好きだった人に憎まれ続けるのが、私の存在意義。
アルドの事が好きだった。
金髪碧眼の美男アルド・カイデ公爵令息。
マリーシアはカイデ公爵家で働くメイドだ。
他のメイド達と共に、部屋の掃除や洗濯をする下働きのメイドだ。
そんなマリーシアが心密かに思いを寄せているのが、カイデ公爵令息のアルドだ。
金髪碧眼の美しい公爵令息のアルド。
マリーシアの他にもメイド達の憧れの的の公爵令息アルドは17歳。
彼が微笑めば、蕾だった薔薇が花開くだなんて、言われる位の美男ぶり。
マリーシアはそんなアルドに対して熱い思いを寄せていた。
自分はアルドと結ばれたいとは思わない。
身分が違い過ぎる。
ただ、アルドがこの名門カイデ公爵家の公爵に無事になって、素敵な奥様と幸せな姿が見られればいい。
そう思っていた。
アルドには婚約者がいる。
エルディシア・ベルク公爵令嬢だ。
彼と同い年の17歳。
エルディシアがカイデ公爵家に嫁入りする形になる。
エルディシアはそれはもう美しく、頭脳明晰な令嬢だ。
そんな令嬢がカイデ公爵家に嫁いできてくれる。
アルド様もこれで安泰だわ。
そう思っていたのだが。
アルドはとある日、違う令嬢を伴って公爵家に帰ってきたのだ。
目が大きくて愛嬌があって、にこにこしているその令嬢。
侍女頭に聞いてみた。
「あのご令嬢はどちらのご令嬢ですか?」
侍女頭のマーサは、
「ああ、あのご令嬢はベルク公爵令嬢エルディシア様の異母妹でいらっしゃるルリーナ様ですよ」
「ルリーナ様が何故こちらに?」
「さぁ、わたくしにはそのあたりの事情は分かりません」
仲良さげに腕を組んでルリーナと庭を歩くアルド。
アルドは庭師に頼んで、色とりどりの薔薇の花を切るように命じて、
「ルリーナ。好きな花を選ぶがいい。花束にして土産に持たせよう」
「わぁ嬉しいですわ。アルド様。あの桃色の薔薇の花がいいですっ」
「桃色か。ルリーナに似合いの色だな」
「私、可愛い物が好きなの」
これはまずいのではないかと、マリーシアは思った。
他のメイド達も口々に、
「婚約者の妹君とあんなに仲良く……」
「エルディシア様はご存じなのかしら」
「あの距離感は恋人同士ですよね」
そう、恋人同士。
エルディシアという婚約者がいるのに、まるで恋人同士。
マリーシアは、心配で心配でたまらなかった。
あれでは不貞である。
侍女頭のマーサが、カイデ公爵に報告したとの事。
カイデ公爵はアルドを呼びつけて、
「何故、ルリーナと庭で仲良く交流したのだ?ルリーナはお前の婚約者ではない。婚約者はエルディシアだ」
アルドはカイデ公爵に向かって、
「エルディシアと共にいるのは疲れるのです。彼女の微笑みは形だけの偽の微笑だ。見ていて嫌になる。形式的な付き合いしかできない。ルリーナは楽しそうに笑うし、色々と私と話をしてくれる。だから、私はルリーナと婚約したい」
「何を言っているのだ?お前の婚約者はエルディシアだ。エルディシアを大切にしろ。いいな」
「しかし、エルディシアはっ」
「良いな。注意したぞ」
カイデ公爵はベルク公爵家に苦情を入れたようだ。
異母妹のルリーナをこちらに訪問させるなと、しかし、ベルク公爵は、
「いいではありませんか。エルディシアより、ルリーナの方が良いと言われるなら、こちらとしては婚約者の変更をしてもかまいませんよ」
だなんて言われて、
数日後、その事を、侍女頭マーサから聞かされたマリーシア。
マーサから小瓶を渡された。
「貴女、アルド様の為になるのです。この小瓶の中身をルリーナ・ベルク公爵令嬢が来た時に、紅茶に一滴、垂らしなさい。良いですね」
震える手で小瓶を受け取る。
「中身はなんなのです?」
「貴女が知らなくてもよい物です」
アルドの為になるのなら、小瓶の中身を一滴、垂らせばいいだけだ。
紅茶を出すのはメイドである自分の仕事。
だったら、一滴……
一滴、垂らせば。
水槽があった。
そこに大きな魚が優雅に泳いでいる。
一滴、試しに垂らしてみた。
魚が、腹を見せて浮かんで来た。
これは毒……どうしよう。毒薬を紅茶に垂らせと言っているんだわ。
そしてきっと私は毒殺の犯人として斬り捨てられる。
どうしようどうしようどうしよう……
マリーシアは困り果てた。
アルドの事は好き。
ずっと憧れていた。
その彼がルリーナという女のせいで道を踏み外している。
私がルリーナに毒を盛ることで、アルド様が助かるのなら。
どうせ自分は身内はいない。
カイデ公爵家の下働きのメイドに採用されたのだって奇跡だ。
だったら…私は……
翌日、テラスで仲良くルリーナと紅茶を飲むアルド。
本当に美しくて男らしくて。
アルド様の将来の為なら……
ルリーナに出す紅茶に、一滴、毒を垂らした。
そして、震える手で紅茶をルリーナに出した。
間違えないように、アルドの紅茶のカップと違うカップにした。
ルリーナは、
「今日のカップは綺麗な色のカップねぇ。薄桃色で花がついているわ」
アルドがルリーナのカップを見て、
「本当だ。いつも揃いのカップなのに珍しいな」
ルリーナは紅茶を一口飲んで、
「美味しい。ここの家の紅茶はとても美味しいわ」
アルドも紅茶を飲みながら、
「エルディシアと必ず婚約解消をして、君を出迎える。父上母上も説得する。私はルリーナ。君を愛している」
「嬉しい。私もっ……」
急に胸を掻きむしって、ルリーナが苦しみだした。
アルドが慌てて、
「どうしたルリーナっ」
「苦しいっ。アルド様っーー」
そのまま血を吐いて倒れるルリーナ。
テーブルが血で染まる。
公爵家の人達がかけつけてきて、
アルドが叫んだ。
「医者だ。医者を呼んでくれっ」
ルリーナは息をしていなかった。
マリーシアは震えてその光景を見つめていた。
ああ、私は捕まるだろう。
でもいいの。これでアルド様は救われる。
アルド様は破滅せずにすむ。
婚約者以外の令嬢と仲良くだなんて許されるはずはない。
これは不貞だ。
不貞には慰謝料が発生する。
下手したらアルドは責任を持って廃嫡されてしまう。
だったら、代わりに私が……
私があの女を殺せば……
マリーシアは連れていかれた。
紅茶を出したのは自分だと、騎士団へ連れていかれて、白状した。
自分だけでやったのだと。
侍女頭の指示だと言う事は言わなかった。
言っても、侍女頭はしらばくれるだろう。
冷たい牢の中で自分はどうなるのだろうか……
震えて過ごしていると、騎士団員が、
「釈放する。迎えの馬車に乗るがいい」
そう言われて、騎士団の前に止まっている豪華な馬車に震えながら乗り込めば、エルディシアが椅子に座っていた。
「どうぞ、隣におかけになって」
「はい……」
「わたくしの妹ルリーナを貴方が殺したのね」
「アルド様の為を思って殺しました。申し訳ございません」
「そんなにあの男が好きなのかしら」
「素晴らしい方です」
「不貞をするような男が?」
「それでも。私は二年間、仕えて参りました。美しくて頭が良くて私達に対しても思いやりがあって」
「そう。貴女、わたくしの侍女になりなさい」
「え?何故、私はルリーナ様を殺したのですよ!」
「わたくしはアルドと婚姻します。貴女の事はカイデ公爵とも話がついているわ」
「私は殺人をっ」
「わたくしはわたくしなりに、アルド様に歩み寄ろうとしました。でも、ルリーナのように無邪気に微笑めない。わたくしが受けて来た教育が邪魔をするのです。ルリーナは義母の連れ子で、市井で育った女です。その無邪気さがアルド様に気に入られて。わたくしは憎かった。わたくしの婚約者を盗るルリーナが。だから、カイデ公爵を脅しましたの。
そちらでルリーナを始末して頂戴と頼んだのはわたくし。騎士団に金を払って貴女を釈放したのもわたくし。貴女、これからアルド様に地獄を見せることになるけれども、耐えられるかしら」
ああ、この人はアルド様の事を憎んでいる。
私がルリーナを殺したと言う事をアルド様は知っている。
そんな私がエルディシア様の侍女になっていたら……
エルディシアはにぃと微笑んで、
「二度と不貞は犯さないでしょうね。アルド様……」
ぞっとした。
好きだった人に憎まれ続けるのが、好きだった人の見せしめになるのが、私の存在意義。
悲しいけれども仕方が無い。
マリーシアは覚悟を決めた。
アルドが謝罪に訪れた。
ベルク公爵家のテラスでエルディシアは応対した。
アルドはエルディシアに、
「ルリーナの事は申し訳なかった。まさかメイドが毒を盛ったとは。私の事を好きだったみたいで、本当に申し訳ない」
エルディシアは扇を手に微笑んで、
「あら、そう。謝る事が他にあるでしょう。ルリーナと二人きりで親密に過ごした事は不貞に当たるのではなくて?」
「いやその、私は……」
「わたくしと婚約解消をして、ルリーナと結婚したかった。そうじゃないの?」
「それはその…でも、ルリーナは死んでしまった。私達は婚約を続けてもいいだろう」
「そうね。ああ、そうだわ。お茶を出さないと。マリーシア、お茶を」
マリーシアは紅茶を盆に入れて持って来た。
アルドに紅茶のカップを、そう、ルリーナに毒を入れたあの薄桃色の花がついたカップと同じカップを。
アルドはカップを目にして、そして改めて、侍女であるマリーシアの顔を見た。
そして悲鳴をあげた。
「何故、お前がここに?ルリーナを殺したお前が?」
エルディシアが平然と、
「わたくし、侍女に致しましたの。マリーシアを。良いでしょう?」
「君の妹を殺した女だぞ」
「わたくし、妹だと思った事はありませんわ。父が母が存命の時から浮気をして出来たのがルリーナ。わたくしの婚約者にまで擦り寄って、どんなに憎かった事か。殺してくれてせいせいしております」
「まさか君が裏で糸を引いて」
「あら?邪魔なものは排除する。それが公爵家の娘として生まれたわたくしの生き方ですわ」
「わ、私は、この婚約をっ」
「この婚約を?あら、貴方、カイデ公爵家から出たいのかしら?」
「あああっ。父上も承知なのか?ルリーナを殺した事をっ」
「当たり前じゃないの。カイデ公爵だって不貞の慰謝料を払いたくないでしょう。ルリーナをカイデ公爵家に嫁に貰ったって、あの子は市井で過ごした娘、なんの役にも立たないのですもの。ねぇ……わたくし、悲しいのよ。貴方に裏切られて。そして憎いわ。わたくしの憎しみを一生、身に受けて生きて頂戴。それが貴方がわたくしを裏切った罰だわ」
アルドは悲鳴をあげた。
泣きながら悲鳴をあげた。
マリーシアは、自分もアルドが顔を見るたびに憎まれて、嫌悪されて。
でも、それが自分のこれから生きる道だと。
アルドがカイデ公爵としていられるなら、それでいいと。
そう思う事にした。
暗い雨が降っている。
エルディシアは桃色の花のカップを手にしながら、
「馬鹿な子ね。わたくしの物を盗らなければ、生きる事が出来たのに。愚かだわ」
マリーシアは聞いてみた。
「アルド様を愛しているのですか?」
エルディシアは頷いて、
「ええ、あの人の婚約者になれて嬉しかったわ。でも、あの人は裏切った。貴女には申し訳ない事をしたわね。これから先、わたくしと共にあの人からの憎しみを受けることになってしまった」
マリーシアは頭を下げて、
「いえ、アルド様がカイデ公爵になれるのならば、私は憎まれ続けても良いと思っております」
「有難う。貴女を侍女にして良かったわ」
これが公爵令嬢としての、のちにカイデ公爵夫人になる女性の生き方なのだと、マリーシアは寂しそうなエルディシアの横顔を見て思った。
それでも後悔はない。
アルド様の為になったのだから……
後悔はないと思っても、胸が締め付けられて、一筋、涙を流すマリーシアであった。




