騎士と魔女
闇の城の城門前。
一人の隻眼の青年騎士がいた。彼の名はロイ。
ロイは一人、ここに乗り込んだ。
すべては、この城の主に会うため。闇の魔女に会うためだ。
ここまで来るのにそう苦労は無かった。
なぜならば、ここは王国に程近い、丘の上にあるからだ。
王国の近くにこんな城があるのは、実は今までこの城が隠されていたからである。
この城は不思議な魔力に包まれており、その魔力はこの城の存在を人間から隠していた。
恐らく、この城の主の魔力だろう。
この城が人間にばれた理由は、至極単純なものである。
魔物がここの場所をしゃべったのだ。
1ヶ月前。王国に魔物が攻めてきたのだ。その数はかなり多かったが、王国の兵達は国を守るため必死で戦った。その戦いでの最大の功績者である農民の少年は、今は勇者と呼ばれている。
ロイも、その戦いでの功績が認められ、騎士団の隊長となった。
その戦いの終盤、攻めてくる魔物の数もかなり減り、王国側が優勢になりだした頃。
捕らえられた魔物たちが交渉しようと言ってきたのだ。情報を与える代わりに逃してくれと。
王国はその条件を飲んだ。この機会に、一気に魔物を殲滅しようとしたのである。
そして魔物はこう言った。
「この城の近くの丘があるだろう。あの上にあるんだ。あの上が俺達の城だ」
そして、こうも言った。
「あの城は今、新しい城主になったばかりだ。今なら倒しやすいぞ」と。
それが闇の魔女。
王国はすぐにその城へ攻め入った。軍はすぐに丘の魔物たちを城へと追い込んだ。
そして城へ突撃しようとした。そこをロイが止めたのだ。俺が一人で行く、と。
ロイの戦果、そして名声は王も聞いていたので、それは了承された。
そして今に至るのである。
ロイは無くなっている右目の眼帯に手を当てて一人呟いた。
「…この礼は、しっかり返さないとな…」
そしてロイは、城門を開いた。
そこは大きなホール。
周りには扉がいくつもあり、正面には大きな階段があった。脇には小さな階段もかなりある。
-と、その階段から大量の魔物が現れた。
スライム、オーガ、ドラゴン…中々の種類だ。
ロイは剣を構える。細身の剣である。
「かかってこい、一撃で眠らせてやるよ!!」
彼は叫び、疾風となってホールを駆けた。
「ふぅ…こんなもんか」
彼は剣をしまう。彼の周りには魔物が転がっている。
「ったく、随分手こずった。そんなに強いやつらじゃないんだがな」
ロイはごちる。
「だけど…ここが目的の部屋ってわかっただけでもよしとするか」
ロイは大きな扉の前にいた。
横にはケルベロスが横たわっている。
ケルベロスは番犬だ。つまり、ここに城主がいる。
「…やっと…あのときの借りが返せる…」
また、そう呟いて、彼は扉を押した。
「……」
その部屋は玉座の間だった。
大きな部屋。真ん中にある長い赤絨毯の先には仰々しい椅子が。
そしてそこには……美しい少女が座っていた。
闇の魔女と呼ぶにふさわしい漆黒の髪。吸い込まれそうな翡翠色の目。まだ、少しの幼さを残してはいるが、しかし威厳が滲んでいる凛とした顔立ち。
彼女こそ、この城の主なのだろう。だが、しかし、主の周りには誰もいなかった。
「……ようこそ、わが城へ」
彼女は広い部屋に響き渡る声でそう言った。
「よう、やっぱりあんたがこの城の城主って訳か」
ロイは確認を取るかのように言った。
「ええ、そうです。私がこの城の主です」
彼女は言った。
「あなたは、誰ですか?」
静かに、聞いてきた。
「俺はロイだ。王国で騎士団の隊長をやっている」
「隊長…それなら、この状況も仕方ないですね」
その声は、微かに震えているようだった。
「私は主です。この城を守らなければいけません。たとえ絶対に敵わなくとも…」
彼女の目は鋭くロイを睨んでいる。だが、少し震えている気がした。
きっと怖いのだろう。このまま戦っても死ぬだけだ。だが、彼女は主なのだ。逃げるわけにはいかないのだろう。
「おい、闇の魔女よ、俺と交渉をしないか?」
と、突如、ロイはこう言った。
「…何を言っているのか、図りかねますね」
「別に複雑な話じゃない。俺と話し合おうってことだ」
「あなたと、話、ですって…?」
魔女は警戒している。 両手を前へかざし、魔力を溜めている。何かあれば、打ち出すつもりだろう。
「ああ、そうだ。それも、和平の交渉だ」
「和平……?」
魔女が困惑の表情を--いや違う。憤りの表情を浮かべる。
「あなたは…私を馬鹿にしているのですか?」
魔女の声に、怒気がこもる。
「違う。俺はあんたと戦いたくないだけだ。俺は-」
「ふざけないでください!!!」
魔女が怒鳴った。
「いきなりなんなんですかあなたは!!戦いたくない?…私が幼いから、戦えないというのですか!!」
魔女は屈辱の表情を浮かべる。
「確かに私は幼い。父が人間に討たれ、この城を受け継いだのもついこの間です!でも!私だって主だ!城を守るために死ぬ覚悟ぐらい、とっくに出来ている!!それを…それを…!!」
恐らく、彼女は必死で覚悟したのだろう。父が死に、心の整理もつかないままに城主になり、その責任を負うことを。それをあざ笑うかの如き言葉に、彼女は激昂しているのだろう。
「だいたいなんなんですか!この期に及んで和平などと!!」
彼女は叫ぶ。
「私達がなにをした!?なぜ殺されなければいけないのですか!?」
「--いきなり攻め込んできて、何をいまさら!!!!!」
少女は、涙を流しながら、そう言った。
「……やはり、な」
「え……?」
ロイが得心した、という風に言った。
「やはり、お前達は攻めてないんだろう?」
「な、なんの話をしているのですか?…」
そう、これは罠。王国に攻めてきた魔物たちは利用したのだ。王国の近くで、ひっそりと暮らしている彼女達を。
「あんたらは利用されたんだよ、恐らくは魔王の魔物たちにな」
ロイは話した。
魔王軍の魔物たちは王国を攻めようとしていた。だが、万が一失敗したとき、疲弊した状態で攻め込まれれば危ないと思ったのだろう。だから、利用した。
魔物たちは知っていた。ここにひっそりと暮らしている者達がいることを。身代わりにこれほど適した者もいなかっただろう。
「じゃ、じゃあ私達は…売られたというのですか?」
「まぁ、そういうことになるな」
「う…嘘です!第一、それでも、あなたが私を生かしておく意味がないじゃないですか!」
彼女は震えた声で叫ぶ。同族に裏切られたと認めたくないのだろう。
「あなた方人間が、私を生かしておく意味なんて…」
「あるんだよ、俺には」
ロイは力強く言った。
「え…?」
「覚えてるか?5年前、俺は丘の森で野獣に襲われたんだ」
「5年…前?」
5年前、ロイはまだ騎士では無かった。その時、この丘の近くの森で野獣に襲われたのだ。
その野獣はひどく凶暴で、右目は、そのときにやられた。
足もやられ、もう駄目だ、と思った。
その瞬間、閃光が走ったのだ。
呆然としている俺の前に彼女は現れた。彼女は今よりも幼かった。だが、今でも覚えている。あの神々しさ。
「ここは危ないから、早く立ち去ってください。」
彼女は微笑みながら言ってきた。
「おい、何をしているんだ?」
その時、精悍な顔立ちをした男が歩いてきた。
「…人間を助けたのか?」
「はい、お父様。襲われていたものですから…」
「人間に不用意に近づくなと言っただろう!」
どうやら彼女は叱られているようだ。
まだ若かった俺は、襲われたショックなどで、頭が混乱しており、何が起こっているのかよく分かっていなかった。
何の話をしているのかも。
ただ、この言葉だけは聞き逃さなかった。この言葉は多分、一生忘れない。
「でも、人間だからって、誰かを助けることは駄目なことなのですか?」
彼女は少し涙ぐんだ声で言っていた気がする。
「あの時の…」
「俺は思った。あの後、ずっと考えて。人間でも、魔物でも、誰かを助けることは、何も間違っちゃいない。」
「……」
「だから俺は、ここに来た」
ロイは、彼女を見据える。その目に曇りは無い。
「で、でも…」
再び彼女が口を開く。
「あなたは、ホールの魔物たちを殺したでしょう!?それを…」
「殺してねぇよ、眠らせただけだ」
ロイは剣を取り出す。その先端は、微かに濡れていた。
「これに即効性の睡眠薬が塗ってある。これで眠らせた。」
「え…?」
「いやぁ、手こずったぜ?あんたを守るために、全然眠ってくれねぇんだからな」
ロイが使っている薬は、巨象ですら5秒で眠る強さ。致死性はないが、並みの魔物なら一瞬で眠る。
だが、ここの魔物は中々眠らなかった。この城の主を守るために。
「じゃ、じゃあ…彼らは無事なんですか?生きているんですか?」
「あぁ、安心しろ、じき目覚めるさ」
「あ…」
その言葉を聞いて、彼女は泣き崩れた。
この城の魔物は、彼女の父親の代からずっと主に仕えていた。子供のころからよく遊んでもらっていた。父親が死に、彼女が主になったときも、誰一人文句は言わず、彼女を支えてくれた。
彼女にとって彼らは、かけがえの無い、家族のようなものであった。
「よかった…本当に良かった…」
彼女は涙を流して喜びを噛み締めていた。
ロイはその様子をみながら、頬を少し緩ませた。
「ところで聞きたいんだが」
「え?」
彼女が少し落ち着いてから、ロイは声をかけた。
「この城はお前の父親がいるころからずっとここにあるんだよな?」
「え、えぇ。曽祖父の代が子供の代からあったと聞いています」
「な…そんなに長かったのか」
ロイは、この城は彼女の父親が造ったものだと考えていた。だが、遥かに昔からあったようだ。
「それは、思っていたよりも都合がいいな…」
「え?一体なんの…」
「あんたらはずっと、ここで、姿を隠しながら暮らしてたんだよな?」
「は、はい。そうです」
「そして、王国を攻める気もないんだな?」
この問いに彼女は訝しげな顔をした。
「もちろんです。なぜ攻めなければいけないのですか?私達はただ、ここで平和に暮らせればそれでいいのです。魔王軍が王国を攻めても、本来私達に関係はなかったはずです…」
「なら大丈夫だ」
ロイは嬉しそうにそう言った。
「大丈夫…?さっきから一体なんですか?」
彼女は思わず聞いた。
「言っているだろう?和平交渉だ」
「あ…」
「不可侵条約を王国と結ぼう。そちらに敵意がないと分かれば、王国はこの交渉にのってくれるはずだ」
ロイの言葉に少女は不安げな顔をする。
「でも…本当に出来るのですか、そんなことが?私達は、王国を襲ったと疑われているのでしょう?」
「安心しろ、魔王軍のとこには勇者が向かってる。じきに魔王が直接、真実を語ることになるさ」
「で、でも私の祖父は王国に行ったとき、魔物だとばれただけで兵士に襲われたと…」
「それも大丈夫だ。王には俺が直接話すし、隊にもしっかり分からせる。確かに民衆の目はそんな簡単には変わらないだろうが、それでも襲われることはなくなるはずだ」
「……」
彼女は押し黙る。考えているのだろう。
この者を信じていいのか。それで、本当によくなるのだろうか。
「本当に…それで、私達は助かるのですか?」
「あぁ」
「本当にそれで…私達は、平和に暮らせるのですか?」
ロイは力強く頷く。
「あぁ、安心しろ。俺が、保障する。」
「…」
彼女は考える。
そして、決断した。
「…お願いします、ロイ様。どうか私達を、助けてください」
そう言って彼女は頭を下げた。
「あぁ、任しておけ」
その言葉を聞いて、彼女は膝を折り、震えた声で言った。
「ありがとう…怖かった。死ぬのは…怖かった」
ロイは彼女を見る。年は自分と変わらないだろう。まだまだ若い。
そんな少女が、ただ殺されるのを決意するのに、一体どれほどの勇気がいるだろうか。
ロイはしゃがみ、彼女の頭を撫でた。
「よくがんばったな。…もう、大丈夫だ」
「うぅ……うううう…」
彼女は顔を俯け、静かに泣いた。心にたまっていた不安を全て流すように。
「…ありがとう、もう大丈夫です」
「…そうか」
ロイは彼女から離れる。
「本当に、感謝します、ありがとう」
「いいって、気にすんな」
それに本当に大変なのはここからだろう。王の説得があるし、隊に説明もある。民衆の目も、なんとかしなければいけないだろう。不可侵とは言ったが、彼女達は王国に出入りして食料や雑貨を買っているはずだ。後々はその辺りが苦にならないようにしたい。
「やはり、民衆の考え方か…」
ロイは呟く。
「…魔物に対する人間の考え方は、そんなにひどいものなのですか?」
そんなロイの呟きを聞いた彼女が尋ねた。
「あぁ、そうだな…まぁよくはねぇな。前は多少友好的にしてた魔物もいたが、今は攻め込まれたばかりだからな…」
「そうですか…」
「なんとかしたいんだがな…」
「……」
彼女は何かを考えている。これからのことについてだろうか。
「あの…ロイ様…頼みがあるんです」
「ん?」
彼女は真剣な声で言う。
「その…この期に及んで大変申し訳ないのですが…」
「気にするな、いくらでも聞くぞ」
「ええっとその…」
そして彼女は言う。
「私と結婚してくださいませんか?」
「え……ちょ、はあぁ!?」
ロイが思わず聞き返す。
「い、いえ申し訳ありません!ただ、その、なんていうか…」
「い、いや、ちょっとまってくれ」
ロイは何とか思考をまとめる。
結婚。確かに騎士の隊長であるロイと結婚となれば、たとえ魔物であってもそう差別はされないはずだ。不可侵条約だけでなく、友好条約も結べるかもしれない。確かに理に適っている。
だが、ロイは突然のことにパニックに陥っている。
「ええと、なんだ、確かにいい案だとは思うが…」
「いえ、すいません、こんなことを!ただ-」
闇の魔女は静かな声で言った。
「ロイ様なら信頼できると思って-」
彼女は、何も和平のことのみを考えてこのことを提案したのではないのだろう。
ロイを信頼し、託そうと思ったのだろう。
ロイにもそれが分かった。
これを不誠実に返してはいけない。
ちゃんと、自分の気持ちを、言わなければいけない。
だから、落ち着いて、返事した。
「-分かった。結婚しよう」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ、本当だ、男に二言は無い」
「で、でも、い、嫌じゃないんですか?」
「安心しろ、大丈夫だ」
ロイは思う。嫌なはずがないだろう。
五年前に助けてもらったときに見た笑顔が忘れられなかった。
あの時に一目惚れした。
ずっと好きな人だった。
この城へ彼女を助けに来たのも、あの笑顔が忘れられなかったからだ。
不純だと思う。それでも、助けたかった。
だから、ロイは思う。
「ありがとう、ロイ様!」
絶対に、王国に分からせる。彼女達の居場所を作る。
絶対に、この笑顔を、守り抜いてみせる。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回の作品は、「なんかファンタジー書きたい!」「そして恋愛を書きたい!」
みたいな私の思い付きにより書かれました。
正直難しいです、恋愛。
感想、ぜひお願いします。