新玉川
釣りをはじめたのはいつ……と言われると答えに困ってしまうことがある。
というのは、始めたのは確かに小学校低学年の頃なのだが、それは親父に連れられて行った釣りで、それは釣りを始めたというより教えてもらったと言った方が正確なのかもしれないからだ。
そういう考え方で言うならば釣りを始めたのは中学2年の頃。
初めて、親とではなく友人と電車に乗って遠出して釣りに行ったのでそのときのことはよく覚えている。
朝は暗いうちから家を出て、電車は始発の電車に乗り、相模川の支流の新玉川という川に釣りに行った。
まあ……大体からして朝、暗いうちに行くメリットはこの釣りにはまったくなかった。
だけどその頃は朝早く行けば釣れると思い込んでいたのだから仕方ない。
一緒に行ったのは保井くんという友人と坂沢くんという友人の二人。
さほどすごく楽しかったという思い出はないのだが、かなり釣れたのは覚えている。
その日はオイカワという小魚やアブラハヤ、そしてフナが釣れた。
カゴ釣り仕掛けという特殊な仕掛けがあり、仕掛けをポイントに投入しておいて、しばらくそのままにしておくと、たくさんついている針に複数匹、魚がついている……という感じで、それが面白くて仕方なかったことを覚えている。
確かにそういう釣りは面白い。
大人になった後でもその手の釣りはするし、今でもカゴ釣り仕掛けを使って池でフナを釣ったりもするから、もしかしたらボクの釣りの原点なのかもしれない。
そんなわけで、次回の釣行の際は、浮き釣りではなくカゴ釣り仕掛けをたくさん持って行こうと思ったことは覚えている。
釣れた魚は食べる。
基本的にボクはそう思っている。
それは釣りを始めたこのころから変わっていない。
ただ釣れた魚でも食に適しているか否かという問題もあり、あの頃のボクはそんな知識は皆無だった。
まあ……所詮は中学生である。
オイカワやアブラハヤは美味しいと思っていた。
『美味い魚だよ』
一緒に釣りに行った友人の保井くんはそう言った。
何度も言うが所詮、中学生の浅知恵である。
釣れた魚はフナを除いて、すべてから揚げにして食べた記憶がある。
どこをどう不味いかと聞かれるとよく覚えていないのだが、とある有名な釣り動画にもオイカワをから揚げにして食べている動画があったので見てみたが、味に関しては『可もなく不可もなく』と言った評価だったので、美味しくはないのは確かだろう。
ただでさえ川魚が嫌いな両親と妹からは不評だったのは言うまでもない。
次回から『持って帰ってくるな』と両親に言われたことを覚えている。
この頃のボクはどうもいつも味噌っかすで、3人で釣りに行くと置いてきぼりにされたり、仲間はずれにされたりすることが多かった。今考えるとそんなやつらと釣りに行くのはやめて一人で釣りを楽しめばよかったのだが、ボクは基本的に人好きするところがあって、あまり一人で何かをするというのはできない男だった。
だから中学の友人たちからどんな仕打ちを受けてもただがまんしてみんなについて行っており、その愚かさにさえ気づかなかった。
今考えるとそうやって自分を殺してばかりいるから『鬱病』になるんだな……とパソコンの前で苦笑している。
新玉川には中学在学中に何度か釣りに行った。
印象的だったのは2度目の釣行の際の出来事である。
その日はオイカワやアブラハヤがガンガン釣れていて、『今日は調子いいなあ』なんて話をしていた。
ボクは川の中央までざぶざぶと入り、立て込んで釣っていた。
川の水深は浅く、立て込んで釣ることができる場所ではあった。
坂沢くんは何をしていたか覚えていない。
保井くんは川の対岸沿いにある壁の際に仕掛けを投入して釣っていた。
ボクはそんな保井くんを見て『おお!プロっぽいなあ』と思っていた。
事態に変化があったのは、その後すぐだった。
ボクは保井くんの釣っている姿から目を切って自分の釣りに集中していた。
淡水魚は浮きのわずかな反応も見逃せないので集中力を要するからだ。
『坂上!!!保井がニジマスかけたぞ!!』
坂沢くんの声でボクは我に返って保井くんの方を見た。すると彼の竿は大きくしなり、糸の先は右へ左へ走っていた。見るからにオイカワやアブラハヤなどの小魚ではない。
ただ、魚影がまだ見えなかったのでニジマスかどうかは分からなかった。
『おお!!すげえ!!』
ボクは自分の仕掛けを上げて、保井くんがニジマスと格闘しているさまを見た。
『ホントにニジマスか?鯉じゃねえの?』
とボクはつぶやいたが、その瞬間、銀色の魚体がバシャっとはねたので、鯉でないことは分かった。
大体、オイカワ釣りの小さな針と細いハリスで40センチ近いニジマスと格闘するなんて、今考えてもけっこうすごいことであり、こうやって文字にしてみて、あの時の状況を思い出すと、大人になった今でも興奮してしまう。
数分のやりとりでニジマスはついに観念したらしく岸に上げられた。
『おお!!』
ボクと坂沢くんは感嘆の声を上げた。
そのあと数時間は釣っただろうか。
ニジマスはそれ一匹だった。
ボクはオイカワをたくさん釣ってまた持って帰って、家族に怒られてしまったが、ニジマスの話をすると『そういう魚を持って帰って来い』とさらに怒られる始末だった。
新玉川は、オイカワだけはいつ行ってもたくさん釣れた。
ただ、前述の通りだが、うちの家族は持って帰っても喜ばなかったのでボクはいつしかオイカワ釣りに飽きてきていた。
なぜ持って帰るなと言われたのに何度か持って帰ったのかと言えば、釣れた魚は自分が食べればいいと思っていたからだ。しかし、魚を捌くのにも時間がかかる。当時のスボラな中学生だったボクがそんなことができるわけもなく、釣れた魚をクーラーボックスに入れっぱなしで腐らせてしまうことも少なくなかった。
これが母親の怒りを買ったことは数知れない。
中学卒業後、この釣り場には一度も行っていない。
この場所は田園風景の広がるいい場所でもある。
今度、機会があればかみさんと子供を連れていってやりたいとは思っているが……肝心の二人は全く乗り気ではないので、いつのことになるか分からないでいる。