第6話 完全無視の契約書
「完成だ……」
翌朝、俺は契約書を書き上げていた。
一睡もせずに……と言いたいが、まあ4時間くらいは寝たか。
A4用紙に19枚びっしりとまとめ上げた文章を前に、俺は感動していた。
――我ながら最高の出来だ。
条文は全部で12条。
違反時のペナルティ規定まで網羅してある。
これを黒豹に条件として渡せば、俺たちの素晴らしい同居生活が幕を開けるってわけだ。
プリントアウトした契約書をクリアファイルに入れてリビングに向かうと、黒豹はすでに起きていた。
「もう起きてるのか……」
今日は朝食の準備が必要無いせいか、リビングのソファでスマホをいじっていた。
何でコイツ、ビッチの黒ギャルのくせに朝強いんだよ。普通こういう奴らって夜型だろ?
「おはよう黒豹。条件をまとめた契約書を作ったぞ」
「おはよ。真面目くん。契約書作ったってなんのこと?」
「黒豹を住まわせる条件を考えると言っただろ? それがこれだっ!」
「うわっ!? しかも印刷までしたの? キモ~」
「キモくねえし……まあいいや。読んでみてくれ。会心の出来だ」
俺は契約書を黒豹の前に差し出した。
黒豹がクリアファイルからA4用紙を取り出して、目を通し始める。
――が、2.7秒を過ぎたところで読むのをやめた。
「なにこれ……文字多すぎてムリなんだけど」
「いいから、ちゃんと読め」
続きを読むように促したが、黒豹はすぐに投げ出した。
「も~ヤダっ! なにこれ『第3条:双方のプライベートには一切干渉しないものとする。ただし、以下の各号に該当する場合はこの限りではない……』って、めっちゃ長いし、ややこしくて意味分かんないんだけど!」
「そうか? 重要な条項だぞ?」
「ねえ~真面目くん。お願いだからもっと簡単に書いてよ~」
「しかたない……分かるように説明してやるか」
張り切って契約書を作ったはいいが、黒豹の理解力を考慮するのを忘れていたようだ。
つい夢中になってしまい気が付かなかったが、この内容じゃ難しすぎたようだな。
「簡単に言うと、黒豹には家賃代わりに俺の恋愛を手伝ってもらいたいんだ」
「いいけどさ~。手伝うってなに? セックスの練習相手とか?」
「そんなわけあるかぁっっっ!!」
まったく、とんでもねえ契約だなっ!
俺はエロ漫画の主人公じゃねぇっつーの!
「いいか……俺は恋愛経験もなければ、コミュ力もない。だが黒豹、お前は恋愛マスターのコミュ力お化けだろ?」
「恋愛マスターかどうかは知らないけど……修羅場もそこそこ経験してきたし~、遊びの関係も持ったことあるよ!」
そうだろうな。昨日の話でなんとなく察してたけどな。
だからすぐセックスしようとするのか? それとも泊めてくれたお礼だったのか?
それはまあいい……恋愛経験は同い年の連中の中でも飛び抜けていることは分かった。
「そこでだ……お前の能力を使って俺を助けてほしいんだよ。具体的には俺の恋愛をコンサルしてもらいたい」
「ふーん、まあいいけど。コンサルって……恋愛コンサルタントってこと?」
「そうだ。その代わりに俺は黒豹に住居を提供する。なんなら勉強も教えてやるぞ?」
「勉強も教えてくれるの? たしかに、このまま行ったらアタシ留年かも知れないけど……」
「どうだ? 良い提案だろ? 俺もお前も得をする。まさしくWin-Winの関係ってやつだ」
「うぃんうぃん……それ、悪くないかもねっ!」
「俺は好きな女子との距離を縮められず困っている。だが、お前のコミュ力ならそれが可能だ」
黒豹がしばらく俺の顔を見つめていたが、急にニヤっと笑った。
「あ、わかった! 真面目くんの好きな子って、星城院ちゃんでしょ?」
「なんだ……知ってるのか?」
「そりゃ知ってるよ。クラスメートだし。……っていうか、真面目くんが星城院ちゃん好きなのバレバレだよ?」
「は? バレてるのか?」
「いっつもあの子のこと見てんじゃん。目がハートでキモさ全開って感じw」
「キモいは余計だ……」
バレてたのか……まあ、黒豹はコミュ力お化けだから、人の観察力にも長けてるのかもしれない。
「で、どうなんだ。やるのかやらないのか?」
「うーん……」
黒豹は人差し指を顎に当てて考えている風だが……答えはもう出てるんだろう?
お前に選択肢がないことは、俺もわかっている。
そしてこの条件が黒豹……お前にとっても破格であることもなっ!
「……普通に脈ナシだと思うけど。真面目くんと星城院ちゃん」
「いきなり辛辣だなっ!」
「いや、だってさ。真面目くんって、星城院ちゃんとまともに話したことないでしょ?」
「まあ……そうだな」
いきなり図星を突いくるじゃねえか。
「じゃ……ムリじゃね?」
「そう言うな。俺だって星城院さんについて調べてまとめてある。このノートを見てくれればわかるはずだ」
俺は星城院さんの日々の行動パターンをまとめたノートを黒豹に渡した。
すると黒豹の顔色が変わっていく。
「どうだ? 俺も恋愛経験がないなりに努力しているだぞ?」
「あの……真面目くんってストーカーかなんか?」
「はあ? 全く違うが?」
星城院さんが何をしていたかをまとめたノートだぞ?
なぜストーカーになる? 恋の記録だろ。
「このノートやばいよ……ストーキング一歩手前っていうか、もはや犯罪の証拠なんだけど……」
「ばかな……犯罪……だと?」
「うん。絶対誰にも見せないほうがいいよ? むしろ燃やしたら? 捕まる前に証拠隠滅したほうがいいよ」
またそうやって俺をバカにして……ん?
その顔。冗談……ってわけじゃなさそうだな。
もしかしてマジなの?
「…………」
なんてこった。俺は犯罪に手を染めていたのか!!
「やはり、俺にはお前の助言が必要なようだ。これ以上道を踏み外さないように力を貸してくれないか?」
「真面目くんもいい感じに狂ってるね。でも真面目なのがウケるw」
人が必死になってるのに笑うな。
「俺はな、星城院さんと付き合いたいだけだ。犯罪に手を染めるつもりはないんだよ」
「どこまでも真面目かよw でも今のままじゃきびしいと思うけどなぁ……」
「それをなんとかするのが、お前の仕事だ」
「えー……ハードル高くない? あの子、ガードも堅そうなんだけど」
「だからこそお前に……百戦錬磨の黒豹にコンサルを頼んでいるんだろうが」
黒豹が「ふー」っとため息をついた。
「分かったよ……でも上手くいかなくても途中で追い出さないでよね?」
「もちろんだ。だがお前のコミュ力ならきっと上手くいくと信じている」
「ところで、勉強も教えてくれるって話だけど。本当にいいの?」
「まあな。お前の成績がどのレベルかによるが、留年回避くらいまでは面倒をみてやってもいい」
「じゃあ3年になるまで勉強教えてくれるの?」
「ああ、俺がその前に星城院さんと交際することになっても、黒豹が3年になれるまで勉強も住居も面倒みると約束しよう」
「見直したよ…………真面目くん、意外と男気あんじゃん!」
「だが、そこまでだぞ?」
憧れの星城院さんと付き合えるなら、そのくらいのことはお安い御用だ。
むしろそのくらいしないと恩返しにならないレベルだしな。
「うん、いいじゃん。契約しよっか?」
「本当か?」
「真面目くんのいうとおり、お互いに得をする関係みたいだしいいんじゃん? どーせアタシ行くとこないし」
黒豹がペンを握り直して少し下唇を噛むと、契約書を裏返して何かを書き始めた。
……丸くてたどたどしい字を書いている。
――高3になるまでアゲハをみすてない。
――アゲハはれんあいコンサル。
最後に「黒豹 アゲハ」とサインを書いた。
……漢字少ねえなと思ったが、まあいい。
そして俺の契約書は完全に無視みたいだが……それもまあいい。
要点は押さえてあるしな。
これで俺たちの契約は成立した。




