第5話 すげえモヤモヤする
黒豹は荷物を詰め込む手を止めて、俺を見ると笑った。
「ママがさー、新しいパパ見つけたっぽくてさ」
「…………」
「そしたらアタシ邪魔じゃん? 新しい家族にアタシは必要ないんだってさ。ウケるよねw」
あっはっはと笑っている。
ギャルっぽい軽いノリで、明るく笑っている。
だけど、まったく楽しそうに見えない。
「ま、アタシの体気に入ってくれる男なんてその辺にゴロゴロいるし? 適当に声かけて、泊めてくれる人探すから平気平気!」
……笑いながら言っているが、自暴自棄な強がりに聞こえるんだが。「平気平気」って、その笑い方も本心じゃないみたいだぞ。
……まるで自分の価値が「体」しかないと思い込んでるみたいな。
まさかお前、それ本音で言ってるわけじゃないだろ?
黒豹がスーツケースの蓋を閉めかけて……ふと手を止めた。
「やっと……体目当てじゃない人が見つかった、って思ったんだけどな……」
その声は、黒豹の声とは思えないくらい小さかった。
「…………」
なんだよそれ……本当は「体で男を釣るのが嫌だ」ってしか聞こえないぞ。
「……ってことで」
黒豹はスーツケースのチャックを閉めると、スッと立ち上がった。
「じゃ、お世話になったね。真面目くん。ありがと」
そう言って、ぺこりと頭を下げた。
――これでいいのか?
――本当にこれが正解なのか?
ここで俺が突き放したら……
コイツは見ず知らずの男と嫌々そういうことをしながら、アチコチを渡り歩くってことかよ?
親から見捨てられて帰る場所も金もない。生活のために体を差し出すしかない女子を……そんな苦境に放つことが――本当に正解なのか?
なんか、すげえ引っかかるし……すげえモヤモヤする。
「…………待てよ」
「ん、なんか言った?」
「待てって、言ったんだよっ!」
「え、何? どうしたの?」
「黒豹…………お前は、しばらくここに居ていい」
「うそっ、マジで……?」
「マジだ」
「やったぁ!」
「ただし条件がある……」
「……条件って?」
「それは……今から考える。明日まで待ってろ」
自分でも何を言ってるんだと思った。
こんなの全然論理的じゃない。全く筋が通ってない。
自分から『条件がある』とか言っておきながら、内容を決めてもいない。
……なんで俺は、こんな事を言っているんだ。
黒豹と暮らすことは、俺にとってなんのメリットもない。
食費だって単純に倍になる。光熱費だって今までより確実にかかる。
――デメリットしかないはずなのに、なぜこんなことを言った?
だけど……目の前で、困ってる人間を茨の道に追い出して、平気でいられるほど俺は図太く無いらしい。
ただ、それだけだよな?
それ以上でも、それ以下でもない……そのはずだろ?
「……条件ってなんだろ~? ちょっと怖いんだけど……」
「明日までに考えると言っただろ。まだ気にしなくていい」
「やっぱりアタシの体目当てとかぁ~? ま、まあ別にいいけどぉ……♡」
黒豹が恥ずかしそうに自分を抱きしめている。
……お前、さっきと言ってること違くないか?
顔を赤くして「やっぱりアタシかわいいから!?」とか「この胸が魅力的なのかなぁ~?」とか言い始めた。
やべえ、なんか腹立ってきた……さっきとは違う意味でモヤモヤする。
「黒豹……お前、やっぱり出ていくか?」
「あ、あはは、冗談だって、や、やだなぁ真面目くんったら真面目なんだから~」
「次やったら、本当に追い出すからな……」
「はーい♡」
黒豹はスーツケースを片付けて、またソファに座った。
表情はいつもの調子に戻っていて、さっきの暗い雰囲気はなくなっていた。
……だが、スーツケースのハンドルから手を離す時、指先がほんの少しだけ震えていたような気がした。
……よく分からんが、俺のモヤモヤも収まった。
若干イライラは残っているが……まあいいだろう。
「……ありがと、真面目くん」
「だから画地野だっつーの」
「はいはい。真面目くん」
「……ったく。何回言っても分からんやつだな」
俺はリビングから自分の部屋に入り、ドアを閉めた。
ベッドに寝転がって天井を見る。
「条件……ねえ」
黒豹に『しばらくここに居ていい』と言ってしまった以上、明確な理由が必要だ。
ただの善意で居候させるってのもありかも知れないけど、それだと黒豹も後ろめたさが出てしまうだろう。
なにか、互いに利益のある関係性を構築したほうがいいだろう。
……黒豹の武器といえば、あの化け物みたいなコミュ力だ。
あいつは、誰とでも仲良くなれる才能がある。
管理人のおばちゃんすら一瞬で手なずけて、この部屋の鍵を手に入れたくらいだ。
対する俺はコミュ力0。
半年も経つのに、憧れの星城院さんと話をすることすら出来ないでいる。
ん……それって、つまりこういうことか?
黒豹の力を……うまく借りることができれば、星城院さんとの距離だって縮められるんじゃないか?
黒豹は交友関係が広い。星城院さんたちのグループとも接点があるかもしれない。
いや、接点がなくても黒豹なら無理やり作れそうだ。
そうすれば黒豹を通じて星城院さんの情報を得る事ができるだろう。
星城院さんの好みや、趣味、行動パターンを分析して計画を建てて、黒豹にアドバイスをもらう。
黒豹は俺と違って恋愛のプロみたいなやつだしな。
代わりに俺は、住む場所を提供して……あと勉強でも教えるとか?
俺は黒豹に『真面目くん』と呼ばれるだけあって、成績は学年トップクラスだ。
黒豹は見るからに成績ヤバそうだしな……これでWin-Winじゃないか?。
互いに得意な分野で協力して、欲しいものを手に入れる。
まさに合理的な関係。完璧な計画だ。
やることは決まった。明日までにこの内容をまとめなくては。
俺はノートパソコンを開くと早速契約書を作成し始めたのだった。
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