG(テーブルトーク)にはまっていたのだけどこの時期は確か麻雀にはまっていたような気がする。

 ただ宿では牌の音が他のお客に迷惑になるとのことで麻雀は禁止だったからやらなかった。

 TRPG(テーブルトーク)にも飽きてきた頃だったから、夜は普通にテレビを見て過ごしていたのかもしれない。


 次の日。

 夏の日差しがきつかった。

 暑くなりそうな気がした。

 ……というより宿を出て海に向かう道のりはすでに暑かった。


 今なら絶対に日焼け止めを塗って長袖で釣りをするのだけど、当時は若かったから半袖で釣りをしていた。当時は普段、訪問入浴の仕事をしており、身体もガンガン動かしていたから、太陽に負けない強さがあったのだ。


 どこで釣ろうかと場所を探したが、磯は危ないので堤防で釣ることにした。

 少し高さのある堤防だったけど、海を見ると、ところどころに磯があり海中も岩礁があり魚がいるのは明白だった。さらに海の水は澄んでいてきれいだった。

 試しにコマセを撒いてみるとみると濁りに魚が湧いて寄ってきているのが見える。


 さっそく実釣すると、すぐにベラが釣れてくる。


 そしてしばらくエサを撒き続けると小さなメジナも釣れてきたりと魚影も濃い。

『おお!これは期待ができるね』

 と言いながらしばらく釣りを楽しむボク。

『釣れない……』

 信じられないことを言いだす保田くん。

 実はウキ釣りというのは簡単なようで難しい。


 まず、(おもり)をあまりつけないので、針が大きめだと浅い位置にいる小魚にエサだけ奪われてしまう。

 この浅い位置にたくさんいる小魚のことを釣り人は『餌取(えさとり)』と呼んでいる。


 もう一つは仕掛けを投入後、糸を張って竿をあげた時に仕掛け全体が動くような状態を常にキープしていないといけない。これがやったことのない人には難しい技術なのだ。


 ボクは子供の頃からこの釣りを楽しんできたので、何の造作もなくこの動作を行うことができるが、実は同じ釣り人でもこれをするのは難しいらしく、船釣り専門でやっていた人などは(おもり)をつけないこの釣りに違和感を覚えるらしい。

 まあ、逆にボクは重い(おもり)をつけて潮に仕掛けが流されないようにする船釣りの仕掛けに最初は違和感を覚えたものだが……。


『いや、保田くん。糸たるんでるし、仕掛け入れてウキに反応なかったらすぐにエサを変えないと……』

『そんなこと言われたって』

『そんなことってそんなに難しいこと言ってないよ』

『オレには難解すぎる』

『だって多田くんはちゃんとやってるじゃん』

『え――と。君は多田くんとボクの学生時代の成績の差を知っててものを言っているのかな?』


 青く澄み渡る空に夏の日差しが降り注ぐ美しい海を目の前に実に不毛な会話をするボクと保田くん。

 そもそも釣りに学生時代の成績は関係ない。

 まあ、面白いからいいんだけど。


『知ってるけどそれをここで言っていいわけ?』

『それはちょっと……』

『だろ?だからガンバレよ』

『うわ。てゆうかボクの根性のなさは君が一番知ってるだろ』

『待て待て。根性のなさだけで言ったら君よりボクの方が……』

『いやそこはボクの方が……レポートとか出さなかったし……』

 保田くんが高校時代に実習のレポートを出さずに卒業したのは有名な話だ。

 確かに根性という感情をどこかに置き忘れてきたような性格の保田くんだが、言っておくが根性のなさではボクも負けてはいない。

 レポートにしてもボクが保田くんと違ってすべて提出できたのは、ただ単に要領よく人から写させてもらっていたからである。


 あらためてこうやって書いてみるとボクらは何を競っていたんだ?

 

 ウキ釣りは保田くんには難しいと判断したボクは仕掛けを変えることを勧めた。

『じゃあ……変えちゃう?』

『何を?てゆうかなんだ、その「一本行っとく?」みたいなノリは』

『1匹釣っとく?』

『いや……どっちでもいい』

『遠慮すんなよ』

『君がそうやって軽いノリで勧めてくるときはろくなことがない』

 確かにボクが軽いノリで何かを勧めるときは保田くんにとって、ろくなことがなかったような気がする。ただ、案外この軽いノリに対して、拒絶しつつも薄ら笑いを浮かべながら乗っかってきているのも保田くん自身である。

 てゆうか、この場面でそんな笑えるようなことをしようなどとボクは一切思っていない。

 

 サビキ釣り……

 通称『保険』

 以前、『江の島のぼら王』の回で説明した仕掛け。

 条件さえ悪くなければ誰でもそれなりに釣れる仕掛けである。


『じゃじゃ――ん! 保険(サビキ)投入!!』

『保険? 早くね?? まだ序盤じゃん』


 横で釣っていた茨木くんが言う。

 ちなみに彼も何も釣れていない。


『てゆうか茨木くんも保険(サビキ)使いなよ』

『え――』

『てゆうか1匹も釣れてないじゃん』

『そんなことはない』

『そんなことはないって……もしかしてさっき釣ってたフグのこと?』

『ああ』

『そんなエサ取りのフグ一匹でドヤ顔されても……』

『何を言ってるんだ。フグは美味しいんだぞ』

『じゃあ、食べる? 死ぬと思うけど』

『食べはしない。あくまで一般論だ。あっ! てゆうか何やってるんだ!』


 茨木くんの話には最後まで付き合わない。

 彼の言っていることは一理あることの方が多いので、普段は最後まで聞くのだが、こと釣りに関してはボクの方が知っていることは確かなのだ。

 結局、彼は保田くんと同じくウキをうまく扱えていないから、そのままだと永久に釣れないのである。


 釣りの序盤で保険を投入することになった茨木くんと保田くん。

 それなりにベラや小さなメジナが釣れて、たぶん楽しめたとボクは勝手に思っている。


 さて……多田くん。


 多田くんはそれなりにウキ釣りができていたのでボクは仕掛けをいじらなかった。

 もし彼が保田くんや茨木くんと同じようにウキが扱えていなかったとして、同じように彼に『保険』を勧めたとしても彼は首を縦には振らなかっただろう。


『やっぱりウキ釣りが(しょう)に合っているよ』


 釣りの話をする度にそういう多田くん。

 (しょう)に合うも何も……多田くんは郡山に行ってから一回も釣りに行ってない。

 結婚して家庭ができて時間がないとかではない。そういうことはボクも同じだからだ。

 つまりはそこまで好きではないということだ。

 それは個人の趣味の問題なので全く構わないのだが、たいして好きでもない釣りにそんなこだわりを持たれてもなあ……と思うことがある。


 ただ彼のそのこだわりは釣りをする上では良い方に行くことが多い。


 ボクと保田くんが保険(サビキ)を使って大騒ぎしているのを横目に茨木くんはフグを狙っている。

 なんでフグを狙っていたのかは分からない。


 食べるつもりだったのだろうか。

 いや、普通に毒があるので食べたら死ぬと思うが……。

 しかも釣れるフグは高級なトラフグではない。

 確か『クサフグ』という種類のフグだ。

 食べられるかどうかは知らないが、仮に食べられたとしても調理には免許が必要だ。

 そしてそんな危険を冒したとして美味しいとは限らない。

 一体、彼は何がしたかったのだろうか。


 静寂を破ったのは多田くんの大きな声だった。


『来た――――っ!!』


 ボクら3人が同時に多田くんを見ると、彼が持っている竿が大きくしなり、水面に目を落とすと、バシャバシャと元気に泳ぐ丸い頭の大きな魚がかかっていた。


『おお!!』

『ちょ! これ!! どうすればいい?!』

『あ、じゃあ貸して』


 ボクは多田くんから竿を借りて、丸い頭の大きな魚の強烈な引きをうまくかわしながら、ついにはタモ網におさめた。


 これが多田くんと丸い頭の大きな魚……つまりボラとのファーストコンタクトだった。

 この釣りを始めとして多田くんとボラの微妙な関係が始まる。

 連続小説の導入部分みたいに書いてみたがつづきは特にない。


 要はこの後、何度か多田くんと海釣りに行くのだが、彼はウキ釣りをし、かなりの確率で丸い頭の大きな魚を釣り続けることになる。

 ボラという魚が海面近くを回遊する。

 実は、多田くんの仕掛けは、ウキから針までの長さが短く、ボラがいるところに具合良く仕掛けが漂ってしまうことが原因なのだ。


 もうたぶん彼が釣りをすることはないだろう。

 というのも、前述したが彼は今、郡山におり結婚し子供もおり……さらには、元々、釣りがそこまで好きではない。だからボクが誘わなければ釣りには行かないだろうし、神奈川に住んでいるボクがわざわざ遠方に住む多田くんを釣りに誘うということはあり得ない。


 だから、彼が釣りを楽しむことは高い確率で永遠にないと言える。

 つまり、ボクらイメージの中では彼は常に大きな丸い頭の魚……ボラと格闘している。

 

 そう。永遠の『ボラ王』なのだ。


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