毒杯を飲みました、自分で。
なんでもあり。
記念すべき卒業パーティーの日。
私たち卒業生は、今年の卒業生代表である第二王子の合図とともに、ホールにいた全員がグラスを掲げた。
その時私の婚約者である第二王子に擦り寄る男爵令嬢と、その婚約者の口元が歪む瞬間がはっきりと見えた。
彼らがいつも一緒にいることは学園の生徒には見慣れた光景で、おそらく今日も私への同情の視線が集まっているのだろう。
今日という日に婚約者と一緒にいないのはおかしくて、仕方なく私も二人のそばに立っていた。
あーあ、本当にお馬鹿さん。
そう思いながら、私は彼女らとともにグラスに口をつけた。
そうして、男爵令嬢と第二王子が描いていた計画の通りにはならずに、私が血を吐いて彼らの目の前で倒れた。
私が自ら毒杯を仰いだからだった。
「違う…!こんなはずじゃないっ……!!」と金切り声を上げている男爵令嬢の悲鳴と、焦った様子で顔中を歪めて私を見下ろしている婚約者をぼんやり眺めながら、いい気味…と私はそのまま気を失ったのだった。
かの男爵令嬢と私の婚約者は、卒業パーティーで配られる飲み物を使って、私を陥れようとしていることは知っていた。
彼らの計画では、痺れ薬の入った飲み物を彼女自身が飲んで倒れ、私がやったことにして騒ぎ立てて罪をなすりつけようというものだった。
なんと浅はかなと思いながらも、これは使えると思った。
逆に私がその杯を飲んで、私が倒れたら、その犯人候補は間違いなく男爵令嬢と第二王子になる。
特に男爵令嬢の私への思いは苛烈だったことを同級生たちは知っていたのだから、彼らが勝手にそう推測してくれると思った。
もし、私が自ら飲んだとバレても、私を陥れようとしていたことなど調べればすぐにわかること。
どのみち彼女と婚約者は、何かしらの裁きを受けるだろう。
そう思ったら、やらない手はなかった。
だから、計画もずっと見過ごしてきた。
彼女らが一時的な痺れるだけの薬を選んだことも知っていて、私は毒を選んだ。
痺れ薬をグラスに入れるように命じられていた第二王子の付き人買収して、ついでに脅して、私の侍女に用意させた方の小瓶を手渡した。
これは彼らが用意した痺れ薬よりももっと形跡の残らないものだから、こちらを使いなさいと命じて、毒を盛らせた。
これで男爵令嬢らと一緒に私を馬鹿にしていた付き人たちも、同時に排除できたことだろう。
私の役目は、これで終わりだ。
随分と長いこと、時間を無駄にしてしまった気がする。
あれから数日が経ち、私と第二王子の婚約は破棄されることとなったらしい。
生死を彷徨って眠っている間にそのようになっていたので、私は詳細を知らない。
だが、男爵令嬢は牢屋に入れられ、第二王子も謹慎をくらっているとは情報が入ってきている。
自分は無実だと双方訴えているそうだが、私を嵌めようとしていたことも明るみになっているらしい。
近いうちには男爵家は爵位返上、第二王子は廃嫡になるのではと囁かれているとか。
さて、どうなるものか。
そんなことをあまり働かない頭で考えている時、緊急の来客があった。
前触れもなく、まだ寝込んでいる私の寝室に乗り込んできたのは、第一王子殿下だった。
「……いくら殿下でも未婚女性の寝室に入ってくるのは、いかがなものかと──」
「自ら、毒の入ったグラスを飲んだそうじゃないか」
私の掠れる声を掻き消すように遮って、鋭い目つきでそう言われた。
なんだ、やはりバレてしまうのか。
それもそうか、この方は欺けないのでしょうし。
だからって、まだ起き上がれない私に向かって容赦がないのも、ひどいのではないのだろうか。
この方は、正義の方だから、ね……。
そう思いながら第一王子を眺めて、血を吐いて倒れた時に見た第二王子の血相を変えた顔を思い出した。
顔は本当にそっくりと思って、笑うように息が漏れた。
「……何がおかしい」
「いえ、何も。ご兄弟はあまり似ていらっしゃらないなと思いまして」
「当たり前だ、あんな馬鹿と一緒にしてくれるな」
その馬鹿のおかげで、このようなことの引き金になっているとは思わないのだろうか。
……まあ結局、皆私がうまいこと手綱を握っていないのが悪いと言いたいのだろう。
だが、あの方の面倒を見るのはもう疲れてしまったのよ。
「あの馬鹿の付き人から、あなたが薬をすり替えたと証言も得ている」
「あら、あの方の使えない付き人の証言を採用されるのですね」
「……私は平等に意見を聞いているだけだ」
「あの男爵令嬢は、なんと言っているのですか?」
「自分はやっていない、と。『自分は痺れ薬の入ったものを飲んで倒れたフリをしてみせるだけだった。それなのに、侯爵令嬢が血を吐いて倒れた。あれは私がやったことじゃない』と叫んでいた」
「あらあら、自分たちの計画は白状してしまったのですか。相変わらず堪え性のない方ですね」
「なぜ、計画を知っていながらこのような形をとったのだ」
冷たく放たれた言葉が、まだ息苦しい肺に突き刺さってくる。
これではますます息が吸えないではないか。
「私を辱めようとしていたのですから、報いを受けていただこうかなと」
「本当の目的はなんだ」
「目的だなんて、人が悪いではありませんか」
そうやってはぐらかしてみせても、第一王子殿下の鋭い目線は私から外れることはなかった。
この方はまさしく上に立つに相応しい方だ。
だからこそこの件で私を逃してはくれないのだし、私にはすることができなかった立ち居振る舞いだ。
今目の前にいる人と同じように強かったら、私はこんなことをしないでいられたのかもしれない。
「あの男爵令嬢に退場願いたかっただけですよ。ついでに私も第二王子の婚約者という立場から退かせていただこうかと」
「なぜだ」
「このようにでもしないと、私の意見は聞いてもらえなかったでしょうね」
「だから、なぜだと訊いている」
「あの男爵令嬢のことを煩わしく思っていたと思われていますが、私はどちらかというとあなた様の婚約者様からの地味な嫌がらせの方が困っておりましたのよ。身分の高い方に文句も言えないというのは、ひどく現実が歪みますね」
「…………」
つらつらと薄っぺらい言葉を並べていけば、第一王子の眼光が鋭くなっていくだけではないか。
ここで本当のことを喋るようにと教育されないのが、貴族令嬢というものではなかろうか。
私が何を思っていても、それはいつだって関係のないものになっていくじゃない。
だから毒を呷ってみせるのが、一番の意思表示だったの。
そんなことを言ったら、あなた様はきっと「君は弱い」と嘆くのだろう。
「ですので、彼らに乗っかって私も退場させていただこうと思いましたの。ほら、ご覧ください」
そう言いながら、私はベッドの上に投げ出されている自分の腕を持ち上げて、殿下に見せつけた。
自分では上げるのが精一杯だが、ガクガクと指先が震えていて、後遺症が残っているとはっきりわかる。
このような状態の人間が、王族に入れてもらえるわけがない。
下手したら、貴族に嫁入りするのも怪しいほどだ。
「責任感のない人だったのだな、あなたは」
「あら、私の周りに責任感のある方が他にいたというのですか?」
「…………あなたには期待していたが、残念だ」
第一王子殿下はそう言って立ち上がり、二度と会うこともない私に「お大事に」とだけ残して去っていった。
私はその背中を見送りながら、ふうう……と長い息を吐いて、ベッドにもっと凭れかかった。
あなた様が私は大丈夫だろうと思ってくださっていたのが、ひどく怖かったなどと本音を漏らしてしまえば、きっと落胆されたのだろうと、思う。
「よかったではありませんか、……責任のない者が早い段階で全員退場して」
そう零れた私の呟きは、第一王子殿下に聞かれることもなくベッドの上に落ちただけだった。
了
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291日目。




