第3話 振り回されっぱなし
「はいはい。じゃあ着るからこっち見ないでよ?」
「見るわけねえだろ……ったく」
俺は即座に後ろを向いた。
背後で衣擦れの音がする。俺が貸したスウェットのセットアップに着替えているのだろう。
ん……わざわざここで着替えなくても、脱衣所で着替えれば良くないか?
「はい……終わったよ」
振り返ると、俺の服を着た黒豹がいた。
当然だがサイズが合ってない。
上はぶかぶかで、ズボンも丈が長いのか裾を思いっきり引きずっている。
金髪にピアス、褐色の肌という派手な外見と、だぼだぼのルームウェアのギャップ。ルームウェア越しでも分かる胸の膨らみがまたエロい……
――いや、何も思ってないぞ!
俺は黒ギャルになんて興味がないのだからなっ!
「ねえ~、アタシ今日どこで寝ればいいの?」
「そこにソファーがあるだろ」
「えー、ソファー? やだよぉ~、体バキバキになるじゃん。ベッドがいい~」
「ベッドは俺だ」
「ケチくさっ!」
「ケチじゃない。家主の特権だっ!」
「じゃあ……アタシがベッドで寝るね。なんてったってお客様だしぃ?」
おい、こいつ話聞いてねえぞ。
「黒豹……お前、どの辺がお客様なんだ?」
「だって真面目くんって『マナー』を重視する人なんでしょ? そしたら女子にベッド譲るのが当然の『マナー』じゃない?」
「まあ……そう……かも……な」
クソっ、自分の言い訳が盛大なブーメランになって返ってきたぞ。
俺は、半ばやけくそ気味に親父の部屋から毛布を引っ張り出してきた。
「わかった……俺がソファーで寝るから、女子の黒豹は俺のベッドを……使うといい」
なぜだっ? なぜ俺はこんなことを言っている?
「やった。真面目くん、やっさしい~! じゃあおやすみ~」
「画地野だ。言っておくが、今日だけだからな……明日には出ていってもらうからな」
「うんうん、おやすみ~」
コイツ……全然聞いてないだろ。
黒豹は満足そうに俺のベッドに飛び込むと、布団に潜り込んでいった。
「……真面目くん。セックスしないのにどうして部屋に入れてくれたの?」
「俺にも分からん……」
「ふーん……変わってるね」
「お前に言われたくないんだが……」
「でも、ありがとね」
「ああ……」
なんだ。ちゃんと礼が言えるのか。意外とまともなんだな。
ほんと、よく分からん奴だな。
リビングに戻ったが、ベッドのきしむ音とブーブーとスマホのバイブ音が聞こえてくる。
黒豹は俺の部屋を占領した挙げ句、呑気に友達とメッセージのやり取りをしてるらしい。
それからもずっとバイブの振動音がひっきりなしに鳴り続けている。
――いやもう深夜だぞ。
友達多いのは分かったから。俺は寝るんだからそろそろ静かにしてくれ。
……と思っていたが、しばらくすると音が止まった。
急に静かになると、それはそれで気になる。
……寝たのか?
「結局、アイツに振り回されっぱなしだったな……」
まあいいか。明日には出ていってもらうわけだし。
俺は毛布を被って、目を閉じた。
◆
翌朝。
「いてて……なん、だ?」
首が痛い。いや背中も痛い。全身がバッキバキだ。
……そうだ。俺はソファーで寝たんだっけ。
昨日、黒ギャルを拾った……じゃなくて、勝手に押し入られたんだった。
まずはコーヒーでも飲んで頭をシャキッとさせるか。
そう思ったが、なにやらキッチンからいい匂いがしてくる。
よく見るとテーブルの上に何かが並んでいた。
「なんじゃ……ありゃ?」
大量のスクランブルエッグ。
パン一袋分はあろうかという枚数のトースト。
ボウルいっぱいの山盛りのサラダ。
丼に並々と入っている味噌汁……エトセトラエトセトラ。
「おはよ~。泊めてくれたお礼にご飯作ってみた♡ ……まあ作りすぎたけどっ!」
黒豹がキッチンからひょっこり顔を出した。おまけに俺のエプロンを着けている。……そのエプロンどこから見つけた?
「お前……俺より早く起きてたのか。気づかなかったぞ」
「まあアタシ朝型だし? ていうか食材めっちゃ揃っててすごいじゃん。さっすが真面目~」
……朝型のギャルとか希少種かよ。
「あのな、真面目と食材は関係ないだろ……」
何気なしに冷蔵庫を開けたら……中が空っぽになっている。
ホワイっ!?
「おい黒豹……? あのさ……この中にあった1週間分の食材どこいった?」
「え? 全部料理になったよ? テーブルに置いてあるじゃん」
テーブルには、どこぞの大食いファイターが来るんだよってくらいに、山盛りの料理がある。
なるほど~。これって冷蔵庫の食材全部使ったってことなのかぁ……
じゃなくてぇっっ!!
食費の計算が一瞬で崩壊したんだがぁ……これは現実か??
これじゃ今月の生活費が狂う……いや、もう考えるのはやめよう。
ダメだ……これ以上は、精神衛生上よくない。
「おいおい、量がおかしいだろ。これ2人分じゃなくて12人分くらいあるぞ。こんなに食えるのか?」
「だって~、どのくらい作ればいいか分かんなくて。とりあえず全部使ってみた。テヘ」
「…………」
テヘ、じゃねえよ。ぶっ◯ろすぞぉぉぉ!
――いかん、落ち着け俺。
黒豹は俺のために、慣れない料理をしてくれたのだ。
そう、これは善意だ。
こういう時は……なんていうんだっけ?
「その……作ってくれて……ありがとな……」
「どういたしまして! じゃあ、食べよっか!」
「そ、そうするか……」
言いたいことはたくさんあるが……まあいい。
モヤモヤしながらテーブルに座り、山盛りのスクランブルエッグをひとくち食べてみた。
「味は……思ったより普通だな」
分量が分からないというから、味も壊滅的かと思ったがそうでもないらしい。
てっきり塩と砂糖を間違えたり、塩をトチ狂ったように投入するかと思ってたぞ。
普通に食べられる味だ。良かった良かった。
……良いのか? これ……卵1パック丸々使ってんだよな?
イカン、考えたら負けだ。
「でしょ? アタシってば、料理はまあまあイケるんだよね~。才能ってやつ?」
「量のコントロールができないのは致命的だけどな……」
「まあ、そこは~おいおい覚えていくって感じで?」
味は悪くないのだが、とにかく量が多い――いや多すぎる!
「も、もう食えんぞ……」
「アタシも無理、かも……」
当然、大量の朝食を2人で食べ切れるわけもなく……。
「残りは……後で食べるとするか」
「そうだね……」
無理して全部食べなくても、夜飯とか明日の朝食として食べていけばいいだろう。
それにしても、食べすぎて腹が苦しい。
黒豹に食事を作ってもらったので、洗い物は俺がやることにした。
――が、ほとんど食べきれなかったので、洗うものと言っても取り皿と箸くらいしかないけどな。
「じゃあ、学校行くぞ。あと、今日はちゃんと家に帰れよ?」
「え~。まだそれ言ってんの?」
「当然だろ。一晩だけって言ったはずだ」
黒豹は「はいはい」と適当に返事をしながら制服に着替え始めた。
「ちょっ……おい黒豹! 恥じらいはどうした!?」
「あ、そっか……真面目くんもいたんだっけ。ははは」
男の目の前でいきなり服脱ぎ始めるとか……なに考えてんだコイツは。
「ついうっかり♪」みたいなノリで言ってたけど、今の絶対確信犯だろ。
「おい! 『ははは』じゃねえつーの。気をつけろよな」
おかげでパンツ見ちまったじゃねえか。
白いレースが目に焼き付いたらどうしてくれるんだよ!
黒ギャルっていったら、豹柄じゃねえのかよっ!
……ったく、何で俺はこんな黒ギャルを拾っちまったんだ。
昨夜『俺にも分からん』と答えたが――本当に自分でも分からない。
だがまさか、こいつが明日も、明後日もここに居座り続けるなんて——この時の俺は、まだ知る由もなかった。




